[コラム]ものづくりの視点

vol.51初野良、野良仕事、農休み・・現場用語を大切に
山岸國耿

身体に沁みこんだ思いと業(わざ)の詰まった言葉

 私ごとですが、今年4月から僅かな土地で農業を始めました。その初日に、鍬柄を振るい田の"畦づくり"をしました。しばらく肉体労働をしていませんでしたので、夜になって身体の節々が痛み、右になって寝ても左になっても痛みました。このように春になって初めて身体を使う農作業のことを、"初野良"と言っています。若い頃父親から、「発野良だから痛いのだ、"野良仕事"を明日からも続ければ、痛みは取れる、身体をどんどん使えばよい。」と言われたものでした。今回も、次の日から同じように野良仕事を続けると、痛みは取れていきました。

 

私の村では、農業をめぐり次のような言葉が使われています。

まず、4月には稲の苗を作る"苗代作り"が始まります。

次いで、家族が総出で行う"仕付け(田植え)"、かつては仕付けなどの農作業が一段落すると、"村中"が一斉に1日農作業を休みましたが、そのことを"農休み"と言っていました。

そして、仕付けなどが終わりますと、田に適度な量の水が常時入っている必要がありますので、毎日"水見(みずみ)"をします。堰から水を引く取入れ口を、"水口(みなくち)"と呼び毎日適量の水が入るように管理をします。

稲の生育状況によって"深水(ふかみず)"にしたり、7月ごろになると水を干す"土用干し(どようぼし)"をします。

8月中旬になり稲の穂が出始めますと、雀が幼い穂を食べてしまうので"スズメ脅かし"と言って、網を田一面に張り、雀の侵入を防ぎます。・・・など。

 

このような言葉のことを、"農業の現場用語"とでも言いましょうか。

農作業では、腰を曲げ、腰痛に悩まされながらの"仕付け"や真夏の炎天下、全身玉の汗をかき頭をくらくらさせながらの"畦草刈"、稲わらのもうもうとした埃の中での"稲こき"など大変苦労しました。

一方では、仕付けなどが終わった後の農休みでは、達成感や開放感を味わいましたし、"取り入れ(収穫)"の秋になり"豊作"の年には、手伝いをした子供達までがうきうきと喜びました。

又、苗代作りでは、気温と日照などに細心の注意を払い、怠りますと焼けてしまいますし、日ごろも"追肥"や病害虫の予防などに長い経験と細かな気配りが求められます。ある近所の"作(さく)が上手だ"と評判の古老は、毎朝"稲と話をしている"と言われるほどの丁寧な管理をし、秋には高い"反収(1反歩当たりの収量)"を上げていて有名でした。

このように、これらの言葉には、身体にまで沁みこんだ熱い思いと高度な"業(わざ)"とが、沢山詰まっていると言えましょう。

 

一方、製造業では「物とものとの隙間のことを"遊び"、位置を決める時高さを上げることを"下駄を履かせる"、不良品のことを"おしゃか"」などと使っていますし、商業や建設業なども業種ごとに、又地域によっても古くから使用されている言葉がそれぞれあります。

 

これらの現場用語は、産業や技術の変遷に加え用語の標準語化などにより次第に使用されなくなってきています。そこに含まれている高度な"業(わざ)"も、言葉とともに流亡しないかと心配されます。

これらの言葉は、庶民の暮らしや文化の真の姿を感じさせますし、産業の歴史を探る上でも大きな役割を果たすものと思います。

何かの機会にまとめられ、後世に大切に伝えられないものかと思います。

 

【掲載日:2010年6月30日】

山岸國耿


昭和19年上田市生まれ。38年間長野県職員として長野県商工部関係機関に勤務。長野県工業試験場長を最後に定年退職。その後財団法人長野県テクノ財団に勤務、専務理事を平成22年3月末に退任