[サイプラススペシャル]59 「手をかざせば水が出る」自動水栓のパイオニア 全国のセブンイレブン・ローソンにも採用される

長野県佐久市

バイタル

コンビニからボーイング787まで
TOTO、INAXと肩を並べる「小さな巨人」

 ドライブの途中に、買い物ついでに、誰もが一度は利用したことがあるコンビニのトイレ。ここに信州発の技術が使われていることは、あまり知られていない。

 佐久市・バイタルが手掛けるのは「自動水栓」。手をかざせば水が出る蛇口や、自動で水が流れる男性用トイレ・・・と言えば、ピンとくるだろう。バイタルの自動水栓は、全国のセブンイレブンやローソンの他、米国ボーイング社の航空機内でも採用されている。

 従業員30人の企業が、国内ではTOTOやINAXといった大手と伍して戦い、世界を舞台に実績を着実に積み上げている。

自動水栓のパイオニア

片田舎から全国、そして世界へ

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 信州・佐久から群馬県下仁田に抜ける、富岡街道。佐久市中心部から平賀の信号を過ぎ、わき道を入ると、保育園から子どもたちが遊ぶ声や、お寺の鐘の音が聞こえてくる。そんなのどかな住宅街の一角に、バイタルの本社工場はあった。

 売上約5億円、従業員約30人のこの会社が戦う舞台は世界。佐久の片田舎で作られた「自動水栓」は、全国のコンビニやファミレス、学校、病院で使われる他、ボーイング社のジェット機にも搭載されたというから驚きだ。

TOTOやINAXに負けない「小さな巨人」

 品質に厳しい顧客を満足させたのは「機能」と「コスト」。バイタルの強さは「安くてイイもの」を作る商品力に集約される。

 TOTOやINAXといった企業規模が何百倍も違う'巨人'たちにも負けない商品力はどのように培われたのか。なぜ、小さな'信州企業'が世界で認められたのか。
 カギとなるのは「パイオニア精神」と「小回り」だった。

何とか自社製品をつくりたい

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 「もともと、下請け工場だった。」屈託のない笑顔で語るのは土屋和典社長。

 現在61歳の土屋社長が起業したのは、25歳のときだった。無線器機の組み立て工場から独立し、以来20年以上、カーステレオやラジカセの組み立てを行ってきた。
 石油危機や不況を乗り越え事業も順調に拡大していったが、土屋社長にはひとつの想いがあった。
 「何とか自社製品をつくりたい。」

 「どうしても下請けは、景気の波にのまれやすい。量生産は規模を大きくしないとコストの面から立ち行かなくなる。だから業務用の自社製品をつくりたかった。」

全財産・人生を賭けた新規事業

 バイタルの社名は、活き活きとした生命力・活力を意味する英語のバイタリティーからきている。土屋社長は、まさにバイタリティーある人だ。
 自社製品のアイデアを探していた社長が目をつけたのは、病院で使われていた自動の水飲み器。「蛇口を握ることなく手洗いも自動でできないか」という病院関係者のアイデアを元に、現在の自動水栓の原案を考えたという。

 「これはいい、発想がいいと思った。全財産を担保に借金し、人生を賭けて、信念をもってやった。」
 新規事業をはじめたくても「ヒト・モノ・金、どれもない」状態。それでも開発担当からの「是非やりましょう」という社内の声が後押しし、自宅も担保にして資金を調達、専門スタッフも組織もない中、開発を始めた。
 まだ世の中になかった自動水栓の1号機が完成したのは、平成2年だった。

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「パイオニア精神」と「小回り」で世界に挑む

誰もやっていないことをやる

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 バイタルの強さのカギの1つは「パイオニア精神」だ。
 「先駆け」や「草分け」という意のパイオニア。自動水栓のパイオニア・バイタルの成功要因のひとつは、誰もやってなかったことを最初にやったことにある。

