[サイプラススペシャル]45 「4つの炉」で差別化した熱処理専門企業 金属を「硬く」「しなやか」にする「熱錬」

長野県上伊那郡箕輪町

南信熱錬工業

熱処理は「サービス業に近い」!?
先を見据えた「設備投資との戦い」とは?

 金属は「焼き」で鍛えられる。
 鋼鉄を高温で加熱した後、急速に冷やして硬度を高める「焼き入れ」。さらに「焼き戻し」や「焼きなまし」などの作業を繰り返し、金属の耐強度や耐磨耗などの特性を持たせるのが熱処理加工だ。現在でも、安全性と軽さを高いレベルで両立する自動車部品などにも無くてはならない加工技術となっている。
 県内十数社あるという熱処理専門企業の中でも、南信熱錬は最後発組だった。それにも関わらず、「他には負けない技術」を鍛え、中堅として確固たる地位を確保しているのはなぜだろうか?そのカギは「4つのチカラ=炉」にあった。

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金属を知り尽くしてこそできる「熱錬」

鋼鉄に機能性を持たせる「焼き入れ」

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 南信熱錬工業の名前にある「熱錬」とは、ずばり「熱処理加工」を意味する。しかし聞きなれない言葉・熱処理とは何だろうか?
 そんな初歩的な質問に、向山淳社長は丁寧に答えてくれた。「金属を、硬くしたり柔らかくしたりします。つまり金属に『機能性』を与えることです。」
 難しい事象を、私たちが理解できるようにと簡潔に説明する言葉からも、「私たちの仕事は、ある意味ではサービス業」という向山社長の経営方針が感じられた。

 「もともと鉄は、もろい。でも『焼き入れ』することで硬くなる。」金属を加熱・そして冷却すると、分子間の結合状態に変化が起きる。結果、硬度や加工しやすさなど、金属の性質そのものを大きく変えていく事ができるという。

硬く・しなやかに ポイントは「冷まし方」

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 「硬いだけではダメです。バネのようなしなやかさが必要。金属は『冷まし方』で機能もいろいろと変化します。」特筆すべきは「冷まし方」だ。

 向山社長は続けた。「例えば『日本刀』は、硬くてしなやかです。」
 独自の進化を遂げ、武士の魂にまで昇華した「日本刀」。「折れず、曲がらず、良く斬れる」を実現するために重要なのが「焼き入れ」の作業だ。鋼を高温で加熱した後、急激に冷やすことで硬度を高める。硬いだけでなく、しなやかさを同時に実現させるためには、ゆっくりと冷やす「焼きなまし」が必要となる。
 さらに木炭(=炭素)の量によって、性質が変わる。日本刀でも刃(やいば)の部分は炭素が多く、逆に鋒(みね)は炭素が少ない。

熱錬は現代の刀鍛冶

 刀鍛冶の技術を現在に応用したのが「熱処理」だ。
 例えばクルマのギアは、コストを安くするためにも、表面だけを硬くする必要がある。ここで使われるのが熱処理加工の「浸炭炉」。つまり、焼き入れと炭素の量によって硬さや機能を調整している。

 「熱処理の仕事は、基本的に鍛冶屋さんの仕事と変わりません。」
 工場内にあるいくつもの設備=炉は、すべて金属を熱して冷ます装置。しかし、十数種もの炉が必要なのは、「加工する金属の種類やニーズに応じて、冷まし方や炭素の加え方が違うから」だと、向山社長は笑った。

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「4つのチカラ=炉」で「他社には負けない」技術力

設備投資との戦い

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 社長自ら「機械がなければ、仕事の依頼が来ない」という熱処理加工は、典型的な「装置産業」だ。
 一言で「熱処理」といっても、扱う金属の種類やサイズ、加工後の性能や用途によって違った設備が求められる。さらに技術の進歩にともない、必然的に新たな機械が必要となる。
 従業員約50人にも関わらず、工場内には実に50機もの熱処理用の炉があるのは、「依頼を受けるためには必要だった」からに他ならない。「設備投資との戦いです」と向山社長が言う。
新たな設備=炉の導入が、そのまま会社の事業領域を決定し、経営の舵取りに直結しているのが熱処理という業界の特徴だ。

後発組だからこそ差別化

 県内で13社あるという熱処理専門工場。1972年創業の南信熱錬工業は「後発組」だった。
 前述のとおり大きな設備が必要となる熱処理加工市場は、すでに設備とノウハウを有する「先発組」が圧倒的に有利だ。だからこそ南信熱錬工業の参入から、以後40年近くにわたってほとんど新規参入がない。

 なぜ南信熱錬は、設備的に不利な後発組にも関わらず、成長できたのだろうか?
 そこには、向山社長が「4つのチカラ」と表現する、他社には負けない特徴的な4種類の炉が関係していた。

「4つのチカラ」その1【オーステンパー炉】

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 現在、南信熱錬の主力となっているのが、全体の6割を占めるクルマ関連部品の熱処理だ。「自動車の足回り、エンジンやトランスミッションに使われます。最後に硬くする熱処理は、部品の加工も容易なためコストダウンになる。高い安全性を実現するためには硬度と同時にバネのようなしなやかさが必要。これらを満たすのは熱処理だった」と、向山社長。
国内自動車メーカーの好調を背景に2002年には約4億円だった売上げを、6年後には約7億円と、1.5倍以上に伸ばした。

