[コラム]ものづくりの視点

vol.117マイチップ構想
長野県テクノ財団ナノテク国際連携センター所長
若林信一

 今ではユビキタス(Ubiquitous)社会は当たり前になったように思われる。「いつでも、どこでも、誰とでも」ネットワークでつながっている社会である。そうすると次は、「今だから、此処だから、貴方だから」という、操作が必要なく、ひとり一人の快適性がより追求されるアンビエント(Ambient)社会が求められている。

 大量生産で、おいしく、はやい、ハンバーガーの文化に呑み込まれそうになったイタリアでは、手間暇がかかっても、その土地の伝統的な食文化や食材を大事にして行こう、そこにこそ、食の本来的な姿があると、スローフッドを見直す運動が起こった。この中から大量生産・高速型のライフスタイルに対して、ゆっくりした暮らしのスローライフが提唱されている。ひとの暮らしは、忙しく走り回る都会的な生活ばかりが良いわけではない。

 そう思って見ると、高度な技術で、大量生産によって、安価に提供されている、スマートホンなどは、ハンバーガーの文化と重なって見える。これは間違いなく時代の特徴を表す典型的な機器であり、個人や小さな会社では決して生み出せない機器でもある。けれども、生活が楽しく、便利になったことは間違いない。しかし、みんなが幸せになったかどうかは別問題である。こういうものはもちろん必要なものであが、これほど役に立ち、重要な技術であっても、実はここに使われている技術は誰もが自由に使うことは、事実上不可能になっている。これは数がでないとビジネスにならないからで、いくら必要なひとがいても、年間1万台くらいしか売れないものならば、誰も作らない。このようなもの作りの典型的なものは半導体である。この技術は、世界的に見ても、もはや数社が独占するものになってきている。そうするとスローフッドではないが、いくら良いものであったとしても、もはや大部分のひとにとっては欲しいと言っても手に入れることはできないことになる。半導体技術は、それこそ、いつでも、何処でも、誰でも、貴方が必要なら、作って、使えることが必要である。そうすれば、また新たに大きな展開が生まれてくる。しかし、私は、実際この困難さのために多くの優れたアイデアが挫折したことを知っている。

 20世紀最大の発明である半導体技術も微細加工の限界に近付いている。この壁の突破は物理的、ビジネス的にも非常に困難である。しかし、既存技術の中でもAgile (早く、速く)に作って、使える形に技術にすれば、大きな飛躍が期待できる。現状は、作れるひとは、ビジネスにならないからやらない、できないひとは、欲しいものがあっても当然つくれない。

 今回、この「できない」という形を突破するためのプロジェクトを企画した。名付けて「SD(スマートデバイス)プロジェクト」である。これは、少し難しい言葉だが「ICの非同期回路設計」技術をコアにして、アイデアのあるひとが、欲しいと思うチップ-これをあえてマイチップと呼ぶことにして-マイチップをGgileに、自由に設計し、作り、使うことができるビジネスモデルの提案である。先日このキックオフフォーラムを開催したところ80名を超える方々が出席した。長野県産業の基盤技術に育つことを期待している。

【掲載日:2013年2月25日】

若林信一

長野県テクノ財団ナノテク国際連携センター所長
1949年長野県生れ 新光電気工業㈱にて取締役開発統括部長、韓国新光マイクロエレクトロニクス社長などを歴任。長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長を経て2012年4月から現職。博士(工学) http://www.tech.or.jp/