[コラム]ものづくりの視点

vol.121先立つもの
長野県テクノ財団ナノテク国際連携センター所長
若林信一

 世の中にはお金で買えないものもあるが、お金さえ出せば手にはいるものも数多くある。どうにも話が付かないというものでも、お金によって意外とあっさり話が付く場合も良くある。技術的にできないもの、科学的に分かっていない答えは、当然お金を出してもすぐ手にすることはできない。しかし、ふんだんに資金を投入できれば、かなりの短時間に実現できる技術もある。原理的に、また設計的に、どうすれば実現できるかは分かっているのに、それを実行するお金がない場合である。

 我々は大学における基礎的な研究をもとに、研究会を作って非侵襲的(体を傷つけて血を取らずに)に血糖値を計るセンシングシステムを開発している。この成果は幸いなことにSBCテレビに取り上げてもらうことができ、昨年(2012年10月24日)のSBCスペシャルや今年の新春番組にも放送された。実はその前後からいくつかの取材依頼もあり、皆様の関心の高さがうかがわれる。しかも、糖尿病を患っておられる皆様からは、昨年の初めから何件も装置開発の進捗に付いて問い合わせがあり、開発の完了が待たれている。

 我々の開発は第3コーナーを回った辺りと言うか、ほぼ70-80%は完成したと思っている。しかし、同じ課題に挑戦しているグループもあり、どこが本当に社会に受け入れてもらえる装置を提供できるかは、中々予断を許さない。どういうところが決め手になって、どこの装置がデファクト(事実上の標準器)として受け入れられるかは、大いに興味がある。それは技術的な要因ばかりがその決め手ではなく、値段や入手のし易さ、医療サービスとの連携など、多くの非技術的な要件も関係するからである。

 一つの新しい手法の開発は、手繰れば次々にいろいろな複合化や応用が考えられる。血を取って血糖値を計ることはどうやっても間欠的な方法(飛び飛びにしか数値が得られない)である。しかし、赤外線を使った非侵襲的(指先に光を当てるだけ)な方法では原理的に24時間、365日、寝ている間にも、ずっとデータを取り続けることができる。こういうデータはまだほとんどない。これができると新たな治療法や投薬法、医療機関との連携、予防法などが直ちに考えられる。しかも、いわゆるITと組み合わせると、今注目されているビッグデータとなって、これまた予防法、治療法に大きな展開が起こる可能性がある。この開発はすでに国内で2000万人を越えたとされる糖尿病患者、また全世界では3億人を越えるとされ、インドや中国では急増中と言われる患者の皆様の大きな救いになる。

 開発活動における非技術的な要因の最大の課題は研究費の調達である。「できた」と言っても、挑戦するグループが沢山あって、時々できたと言う新聞報道などがあり、しかし実機が出てこない開発は、いわゆる狼少年効果とでもいうか、期待が失望となって、中々信用して貰えない。開発の最後のひと山は資金調達の山である。この活動にマラソン走者がゴールに向かう姿にエールを送るように、物心両面のご支援をお願いしたいところである。

 マラソンもそうであるが、開発レースもゴールすることが肝心である。開発技術者にとって技術で負けるのも悔しいが、社会的支援力の差で負けることも同様に悔しい。

【掲載日:2013年5月29日】

若林信一

長野県テクノ財団ナノテク国際連携センター所長
1949年長野県生れ 新光電気工業㈱にて取締役開発統括部長、韓国新光マイクロエレクトロニクス社長などを歴任。長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長を経て2012年4月から現職。博士(工学) http://www.tech.or.jp/