vol.15 | 不透明な時代こそ、足元を耕せ! | 長野経済研究所 理事調査部長 平尾 勇 |
8月末、長野県産業振興戦略会議が終わりに近づいたころ「ちょっと、いいですかね」とある委員が発言を求めました。「ここ数ヶ月の経済情勢を現場から見ていると、大変なことが起こっている。世界の枠組みが根本的に変わってしまった。そんな時期に・・・2年前の戦略プランの進捗をチェックして意味があるかと思うんです」。自動車部品メーカーの社長はたんたんとこう言いました。今までの延長線上でのんびり議論している場合ではない、計画そのものを組み替えないと、企業も地域も大変なことになる・・・そんな危機感が伝わってきて、会議の雰囲気は一変してしまったのです。
昨年春持ち上がったサブプライム問題は、本年の10月に入ると大変動の氷山の一角が明らかになってきました。信用が収縮し、生産活動が停滞し、失業者が激増する・・・百年に一度とも言われる経済的なパニックが現実のものとして語られ始めています。
そもそもの発端は、信用力の乏しい人たちの住宅ローンを証券化し、金融工学を駆使して証券化商品としたものを全世界にばら撒いたということです。米国の住宅価格が上昇しているときはいいのですが、下落すると途端に不良債権化する。しかも、そうした不良債権がどの商品にどの程度混じっているかがわからないのですから、金融取引は混乱に陥ってしまうのです。金融の基本は「人を見てカネをかす」ということですが、サブプライム・ローン問題の根っこの部分ではこれが意図的にないがしろにされてしまったのです。こうした不良債権を織り込んだ証券化商品が世界に蔓延したのだから、金融市場が麻痺してしまうのも当然なのかもしれません。
要はこれらの金融取引は実体経済を反映したものでなく、マーケット理論や金融工学で創り出した架空のものであったということです。マンハッタンの超高層ビルから人間社会を見下ろすようにして架空の商品を作り出し、巨万の富を手中にした人がどこかにいたのでしょう。濡れ手に粟のような儲かる仕組みがいつまでも続くとは思えない。バブルはいずれ破裂するのです。
たしかに、グローバル化が進めば進むほど「証券化」に象徴されるような手触り感のない、デジタル化された情報ネット社会が浸透していきました。しかし、こうした潮流は実体経済から遊離したものであって、真の姿ではありません。デジタル・ネット空間は額に汗して働いて創り出す価値をより輝かせるものであって、それ以上のものではない・・・。これが今回のサブプライム問題の教訓ではないか、と思うのです。
では、放っておけば、劣化債権が証券に混入するような世界と隣り合わせで、地方に求められるのは何でしょうか? 狼狽することなくもう一度原点を確認する必要があるのでないか。欧州の激動の混乱期に、ある哲人がこんなことを言っています。「足元を耕せ、そこが泉だ!愚か者は地獄と言うけれど」。
しっかりと足元を耕し、混じり気のない本物を創り出し、顔の見える手触り感のある取引を行うこと。地方が翻弄されないためにも、中小企業が翻弄されないためにも、やはり本物の「ものづくり」に徹する覚悟を決めることが今一番大切なことではないかと思うのです。
長野経済研究所 理事調査部長
(株)富士総合研究所を経て、1991年八十二銀行入行。同年(財)長野経済研究所へ出向。 02年調査部長 05年から理事・調査部部長。専門は地域政策論。長野県経済を中心に産業構造分析、産業振興策、地域づくりに関する調査などを担当。
http://www.neri.or.jp/