[コラム]ものづくりの視点

vol.71The Boiling Frog Story(ゆでガエル)
長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長
若林信一

 カエルを熱湯の中に入れると驚いて飛び跳ね、そこで命が救われることもあるのに、冷たい水の状態から徐徐に温めていくと、何も気づかぬままに、やがて茹で上がって命を落としてしまう。そんな寓話をベースに、マネージメントや人材育成のあり方などをまとめた「ゆでガエル現象への警鐘―あなたは大丈夫ですか?」(中桐有道著:2006/11工業調査会)という本がある。

 私がこの本を知ったのは、元サムスン電子常務で、東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター特任研究員の吉川良三氏の講演がきっかけだった。二年間を韓国で暮らし、サムスン電子ともビジネスで深くかかわってきた私にとって吉川氏の講演は、共感する場面も多く、とても有意義なものであった。ことに、いまだにアジア諸国に対し優越的意識を持つ日本の経営者や、独りよがりの技術・性能に囚われ勝ちな技術者もいるなかで、「ゆでガエル...」に触れながら真のグローバル化を説く吉川氏の言葉は明快かつ示唆に富み、たいへん感銘を受けたのだった。

 今の韓国企業の活躍ぶりは目を見張るものがあるが、実は、大きな経済危機とともに打ち寄せてきたグローバリゼーションという高波に挑んだ成果でもある。現に、デジタル技術の設計開発の業務革新を担うため、韓国サムスン電子に入社した吉川氏を待ち受けていたのは、「朝鮮戦争以来、最大の国難」とも云われた「IMF危機」であった。
 97年7月よりタイを中心に始まった、急激な通貨下落(減価)現象は、アジア通貨危機(the Asian Financial Crisis)とも呼ばれるように、タイのみならずアジア諸国へと広がった。とりわけ、工業化に注力していた韓国、インドネシア、タイはその経済に大きな打撃を受けることになる。
 しかし韓国の経済は、デフォルト寸前の状況にまで追い込まれIMFの介入を受けながらも、他国よりいち早く克服に向かった。それは、「女房と子供以外はすべて取り換えたい」という悲痛な叫びから始まった、と吉川氏が語るように、それまでの日本追随型の企業経営を改め、グローバル化に向けて大きく舵を切ったからだといわれている。

 もっとも、サムスン電子再生の影には、強い危機意識に加え、「QCD(品質、コスト、納期)は顧客が決めるもの」という意識改革、70カ国にも及ぶ語学や文化を学び地域密着型の製品を提供するための「地域専門家制度」、「平均的生活層」の市場を狙う製品づくり、等々の必死に考えた確かな企業戦略があることを見逃してはならない。そして今やSAMSUNG(サムスン)は、液晶テレビや携帯電話などのボリュームゾーンで、日本企業の追随を許さぬ存在となっているのだ。

 ところで、実際のカエルは機敏な生物である。しかも、孵化したオタマジャクシは、鯰(ナマズ)や鯨(クジラ)のように姿をそのままに巨大化するのではなく、手足を得て陸へと上がり、次なる世界へ向かって跳躍(ジャンプ)していく。自らが新機軸「イノベーション」を創造する生き物なのだ。そして約4,800種といわれるカエルは、世界各地の水辺や森に棲み、中には砂漠に生息するものもいるそうである。
 そもそも世界は多様(Diversity)で変化(Change)に満ちている。いつまでも、自らを「ガラパゴス化」と憂いているのではなく(ちなみにガラパゴスにカエルはいないが...)、カエルのように、世界に果敢に飛躍してゆく年としたいものだ。

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古池や蛙飛びこむ水の音(芭蕉)

【掲載日:2011年1月21日】

若林信一

長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長
1949年長野県生れ 新光電気工業㈱にて取締役開発統括部長、韓国新光マイクロエレクトロニクス社長などを歴任。2009年5月から現職。
http://www.tech.or.jp/