[コラム]ものづくりの視点

vol.87粘って粘って勝つ 東北
山岸國耿

高い精神性ある国家建設を目指そう・・・

 東日本大震災以来、私は、涙、涙の連続だった。俳優の舘さんは1週間現地で支援活動をしたが、「涙の毎日だった。」とのこと、私も現地に行けば、息をのむ光景に涙が止まらないだろう。

 テレビの放送で、酒店を地震により破壊された40才代の社長が、「自衛隊から即応予備自衛官として召集命令がきた。今召集に応じないことは、頑張ってきたこれまでの自分を否定することとなる。今後10年、20年に渡り、自分の人生に悔いを残すことになる。」と壊れた商店を後に、決然と召集に応じていった 。
 中国人研修生20人を津波から救い、自身は逃げ遅れ家族共々亡くなった宮城県女川町の佐藤さんが、今中国の大連で英雄になっているという。又役場の若い女性職員が、津波警報を放送し続け自身は手遅れとなり亡くなった。「自分がやらなくてだれがやる。」日本の命運を担っている福島第1原子力発電所の現地作業員の声。
 生きるか死ぬかの瀬戸際で、拝金主義や利己主義と対極にある使命感を持った英雄が数多く生まれている。

 科学の粋を集め安全と言われた原子力発電所や、世界一の強固さを誇った釜石の防波堤も津波の一撃で瞬時に崩れ去った。人間の命が、自然の脅威の前で羽毛のように軽いものだった。・・・ということを被災者のみならず、全国民も涙して共感、共有した。

 震災当時、被災者がとった規律正しく、忍耐強く、助け合う姿に対して、略奪と暴行の無政府状態に陥る諸外国と比較し、世界の言論人から驚嘆、称賛の声が上がった。中国のある知識人からは、「中国は50年かけてもこのレベルに達しないだろう」、米国の大学院生からは「日本人の誇りであるのみでなく、人類の誇りだ」等の声が上がった。

 現代日本の社会に深刻な病根となっている「児童虐待やいじめ」などは、人間の尊厳や命の尊さを、悲惨な状況下で体感した被災者の目前からは消え去るだろう。・・・崇高な戦いをしている英雄達の前から消え去れ。・・・でなければ、何時か自身の心から鉄槌が下されるだろう。・・・
 これらの道徳性や倫理観の劣化は、この際皆で力を合わせて克服しようではないか。
 震災以来、目を見張るような募金活動やボランティアが続いている。
 この震災を奇禍として、世界から称賛されている規律、忍耐、感謝などの日本人として誇れる特性を深化させ、更に社会のために自己犠牲をいとわない志の高い国民性を涵養し、歴史に残る世界一の高い精神性を持つ国家を目指せればと願っている。"他よりも強いものがあれば、それを更に伸ばせ"これがマネージメントの要諦だ。

 加えて、「東北、頑張れ」の声がいたるところから沸き起こっている。
 しかし、昨今ストレスが大変多い社会となって、「頑張らない」が流行語となっている。平時ならばそれでもよい。
 しかし、今は、頑張れる人は、それぞれの分野で全力を尽くす時だ。
 このような時だからこそ、「皆が頑張れる」ストレスの少ない健康な社会を目指したい。強靭な精神力を養うべき時だとも思う。チャンスではないか。

 このような至高の国家建設に向け国を挙げて邁進することができれば、必ずや、経済でも骨太で大きな成長を生みだすことができるだろう。
 見直され、驚嘆された日本が、更に真に信頼され尊敬される国家になれれば、海外の投資家の的となるだろう。「商売は信用が第一」だからだ。

 私には、東北に深く付き合う友達が数人いるが、皆、粘りがあり、太く、忍耐強い性格を持っている。
 この東北では、高い復興の理念を掲げ、これに基づき経済や社会を構成するソフト、ハードが一新されるものと思う。
 更に新生東北が、日本全体の経済や社会に次代の大きなうねりをまき起こすに違いない。すでに光芒を放っている。
 東北には、「粘って勝つ」との言葉があるとのことだが、そうなるものと固く信じている。

