vol.55 | 「ラジオ小僧」に戻る日 | 長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長 若林信一 |
ある大学の先生が、「最近の日本は、企業も大学も気力が足りない。やる気がないように見えて仕方がない」と嘆いていた。研究室の大学院生に、科学工作の本を与えて「つくってみろ」といえば、しぶしぶ作るだろうが、帰りにはきっとゴミ箱に捨てて帰る。それほどに学生が「ものづくり」に興味を示さないというのだ。
さらに、先生の嘆き話は続く。
子どもの頃、はじめてラジオを作って、放送が聞こえた時の、あの感動を思い出して自分の子どもにもやらせたら、男の子はすぐにあきらめて3Dゲームに走ってしまい、女の子の方は一応組み立てたものの、流れ出す音を聞いても、つまらなそうな顔をしていただけだった。
身の回りに高性能な機器が溢れる現代は、ラジオなどの素朴なものを作っても感動が湧き上がらないのかもしれない。このままだと、もはや日本では、「ものづくり」という言葉さえも、あの「ラジオ」のようにゴミ箱に捨てられてしまうような気がしてくる。
近年、ひとつのモノを作り上げる「総合化の力」が弱くなったといわれている。それは、高性能機器がたくさんの素材や部品から成り立つようになるに連れ、その技術に対する関心も無数に細分化されてきたからとも言えるが、「作って」、「聴いて」、「感動する」という、ものづくり本来の醍醐味さえも細分化されてしまったようにも感じるのである。
さらに、「ものづくり産業」が海外との競争に遅れをとることに対する危機感は強い。国内の生産力はもとより「ビジネスモデル」でも水をあけられはじめているからだ。加えて日本は、生産人口の減少時代を迎えている。私の住む都市近郊の町でさえ、25年後には年少人口が現在の45%に減少し、後期高齢者は13%も増える(国立社会保障・人口問題研究所推計)ことになっている。
こうした社会構造の中で、「ものづくり」の力を維持することは容易ではない。けれども、ヨーロッパのいくつかの国では、同様の社会問題を、宇宙・航空技術や半導体技術に特化することで乗り切ろうとしている。とりわけ宇宙や航空は子どもたちにも夢をあたえる分野だ。「軍事」とも密接に関係する産業であるという背景の違いはあるものの、減りゆく生産人口の中で生きることとなる子どもたちのためにも、夢を持ち、感動できる「ものづくり」を再興させたいものだ。
長野県テクノ財団では、既に「科学教室」などの子ども向けのセミナーを実施しているが、若い人たちが「ものづくり」の醍醐味を味わえるような新しいテーマを見つけ出したので、多くの若者に参加を募りたいと思っている。もっとも、コーディネートする私たち自身が、「作って」、「聴いて」、「感動した」あの「ラジオ小僧」に立ち戻ることから始めなければならないのかもしれないが...。
長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長
1949年長野県生れ 新光電気工業㈱にて取締役開発統括部長、韓国新光マイクロエレクトロニクス社長などを歴任。2009年5月から現職。
http://www.tech.or.jp/