 世の中にないものを創るには、相応の苦労がつきものだ。「素人のあつまりですから、大変でした。センサーやモーターなど電気を扱う部品を、水周りに組み込んでいく。一番の難所は『水漏れ』でした。」
 営業を専門とする土屋社長は、商品化に成功すると早速、東京など首都圏を中心に販売を開始する。しかし、病院を中心に売上げを伸ばし始めた矢先、「動かなくなる」とクレームが寄せられるようになった。水漏れが原因で、電気部品がショートしてしまっていた。

 「製品ができたときには気が付かなかったが、毎日何十回も使用しているうちに、接合部分から水が浸入してしまっていた。」必死の改良・改善を行い、ウレタン樹脂を使うことで問題を解決するまで半年を要した。

 以来、顧客からのニーズに応え改良が重ねられた自動水栓は、「コストと性能に厳しい」セブンイレブンの店舗や、「絶対的な信頼性」を求められるボーイング社の航空機にも採用されるようになる。

小回りのきく工場

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 バイタルの強さのカギの2番目は「小回り」だ。
 全国トップクラスの販売個数を誇る自社ブランドの自動水栓だが、工場内に専用ラインはない。従業員たちは各人の机で、最終製品の組み立てやチェックをおこなっている。
 「一般消費者向け大量生産と比較すれば、業務用の生産個数は、ケタ違いに少ない」と、増田興治常務。セル式と呼ばれる個別の生産方式だからこそ、需要に併せて小回りのきく生産が可能だ。

 さらに作業所の一角には、ゾウの鼻のような何十本もの水道管が並ぶ。商品はすべて、水圧や開閉など厳しい試験が行われているのだ。「規定された安全基準の、2倍以上の数値まで品質を保証しています。」増田常務が自信を示す信頼性の高さも、同一工場内での小回りの良さが活かされた結果といえる。

小さいからこそできること

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 さらに、開発や営業でも「小回り」は力を発揮する。
 「セブンイレブンやボーイングからの受注は、細かな指定に答えなければならない」と増田常務が言うように、顧客のニーズに合わせて開発することが可能なのは、小規模だからこそだ。
 また、TOTOやINAXが自動水栓分野に参入してからも、機動力を生かした営業活動で、シェアを維持しているバイタル。「大手は水周り周辺も含め、新規の仕事を一括で請けることが多いが、私たちは今使っているトイレや蛇口の『自動水栓』だけを販売できる。同じ商品に見えるが、狙っている市場が違う」と、土屋社長は分析する。

 「大きければいい、というものではない。適正な規模でやっていくのが大事。もちろん、ひとり2役も3役もやることになりますが、それがまた良いところ。小規模だから効率化もコストダウンも可能です。」

大事なのは「信頼」

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 「お客さまからの信頼を得ることが大事。」
 土屋社長が商売の基本に据えるのは「すべてはお客さまありき」の発想だ。

 「資本力で勝る大手も、追いつけない」バイタルの技術力は、顧客からのクレームや要望があったからこそ。例えば、周辺設備に併せて設置を行う大手が家庭用電源を使うのに対し、バイタルは「設置場所を選ばない」乾電池駆動にこだわる。さらに、これまでは数年毎に必要だった電池交換を、「お客さまのことを考え」なんとか交換回数を減らせないか研究。近々発売される新製品は、単三電池で10年の長寿命を実現した。「10年間電池交換が不要といえば、ほぼ製品寿命に近づく」と、土屋社長も自信の品だ。

毎日「バイタル」

 持ち前のバイタリティーで新たな市場を開拓した土屋社長。「企業の使命は、利益を出すこと。どんどん儲けて、従業員で分けて、税金もどんどん払う。」新規事業立ち上げで、資金集めに苦労した社長だからこその言葉だ。

 業界屈指のメーカーであるにも関わらず、シェアほど高くないのは「知名度」。しかし、関西圏の小学校のトイレで、同社製品の採用が決まったという。TOTOのロゴを知らぬものがいないように、子どもたちが毎日'信州企業・バイタル'の名を目にする日も近い。

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【取材日:2009年12月8日】

企業データ

株式会社バイタル
長野県佐久市平賀4888 TEL:0267-62-4537
http://www.vaital.co.jp/