[コラム]ものづくりの視点

vol.62「蜘蛛の絲と幸運の神様」 (素材の話)
長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長
若林信一

 蜘蛛の糸を束ねたバイオリンの弦を、奈良県立医大の大崎茂芳教授(生体高分子学)が作り話題となった。2年かけて集めた1万本の蜘蛛の糸をより合わせたという弦は、音色は柔らかく、高音の伸び良いのが特徴、強度も十分だという。今、「蜘蛛の糸」をはじめとする「バイオファイバー」の研究は、信州大学(繊)をはじめ多くの機関で行われている。

 さて、モノづくりには必ず素材が必要となる。木や石、動物の角や革など、人類は身の回りにあるものを使って様々なモノを造りだしてきた。伝統工芸などを手にした時など、素材の特性を生かした絶妙な使い方に驚くこともある。絹糸はナイロンでは再現できない光沢を放ちつづけ、三味線の音色の決め手となる撥(ばち)は象牙に勝るものはないという。女神像も量感と質感を兼ね備えたマーブル(大理石)以外は想像しにくい。

 また、「素材」にまつわる逸話は興味深いものが多い。そこには、偶然を幸運に変える才能「セレンディピティー」や、サクセスストーリーに至るまでのエピソードに事欠かないからだ。

 例えば1935年、ハーバード大学講師であったカロザース(Wallace Hume Carothers, 1896.4.27 - 1937.4.29)は、民間会社から請われて、蚕がつくるタンパク質の構造を参考に高分子化合物の合成に至る。そこには、戦争相手国(日本)の主要輸出品の「絹」に対抗できる繊維の開発という時代的背景があったものの、彼の死後、「ナイロン」と名付け商品化に成功(1938年)したデュポン社は、「蜘蛛の糸よりも細くて鋼より強い繊維」と大きく宣伝し巨万の富を築くこととなる。

 中国が輸出禁止をチラつかせていることで金属素材レアアース(希少金属の一種)の重要性が浮き彫りになったが、強固で錆を知らぬ「カーボンナノチューブ」や新しいナノカーボン複合体は、レアアースに匹敵する素材として大きな期待が寄せられている。信州大学遠藤守信教授の著書「野原の奥、科学の先。」によれば、「カーボンナノチューブ」は、炉にいれる基板をサンドペーパーで磨いていた時に付着した微細な鉄球が、発見の糸口だったそうである。

 「Chance favors the prepared mind」(幸運の神様は、常に用意された人にのみ訪れる)とルイ・パスツール(Louis Pasteur)が語ったように、「幸運」は、それをつかむ心構えと努力を惜しまぬ人に、そして、思いがけぬ身近なところにも訪れるような気がする。

 かつて私の現場でも、半年にも及ぶ悪戦苦闘の末に、鉄系の材料を使ってガラスと金属を高気密で溶着することができるコバール(Ni-Co-Fe合金)並みの材料技術を産み出すなど、エキサイティングな場面に遭遇することもあった。モノづくりの現場には、こうしたスモールサクセスストーリーがいくつも転がっているだろうし、新たな発見に出会えるのが職人(技術者)の醍醐味でもあるのだ。

  今、3万6000メートルの「カーボンナノチューブ」を使って宇宙へとつながるエレベータを造ろうという夢のようなチャレンジが始まっている。2050年の実現を目指して、昨年からスタートした「JSETEC 宇宙エレベーター技術競技会」(宇宙エレベーター協会http://jsea.jp/)の取り組みがそれだ。まだまだ先は長いが、天上へ導くハイテク「蜘蛛の絲」に幸運の神様が訪れるのを楽しみにしている。

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【掲載日:2010年10月18日】

若林信一

長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長

1949年長野県生れ 新光電気工業㈱にて取締役開発統括部長、韓国新光マイクロエレクトロニクス社長などを歴任。2009年5月から現職。
http://www.tech.or.jp/