[コラム]ものづくりの視点

vol.54テクノロジーフィクションという勘違い
長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長
若林信一

 琥珀に閉じ込められていた蚊の腹から、恐竜の遺伝子を取り出し、その姿を現代に蘇らせるというバイオテクノロジーが使われていたのがマイケル・クライトンのSF小説「ジュラシックパーク」だった。サイエンス理論としては成り立つものの、もはや巨大なティラノサウルスが映像の世界から外に出ることはない。そんな安堵感を持って楽しめるのも、そもそも遺伝子を完全な形で取り出すのがほぼ不可能だという現実があるからだ。

 しかし、鹿児島大学のG先生が提案した「マンモス再生計画」では、いかにも現実味を帯びたテクノロジーが紹介されていた。シベリアの永久凍土に眠る比較的保存状態の良いマンモスから精子を取りだす。これを使ってアフリカ象の卵子を受精させ、「50%マンモス」を作り出す。その卵子に再びマンモスの精子を受精させると今度は「75%マンモス」が産まれる。これを5回繰り返すと、「100%マンモス」ができるのだという。正常なDNAの精子を如何に手に入るかという関門はあるものの、温暖化が進み、毎年発見される冷凍マンモスのニュースに触れると、近未来にマンモスが現れ再び草原を歩く姿を想像してしまう。

 ところで、こうした、如何にも出来そうに見えて実は出来ない勘違いを、工学分野では「TF・テクノロジーフィクション」(増子曻東京大学名誉教授提唱)と呼ぶらしい。

 たとえば、有名な「T-生産方式」では、金型の「シングル段取り」による時間短縮を実現させている。いくつもの部品製造に即座に対応できるよう、数分で金型を載せ替える技術が求められるが、自動車部品ではこれが現場の技術として確立している。

 しかし、世の中にははるかに複雑で精度の高い電子部品や微細接点ばね、マイクロモータ部品なども存在しているが、多品種少量生産に対応する究極の「一個流し」では、数分以内で金型を取り換えなければならない。

 加えて工程ごとの歩留まりも重要な要素だ。「T-生産方式」では歩留まりが100%であることを基本としているが、半導体製造などでは一定の限界がある。仮に、ひとつの工程の確度が30%であれば、他の工程がどんなに良くてもトータル歩留まりは30%を超えることはできないし、他方で、工程歩留まりが90%であっても10工程あれば、歩留まりは35%程度まで落ちてしまう。

 このような技術フィクションをリアリティーに展開するのは技術の力であるが、意外とその距離が遠いのも現実なのだ。

 どのようなテクノロジーも適材適所、その効果が発揮できる力がなければ導入しても製造現場で失敗を起こす。出来そうで出来ない「TF・テクノロジーフィクション」を勘違いせず、現実のもとするためには、新技術を育てる発想と、たゆまぬ開発活動が大切なのである。

【掲載日:2010年8月18日】

若林信一

長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長
1949年長野県生れ 新光電気工業㈱にて取締役開発統括部長、基盤技術研究所長、コンポーネント事業部長、韓国新光マイクロエレクトロニクス社長を歴任。2009年5月から現職。 http://www.tech.or.jp/