[サイプラススペシャル]105 “工場をみてくれ” チャレンジのものづくり HDDの環境試験装置メーカー

長野県須坂市

広田製作所

 広田製作所はハードディスクドライブ(=HDD)の環境試験装置のメーカーである。HDDといえばパソコンやカーナビなど、今や電子機器になくてはならない部品、しかし、ユーザーの関心はその試験装置にまでは及ばない。「いつでもどこでもきちんと動いて当たり前」そんな電子機器を支えるものづくり、そして、進化していくものづくりがここにある。

HDDの環境試験とは

hirotass03.jpg

 HDDを搭載した機器の代表格、パソコンを例にとると、使用に当たっての注意は「できるだけ振動やショックを与えないでください。また、ほこりや湿気、暑さ寒さにも気を付けてください」というもの。つまり、HDDは製品の中に密閉されていても、正常に機能するためには湿度・温度・電圧などの一定条件が必要、そのためには製品に組み込まれる前に、必ず、検査が行われなければならない。その検査用装置で国内屈指のシェアを持つのが広田製作所の「環境試験装置」である。

縁の下を支える装置

hirotass04.jpg

 「環境試験装置というわが社の製品はわかりにくいと思いますよ。」広田社長の後に続いて工場に足を踏み入れた。大手メーカーからも発注を受けているという話に、長い生産ラインのいわゆる"工場"を想像していたが、人の背丈ほどのスチール製の枠がいくつも並び、その間にパソコン画面とブルーのユニフォームが見え隠れするフロアが続いている。

 「この枠は中に試験装置を入れるための筐体です。」3段に分かれており、この装置1台で、3.5インチのHDDであれば192台を収納し、2.5インチのものでは600台の検査が行えるという。「これはよく売れました。10年で500台。しかし、今は、もう主力ではありませんが・・・。」

 その奥には、スチール製の大型冷蔵庫のようなケースが並んでいる。何台ものパソコンが接続され、周囲にはデータを確認しながら作業を進めるたくさんの真剣な表情が集まっている。「今開発中の環境試験装置です。」完成すれば、2.5インチのHDDが612台収納できる検査装置となる。先ほどの装置の約半分の価格で同等以上の収納能力を持つ装置、パソコンの画面には、グラフや数値が表示され、画期的な装置完成に向けて緻密な詰め作業が進んでいる。


試験装置は『黒子』

hirotass05.jpg

 擬似的な使用環境試験装置には、制約が多い。温度にしても標準タイプは常温から65度、低温試験用はマイナス20度まで、依頼先のオーダーは様々だ。不良品をはじきだすためには1つの筐体内部の温度差はプラスマイナス3度以内、湿度や耐震動もチェックしなければならない。「筐体内に安定した環境を作り出すこと、これが難しいのです。」広田社長はにこやかに説明する。HDDの出し入れも簡便さが要求される。

 一度に何台のHDDを検査できるかは、HDDを搭載する製品の価格に直結する。正常にデータの読み書きができるHDDは電子機器には必需品だが、試験装置はあくまでも『黒子』。進化をやめない電子機器と並行して試験装置も技術革新が進む。開発はスピードと低価格、小型化がポイントだが、近年は、装置自体の省エネ=CO2の削減を求められるという。

hirotass06.jpg

 HDDの消費は先進国から、BRICs(=ブリックス-ブラジル・ロシア・インド・中国-)、VISTA(=ビスタ-ベトナム・インドネシア・南アフリカ共和国・トルコ・アルゼンチン-)と称される高い経済成長率に支えられる国々にシフトし、HDDの生産自体は毎年20%も増加している。そのHDDに向けられる大きな課題は、容量拡大と低価格化であり、特にフラッシュメモリを記憶媒体とするSSDの台頭により、広田製作所にとって低価格化への対応は大きな課題となっている。「当社のライバルは既に海外です。国内競争相手と争っていた5年前には考えられないが、当社もタイの協力工場で作っています。」低価格と高機能の二律相反する課題を超えられなければ、環境試験装置の開発・製造自体、海外に移っていかざるを得ない。

 「開発力を高めるしかありません。参考書がない分野なのです。自分たちでチャレンジしながらやるしかないのです。」広田社長の言葉に力がこもる。


協力工場からの脱却

hirotass07.jpg

 1958年創立の広田製作所は、かつて売上高の約9割が富士通の長野・須坂工場向けの仕事であった。しかし、富士通の量産ビジネスが海外にシフトすると、売上高は激減。そこで目指したのは、HDD試験装置を富士通以外のお客様に採用してもらうこと、つまり協力工場からの脱却、それからHDDの試験装置を作ってきた技術をベースに試験機や制御機器の設計・開発、ソフトウェアも回路も、装置の筐体も自社で作るワンストップのものづくりをアピールすることである。

受託開発受託製造部門を立ち上げる

 一つ一つの技術は、どこにでもあるが、ハードもソフトもメカシステムも、一括して社内で完結する。その力が発揮されるのが受託開発受託製造部門だ。生産拠点を持たないファブレス企業のパートナーとして、また、コア技術以外は他社に任せるというものづくりの受け皿として、信頼される技術を積み重ねている。

 「お客さんからFPGAの開発力が弱いので代わりに開発のお願いできるかなとか、量が少ないものだけど開発・製造をお願いできる?と言われるようになりました。社員にはお客さんを工場へ連れて来い、工場を見てもらえって、いっています。」ニーズを満たすMADE IN HIROTAの総合力だ。


データ消去専用機

hirotass08.jpg

 今、広田製作所が力を入れているのはHDDの環境試験装置製造から派生した技術でHDDを取り扱う企業・団体向けの製品開発だ。その一つが、HDDに書き込まれたデータを完全に消去する専用機だ。HDD上のデータ消去は情報漏えい防止に欠かせないが、現在は、データを完全に消去するために、HDDを取り出して物理的に破壊する方法を取るケースも少なくない。しかし、広田製作所のこの専用機は、アメリカ国家安全保障局の規格のデータ上書き消去機能を標準装備し、消去証明書の発行もできる性能を持つ。しかも機能を絞り込んだことで小型化低価格を実現、既に自治体や金融機関にも導入されている。HDDの再利用は環境問題にも貢献する。新たな市場開拓が期待できる。

チャレンジは続く

 「MADE IN HIROTA」の最新の製品として、モバイル系の記憶媒体SSD(フラッシュメモリーを利用した記憶装置)の試験評価装置もある。SSDは、衝撃に強く消費電力が少ないという特徴を持ち、今後カーナビやノートパソコンなどでの採用が始まっている装置だ。HDDと同様にSDDそのものの検査評価の需要がこれから見込まれる製品だ。HDDの環境試験装置の経験が生きる分野である。

hirotass09.jpg

 自分たちでチャレンジしなければ、先に進まないという広田社長、社員を信大の社会人大学院に通わせたり、須坂市の組み込み技術の勉強会を立ち上げたりと、精力的に動く。FPGA(=Field Programmable Gate Array高密度集積回路LSIの一種で自由に回路が書き換えられるチップ)への取り組みは20年以上前に遡り、県内の中小企業の中では有数の開発実績を持つ。

 「国内で生き残るために開発力・技術力を求めているお客様がある。お客様の求める新しいものにいち早く対応しなければ。」広田製作所のチャレンジが、世の中のニーズを形にしていく。注目のものづくり企業だ。

【取材日:2010年11月16日】

企業データ

広田製作所
須坂市大字須坂17 TEL:026-245-1212
http://www.hirotass.co.jp/