[サイプラススペシャル]23 概念を超えた「特殊形状レンズ」とは 「磨く技術」「検査」「開発・開発」で世界のNATSUME

長野県飯田市

夏目光学

半導体製造装置から光学ディスクまで
レーザーの分野で活かされる世界屈指のレンズ技術

 一般にレンズといえば、メガネやカメラを想像するだろう。しかし、飯田市の夏目光学が手掛けるのは凹レンズや凸レンズといったありきたりのレンズではない。レーザー用の「特殊形状レンズ」。夏目光学は、ニッチ(すきま)に絞り込んだ戦略と、他の追随を許さぬ高い研磨技術によって世界屈指のレンズメーカーへと成長した。
 信州・飯田の地で生まれた比類のない光学レンズは、半導体製造やCD、ブルーレイなどレーザーを扱う様々な分野の発展を支えている。

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最先端で活用される「特殊形状レンズ」

え!?このカタチ、この色?

 「これって、レンズですか」
 目の前に並んだのは、思いもかけない姿の「レンズ」たち。ボール型、かまぼこ型、円すい型など様々だ。
 カタチだけではない。赤、青、黄色、ピンク・虹色と色鮮やかで、まるでショーケースの中。宝飾の輝きを放つ製品群、これこそ夏目光学が誇る特殊レンズだ。

 その種類の多さは半端ではない。「1つ、2つといった単位から注文を受けますので、細かく分ければ数千種類のレンズを製造しています」。宮下忠久社長が語るように、夏目光学は『超』が付く「多品種・少量生産」のレンズメーカーだ。

 こうした「特殊形状レンズ」は、一体どんなところで使われているのだろうか?

CD開発に採用された飯田のレンズ

 「普通のレンズは、『人の目』で見るために使われますが、ウチのレンズは『レーザー用』なんです」と、宮下社長。夏目光学のレンズは、光の束を糸状にしたり、板状にしたり、円盤状、リング状などにするために使われる。
 レーザー用は、光を集める、拡散する、屈折する、分ける、といった形で利用される。「レーザーが色々な分野で使われるようになったので、レンズのカタチもそれに対応する必要が出てきました。その代表はCDです」。

 日本とオランダの企業が共同開発し、世界の音楽に革命をもたらしたCD・コンパクトディスク。この開発に、夏目光学のレンズが重要な役割を果した。
 CD、MD、そしてDVDやブルーレイは「光学ディスク」と呼ばれ、レーザーの反射によって音楽や映像データなどの情報を読み書きしている。このディスクに照射するレーザーの通り道に、夏目光学の「かまぼこ型」のレンズが採用されたのだ。

半導体製造装置にNATSUMEのレンズ

 現在、夏目光学の主力となっているのが「産業の米」と言われる半導体の分野だ。
 半導体は、シリコンウェハーの上にレーザーで回路を焼き付けて作る。この焼付けを正確に行うために使われるのがレンズで、装置には約300ものレンズが組み込まれている。「光学技術の粋を集めたものが半導体製造装置なんです」と、宮下社長。
 携帯電話やパソコン、デジタルカメラなど、身のまわりのデジタル機器が小型化・高性能化した背景には、半導体のめざましい進歩がある。それを支えているのが夏目光学のレンズなのだ。
 「回路は0.3ミクロンという細さで焼きこみをするわけですが、そのためには『解像度』が必要です。レーザーをいかに均等に照射するか、夏目光学のレンズには小さくて高い精度が求められているんです」。

 レーザー光線が活用される分野はますます広がり、通信機器や医療のほか、宇宙関連にまで及んでいる。わずかな誤差が人命を左右するレーザーメスなど、厳しい精度が求められれば求められるほど、夏目光学のレンズは性能を発揮する。
 「業界でNATSUMEの名前を知らない人はいない」と言われるほど、夏目光学は「なくてはならない世界企業」となっている。

ショーケースの宝飾品と見紛うばかりの「特殊形状レンズ」たち。

宮下忠久社長は経理畑出身の64歳。

レーザー用に特化されたレンズは、世界の光学分野で「なくてなはならい」存在

世界屈指のレンズと技術力

自分たちで作る「研磨装置」と「加工治具(ジグ)」

 レンズは、ダイヤモンドで素材を削り、表面を磨き上げて作られる。宮下社長が「どこにも負けない」と自負するモノが3つある。「磨く技術」「評価測定」、そして「開発力」だ。

   宮下社長が「『磨く機械』を自分たちでつくることができたので、独占的な販売ができたんです」と語るように、「自社で機械を作れる」技術力がなければ、「多品種少量生産」は不可能だった。
 「ウチには作る技術があったから『こんなものもできるとよ』とメーカーに提案できたんです。そうすると『実はこういうレンズが欲しいんだ』という声が、どんどん寄せられるようになった」。機械メーカーからの「四角いレンズはできないか」「穴の空いたレンズはできないか」といった常識を超えた注文にも応じることができた。
 日本メーカーが主導権を握ったCDプレーヤーの開発でも、「無理難題に応えられる」夏目光学の力が大きな役割を果した。

 「磨く技術」を支えている装置がある。
 レンズを磨く時に使われるのが、治具(ジグ)と呼ばれる装置だ。治具の精度がレンズの仕上がりを決める。多種多様な要求に応えるため、加工機械や治具を自社生産して技術を磨いてきたことが、他社の追随を許さない製品につながっている。

