[コラム]ものづくりの視点

vol.122ジャーゴン(Jargon)
長野県テクノ財団ナノテク国際連携センター所長
若林信一

 「ジャーゴン」という言葉を知っているひとはどれほどいるのだろうか?Jargonを『デイリーコンサイス』で引いてみると「(一般の人にはわからぬ)専門語. 職業語. 通語(を使う);わけのわからぬことば(を使う). ちんぷんかんぷん」と出ている。職業と結びついたものは専門用語、業界用語であり、いわば仲間内だけの言葉である。こういったものはどこにでもある。半導体業界ではDRAM、MPU、ASIC、PGA、TSVなど、など、いくらでもあるし、どこの工場でも、その中でしか通じない言葉が平気で流通している。外に出て、思わず口を衝いて出た言葉が通じない、ということに出くわして、初めてそれと気付くということになる。事実そういう場面を経験した。

 プレゼンテーションなどの場でこういう言葉を連発したらどういうことになるのだろうか?通じる人だけが集まって結束を固める役には立つだろうが、大部分の参加者にとってはいい迷惑である。これを皮肉って付けたわけではないのだろうが、ジャーゴン失語症と言うのもあるのだそうである。主に言葉の理解に問題を起こすもので、言葉の音と意味がこんがらかるのだそうである。多弁で速いテンポで話すが、「とよの」を「とのよ」と言ったり、「アボカド」を「アボガド」(abogadoはスペイン語では弁護士を指す)と言い間違えることが多く、しかも自分では気付かない。これが酷くなると錯語(言い間違い)の頻発のため意味を汲み取ることできないことになる。これこそまさにジャーゴンである。

 しかし、笑ってばかりはいられない。P.F.ドラッカー(Drucker)は「専門家にはマネジャーが必要である。自らの知識と能力を全体の成果に結びつけることこそ、専門家にとって最大の問題である。自らのアウトプットが他の者のインプットにならないかぎり、成果はあがらない。組織の目標を専門家の用語に翻訳してやり、逆に専門家のアウトプットをその顧客の言葉に翻訳してやることもマネジャーの仕事である」と成功のためのマネジャーの役割を述べているが、専門家の問題は彼の属している組織の中でも皆とコミュニケートできないことである。これは、専門家がジャーゴンしかしゃべれないこと、そしてそれが彼の仕事の本質そのものに根差していていることが問題である。「彼が唯一滑らかにしゃべれる言葉がジャーゴンだ」ということである。だから通訳ができるマネジャーが必要だ。組織の成功のためには専門家の果たす役割は極めて重要であるが、その貢献できるところは一部である。技術の専門家は経理や財務の専門家でもなく、製造の専門家でもない。商品を生み出すということにおいてさえ、技術の専門家の活躍の場はおのずと限定的である。

 産学官の連携活動も同様と考えるのが普通かと思うが、研究や開発のシーズ技術を持つひとが組織全体をマネージすることが多いようである。ドラッカーは「マネジャーを見分ける基準は命令する権限ではない。 貢献する責任である。マネジャーとは「組織の成果に責任を持つ者」である」と言っている。専門家は自分の専門性と興味のあるところが力を発揮できる場所であり、そこでこそ常人に考えられないパワーを発揮する。こういう専門家が組織の成果そのものの責任を負うのは、「きついなー」と言うのが実感である。

【掲載日:2013年6月12日】

若林信一

長野県テクノ財団ナノテク国際連携センター所長
1949年長野県生れ 新光電気工業㈱にて取締役開発統括部長、韓国新光マイクロエレクトロニクス社長などを歴任。長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長を経て2012年4月から現職。博士(工学) http://www.tech.or.jp/