 大躍進を支えたのが、「4つのチカラ=炉」のひとつ「オーステンパー炉」だった。

「金食い虫」から「金のなる木」へ

 オーステンパー炉の特徴は、「バネ処理」だ。
 高い温度でゆっくり冷やすことで、炭素を含んだ金属にバネのような特性を持たせることができる。「自動車部品には必要不可欠」という装置で、県内でこの加工ができるのは南信熱錬を含め2社しかないという。

 「ゆっくり冷やすということは、冷ますための液体を360度で保持しなくてはいけない。加工する部品がないのに、毎日維持するだけでどんどんお金がかかった」という新型設備。「反省しきり、でした」と向山社長。しかし数年後には自動車部品の受注に繋がり、「金食い虫」は「金のなる木」になる。

「4つのチカラ」その2【大型アルミ合金熱処理炉】

 高い天井に、コンクリートの床。鎮座する炉の形状は、丸型や四角、大型装置などさまざまだが、熱処理の工場内は驚くほど閑散とした印象を受ける。熱処理はコンピューターで制御された近代的な自動装置がメインとなっている。

 「設備投資のきっかけといえるのがコレ」と、向山社長が案内してくれたのが1984年に設立した第2工場。コンクリの床に埋め込まれた、巨大な貯水タンクのような炉こそ、「4つのチカラ」のひとつ「アルミ合金熱処理炉」だった。
 若かりし頃の向山社長が、当時の社長の命を受け導入したという。差別化戦略が明確になった設備だ。

「後発組だから、他の企業が出来ないコトをやらなくてはならない」。巨大な設備導入により、ライバルに先駆けて大型アルミ部品の加工が可能となった。同時に、多種加工を手がけるきっかけともなったという。

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「4つのチカラ」で不況を乗り越える

5億円を投じた【真空浸炭炉】=「4つの力」その3

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 大型のアルミ加工で差別化戦略を明確にし、クルマ部品で飛躍した南信熱錬工業だが、世界同時不況の影響は深刻だ。
 一時は「生産が7割弱にまで落ち込んだ」という向山社長。「クルマはもちろん、建設機械用の大型アルミ部品のダメージも大きかった。」しかし、経営トップの表情は暗くない。穏やかな笑顔で案内してくれた新工場こそ「4つのチカラ」のひとつ、「真空浸炭炉」だ。

 今年完成したこの新工場には、年間売上に匹敵する5億円を投じた。「これから仕事が増えるであろう、チタンやステンレスなど加工ができる」。人気のハイブリッド・カーや、次世代の電気自動車など、技術が高度になればなるほど、金属熱処理も進化が求められるという。「クルマの軽量化には、どうしても強度が必要になる。それにはやはり熱処理」未来を見据えた新工場は、まさに社運をかけたプロジェクトだ。

最後は「職人のワザ」【創業当時の炉 】

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 「4つのチカラ」の最後は、「職人のワザ」だ。

 これまで紹介された設備は、ほとんどが自動化されており、加熱温度や時間などはすべてコンピューター制御されている。熱処理業界のほとんどで自動化が進む中、南信熱錬では、あえて創業当時の炉を残している。このアナログな設備こそ、差別化を可能とした「4つのチカラ」の核になる部分だった。

よしあしを決める職人ワザ

 石で作られた井戸のような炉の中には、真っ赤な液体。数メートル離れていても、放射熱で皮膚がひりひりする。吹き出した汗も、瞬時に乾いてしまう。「現在も、もちろん現役」という創業当時のままの第一工場だ。

 真っ赤な液体は、800度以上という高温の溶けた塩。色を見れば温度が分かるという。ここに、金属棒につるされた部品を入れ、数分間「焼き入れ」を行う。すべてが手作業だ。
 このアナログな設備により「小ロットの注文にも答えられ、何より職人のレベルが上がる」と向山社長。他のほとんどの設備が自動化されているからこそ、職人による細やかな管理が、「他社には負けないチカラ」となり得る。

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地域に根ざした「サービス業」

熱処理は加工のいち工程

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 天竜川に沿って南北に伸びる伊那谷は、西に木曽山脈、東に赤石山脈と「日本の屋根」に挟まれた盆地だ。ショッピングセンターや商店、田園が続く光景は、「谷」というより「伊那平(いなだいら)」の名がふさわしいのではないだろうか。

 JR飯田線と平行して走る中央自動車道伊北インターから国道146号を南下することクルマで5分。飯田線・伊那松島駅に程近い場所に熱処理専門・南信熱錬工業の工場がある。伊那谷の北に位置する上伊那には、南信熱錬工業の他にも特徴ある製造業が多い。

 「自分たちだけでなく、地域で伸びていく企業でありたい」と、向山社長。熱処理は加工の一つの工程に過ぎない。地元に、プレスや切削を行う工場があるからこそ「地域と一緒に発展」が必要なのかも知れない。

社員も地域の伸びる工場

 創業当時の炉を残しているのも「設備の大型化が進めば、大量生産品しか採算に合わなくなる」からこそであり、お客様の信頼にこたえる為に「1000人の大企業でも、1人の個人企業でも同じ『お客様』」だと向山社長は語る。
 「熱処理は委託加工です。委託加工は注文があってこそ成り立つ。ある意味『サービス業』なんです。時間と品質が要求されるからこそ、単品でもお客様の要望にこたえ、こまわりをきかせて対応していく。輸送面からみても『地元企業』を優先しています。」

 「社員も地域も伸びる、そんな工場でありたい。」社長は繰り返した。

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【取材日:2009年9月1日】

企業データ

有限会社南信熱錬工業 長野県上伊那郡箕輪町中箕輪8688 TEL:0265-79-3790
http://www.nannetsu.ecnet.jp/