世界最高峰の検査体制

 「この規模の会社に、なんでこんな高級な検査装置があるんですか、ってみんな驚くんですよ」と、宮下社長が冗談めかして語るように、夏目光学には、性能も値段も世界トップクラスの検査装置が並ぶ。最高水準と言われるだけに、表面の凹凸を、ナノより小さいオングストローム(=100億分の1m)のレベルで測定することができる。
 磨く技術と両輪となって、夏目光学の品質管理を支えているのが、こうした検査体制だ。
 「レンズの性能を理解してもらうためには、レンズがこういう状態にありますよって具体的に示さなくてはいけない。だから測定・評価装置には惜しみなく投資しました。これだけの設備投資を回収するのは大変ですけどね」と宮下社長は笑う。

「研究開発」に惜しみない投資

 測定・評価装置と同様に「とんでもない投資」をし続けているのが「研究開発」だ。
「年商30億円の企業が、10億円を投じました」。宮下社長が案内してくれたのは、飯田市川路の産業団地に建つ近代的な建物「テクノロジーセンター」だ。2005年に完成したセンターでは、10億分の1=ナノの精度を持つ新たなレンズの研究開発が行われている。
 進化し続ける半導体に合わせて、製造装置に用いられるレンズも、「次の、次」の開発が行われている。半導体の分野で、これまで「ドイツの1社しか作ることができなかった」レンズの開発に成功した夏目光学。光学技術発展のための長野県飯田市の基地から、世界最先端の新技術が生まれていく。
 「自分たちで磨いて、それを測定して、どこがどういう風に悪いのか分かってから直しながらまた新たに磨いていく…この蓄積があるからこその『技術力』なんです」。

研磨装置(上)・加工治具(中・下)は社内でつくる。

年商30億円レベルでは「ありえない」、世界最高水準の検査体制

世界の光学技術発展のための前衛基地とも言える飯田市川路の「テクノロジーセンター」


「楽しく働ける状況」が技術力の原点

夏目の技術を絶やすのは、飯田の損失

 人口11万人の飯田市は、長野県南部で最も大きな都市だ。天竜川が流れる河岸段丘の高台にある夏目光学の窓からは、飯田市の街並みと南アルプスの連山が望める。
 夏目光学の創業は1947年。海軍技術将校から復員した現会長の夏目哲三氏が、「飯田製作所」を設立する。当初はメッキが主だったが、朝鮮戦争を境に業者間の競争が激化したため、双眼鏡のレンズ製造に業態を変える。1956年に社名を「夏目光学工業所」と改めて現在地に移転。「私どもも昔は『大量生産』の典型みたいなものでした」と宮下社長が語るように、双眼鏡のレンズ作り一筋の会社だった。
 
 日本の高度成長に呼応するように業績を伸ばし続けた1966年、転機が訪れる。「取引の9割以上を占めていた東京の商社が倒産してしまったんです」。入社間もない宮下社長の当時の立場は経理担当社員。昇給なし、賞与、残業手当もカット、社員は3分の1に減ったという。
 しかし、「夏目の技術をここで絶やすのは、飯田の損失」という地元有力者の協力もあり、残った社員が一丸となって働き、借金は2年半で完済。倒産の危機を乗り越えた。

倒産の危機から、「超」多品種少量生産へ

 「一極集中の経営から、分散の経営に転換したのは『倒産の危機』の反省からなんです」。それまで双眼鏡レンズ一辺倒だった経営からの脱却をめざし、関東から関西にも営業エリアを広げ、情報収集にあたった。
 「今は『タコ足』のように様々な形状のレンズをつくっていますが、もともとは『3本柱』をめざしていたんですよ」。双眼鏡の他に、顕微鏡市場、センサー市場の開拓を図り、多品種少量生産へと経営を切り替えていった。

   メッキからレンズへ、そして「多品種少量生産」へという大胆な転換の原動力になったのは、宮下社長が「織田信長のような存在」と語る、創業者で現会長の夏目哲三氏だ。
 「アイデアの塊で、とんでもないことを発案するんです。工学に明るく、社内で機械もレンズも作ってしまう」。先見の明と実行力で夏目光学を創り、成長させたのが夏目会長だとすれば、宮下社長はその軸足をしっかりと固め、世界に誇るレンズメーカーの地位を確立した存在と言える。

「付加価値」を生むための「人への投資」

 「私が社長になったのも、半導体が悪かった時期。なんでこんな時期に社長を引き受けるの、って言われました」。宮下社長がトップとなったのは1994年。最初に手掛けたのは、生産の合理化と、品質向上のための最新機器の導入だった。

 夏目光学の現場は、驚くほど若い。研究開発の拠点「テクノロジーセンター」はもちろん、レンズを磨いたり検査したりする現場も、20代・30代の姿が多い。平均年齢は30歳前後だという。「確かに若い社員が多いんですが、みんな5年・10年以上の選手たち。辞める人が極端に少ないんです」。自信を持ってレンズ作りに取り組む若い技術者たちが、夏目の原動力となっている。
 40人近い管理職(といっても40歳前後)の誕生日には一緒に食事会を行うという宮下社長のモットーは「いかに楽しく仕事ができる状況を作るか」。
 「不況だからって、人員削減して経費を減らすやり方では会社は伸びない。ニッポンでのものづくりは『付加価値』をいかに付けるかが大事。そのためにも研究開発型でやっていくしかないんです」最新設備への投資とともに、「人への投資」を続ける夏目光学。「種まきから芽が出るところまではできたので、あとは『収穫』です」と語る社長の笑顔が印象的だった。

平均年齢30歳前後の「若さ」が、少量多品種のものづくりのチカラとなる

レンズは、ダイヤモンドで削られた後、研磨機器で磨き上げられる。

「いかに楽しく働ける状況をつくるか」宮下社長の想いは現場へ伝播する。


【取材日:2009年01月13日】

企業データ

夏目光学株式会社
長野県飯田市鼎上茶屋3461 TEL:0265-22-2434
http://www.mflens.co.jp/