[コラム]ものづくりの視点

vol.86羊の群、鴨の群、狼の群
長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長
若林信一

 羊(ひつじ)、鴨(かも)、狼(おおおかみ)...。私の手元に、動物たちの性格をもとにして研究・開発モデルに置き換えたプレゼン資料がある。まえに組織論のセミナーで戴いたものなのだが、英語で書かれていたので私なりに要訳してみた。

 ゆったりした牧場で飼われている「羊」は、天敵の狼たちからは柵で、羊泥棒からは鉄砲を持った羊飼いによって守られている。彼らは、牧場内を気ままに歩き回り、草を食べ、休むことができる。牧場主が得るものは、羊毛、肉、乳製品でこれを商業的に成立させるには、広い土地と多くの羊を必要とする。
 遠く離れた国で越冬する「鴨」は、子育てを終えると、餌を得ながら目的地へと旅をし続ける。彼らの旅は、群れで行動し、フォメーションを組むことで費やすエネルギーを最小限にとどめている。群れには、経験豊富な鴨がおり、向かい風や横殴りの風、雨や雪などの障碍を避けて、皆が豊かに暮らせる目的地まで群を導く姿がある。
 「狼」の群れは、全員が狩りのエキスパートである。リーダーは高い能力と強さが要求されるが、メンバーのプロの自覚がおのずから群れの秩序を作っている。雌は必要な時以外は子を守ることに専念しており、個々の高い能力と組織されたチームによって効率的で質の高い狩りが行われる。

 さて、これを研究開発の現場に置き換えてみよう。
 まず、「羊」の群れのような環境では、研究者は身分が保障された組織の中で、高価な装置を用い個人の能力に応じた研究に没頭できる。しかし、商品や顧客、競争相手からも遠く離れていることから、利益を上げるという動機が薄くなる。時間を必要とする基礎研究には適するが、商品開発への応用性は乏しくなってくるかもしれない。
 「鴨」のリーダーは、グループを掌握し、メンバーの能力を最適化することに心を配り、使用する装置や資源を最小にすることに努めている。新市場に商品を戦略的により投入することで、効率的に商業的な成功を得ることができる組織ともいえよう。
 エキスパート揃いの狼の群れには、明瞭なゴールと個々の能力に応じた役割が与えられており、言うなればプロジェクト型の開発チームともいえる。ミッションへの参加者の範囲は、プロジェクトの必要性によって決められ、能力とメンバーを引き付ける魅力をもったリーダーのもとでスピード感のある開発が行われることになる。

 羊、鴨、狼の組織...。言い逸れたが、どの組織が最良かということではない。
 基本的な現象や材料の発見は、羊の群れのような環境から、ある種の偶然も作用して発見されることが多いし、リーダーの才覚依存の鴨のように、市場の情報をつかみながら効率的な戦略を立てることは、商業的な成功を見据えた開発には適しているだろう。強いリーダーとエキスパート集団による機動的でスマートな開発は、短期決戦では極めて有効である。このように研究開発の手法は多様であり、マネージメントの手法が異なれば、その成果の質も大きく違ってくる。しかし、共通して重要となるのが、その群れが目指す社会や、担うべき役割をイメージさせる「テーマ設計」が存在するかということなのだ。

 今年度も産学官連携による様々な研究開発がスタートしたが、私は、いつもの春とは違う「覚悟」が必要だと考えている。直面する震災対応と復興、中長期的な産業経済の発展を見据えて、どのような「テーマ設計」を行い、いかにベストなアプローチをしていくのか、「産学官」の真価が問われている。

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【掲載日:2011年5月 6日】

若林信一

長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長

1949年長野県生れ 新光電気工業㈱にて取締役開発統括部長、韓国新光マイクロエレクトロニクス社長などを歴任。2009年5月から現職。

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