[コラム]ものづくりの視点

vol.89「the Best and the Brightest」(ベスト・アンド・ブライテスト)
長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長
若林信一

 もっとも輝いて見えた1960年代のアメリカ合衆国の、ケネディとそれを引き継いだジョンソン政権における安全保障政策を担当した閣僚や大統領補佐官たちを「The Best and the Brightest」と呼んだ。それはまた、両政権が、如何にしてベトナム戦争の泥沼に引きずりこまれ、「最良の人たち」が如何に多くの誤りを犯したかを克明に描いたデイヴィッド・ハルバースタム(David Halberstam, 1934-2007)の著書の名でもあった。
 このごろ、テレビから流れてくる映像を見ながら「最良の人たち」の行動を考えてみたりしている。

 科学技術にも「最良の人たち」の力が必要であるが、かつて、増子曻氏(東京大学名誉教授)が、目先の利害を優先しがちな産学官連携のあり様を「レオロジー現象」や流体特性に例えて指摘されたことがあった。ちょっと外圧を受けると、すぐへなへなと底なし沼的状態に陥る「チキソトロピー技術者」、目先の利害にとらわれて、権力的に硬化する得意技を使う「ダイラタンシー役人」、定理・公理に囚われ周りの流れも感じとれぬコチコチのユークリッド固体学者など...。とても手厳しかったことを覚えている。

 「レオロジー」(Rheology)の「レオ」(rheo)とは、ギリシャ語で「流れ」を意味しており、「物質の変形および流動一般に関する学問」と定義されている。わかりやすく言えば「力のかけ方で流動の仕方が変化する構造を持った流体」の学問である。その分野は非常に幅広い。
 塗料やパンの生地は代表的なレオロジー流体であるし、地震の原因である地核とマントルの動きや、地表で見られる液状化現象は「地球のレオロジー現象」ともいえる。 これらの物質の流動性は、不可思議だ。
 ボールペンのインクは、圧力がかかっている時はなめらかに動き、止めると垂れることなくスッと止まらなければならない。この性質は「チキソトロピー」(Thixotropy)といい、食卓にあるマヨネーズやケチャップも同様の性質をもつ。
 一方、力をこめると固くなる流体現象もある。例えば、適度の水に溶いた片栗粉は掌から流れ落ちるが、握ると硬くなる。この現象は「ダイラタンシー」(Dilatancy)と呼ばれ、小さい力には液体のようにふるまうのに、大きい力には固体のようにふるまう性質を示す。雨に濡れた砂浜を車で軽快に走らせた経験のある方もいると思うが、その砂浜も自然界のダイラタンシー現象なのだ。

 我々は地球というレオロジー(流体)に暮らしている。しかも日本は、いまだ震災の中にあり、本格的な復興の緒も見い出しきれていない。政治家や官僚はもとより、産学官のリーダーたちには「流れ」を的確に読む力、「想定」を超えた発想と社会正義に基づく骨太な実行力が求められるように思う。
 「万物は流転する」が、人びとに希望をもたらす「流れ」を創っていってほしい。ともあれ今は、日本の「The Best and the Brightest」たちを信じるしかないが...。

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【掲載日:2011年6月17日】

若林信一

長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長

1949年長野県生れ 新光電気工業㈱にて取締役開発統括部長、韓国新光マイクロエレクトロニクス社長などを歴任。2009年5月から現職。

http://www.tech.or.jp/