【掲載日:2011年5月13日】

山岸國耿


昭和19年上田市生まれ。38年間長野県職員として長野県商工部関係機関に勤務。長野県工業試験場長を最後に定年退職。その後財団法人長野県テクノ財団に勤務、専務理事を平成22年3月末に退任、平成22年7月に国の地域活性化伝道師に就任。

vol.86羊の群、鴨の群、狼の群
長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長
若林信一

 羊(ひつじ)、鴨(かも)、狼(おおおかみ)...。私の手元に、動物たちの性格をもとにして研究・開発モデルに置き換えたプレゼン資料がある。まえに組織論のセミナーで戴いたものなのだが、英語で書かれていたので私なりに要訳してみた。

 ゆったりした牧場で飼われている「羊」は、天敵の狼たちからは柵で、羊泥棒からは鉄砲を持った羊飼いによって守られている。彼らは、牧場内を気ままに歩き回り、草を食べ、休むことができる。牧場主が得るものは、羊毛、肉、乳製品でこれを商業的に成立させるには、広い土地と多くの羊を必要とする。
 遠く離れた国で越冬する「鴨」は、子育てを終えると、餌を得ながら目的地へと旅をし続ける。彼らの旅は、群れで行動し、フォメーションを組むことで費やすエネルギーを最小限にとどめている。群れには、経験豊富な鴨がおり、向かい風や横殴りの風、雨や雪などの障碍を避けて、皆が豊かに暮らせる目的地まで群を導く姿がある。
 「狼」の群れは、全員が狩りのエキスパートである。リーダーは高い能力と強さが要求されるが、メンバーのプロの自覚がおのずから群れの秩序を作っている。雌は必要な時以外は子を守ることに専念しており、個々の高い能力と組織されたチームによって効率的で質の高い狩りが行われる。

 さて、これを研究開発の現場に置き換えてみよう。
 まず、「羊」の群れのような環境では、研究者は身分が保障された組織の中で、高価な装置を用い個人の能力に応じた研究に没頭できる。しかし、商品や顧客、競争相手からも遠く離れていることから、利益を上げるという動機が薄くなる。時間を必要とする基礎研究には適するが、商品開発への応用性は乏しくなってくるかもしれない。
 「鴨」のリーダーは、グループを掌握し、メンバーの能力を最適化することに心を配り、使用する装置や資源を最小にすることに努めている。新市場に商品を戦略的により投入することで、効率的に商業的な成功を得ることができる組織ともいえよう。
 エキスパート揃いの狼の群れには、明瞭なゴールと個々の能力に応じた役割が与えられており、言うなればプロジェクト型の開発チームともいえる。ミッションへの参加者の範囲は、プロジェクトの必要性によって決められ、能力とメンバーを引き付ける魅力をもったリーダーのもとでスピード感のある開発が行われることになる。

 羊、鴨、狼の組織...。言い逸れたが、どの組織が最良かということではない。
 基本的な現象や材料の発見は、羊の群れのような環境から、ある種の偶然も作用して発見されることが多いし、リーダーの才覚依存の鴨のように、市場の情報をつかみながら効率的な戦略を立てることは、商業的な成功を見据えた開発には適しているだろう。強いリーダーとエキスパート集団による機動的でスマートな開発は、短期決戦では極めて有効である。このように研究開発の手法は多様であり、マネージメントの手法が異なれば、その成果の質も大きく違ってくる。しかし、共通して重要となるのが、その群れが目指す社会や、担うべき役割をイメージさせる「テーマ設計」が存在するかということなのだ。

 今年度も産学官連携による様々な研究開発がスタートしたが、私は、いつもの春とは違う「覚悟」が必要だと考えている。直面する震災対応と復興、中長期的な産業経済の発展を見据えて、どのような「テーマ設計」を行い、いかにベストなアプローチをしていくのか、「産学官」の真価が問われている。

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【掲載日:2011年5月 6日】

若林信一

長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長

1949年長野県生れ 新光電気工業㈱にて取締役開発統括部長、韓国新光マイクロエレクトロニクス社長などを歴任。2009年5月から現職。

http://www.tech.or.jp/

vol.85「革新力(イノベーション)」を生みだす産学官連携を
(財)長野県テクノ財団理事長
市川浩一郎

ichikawa_ph.jpg  この度の大地震により被災された皆様に心よりお見舞いを申し上げます。未曾有の大惨事、日本中が深く傷ついた悲しみの春に、技術革新をサポートする財団の理事長を仰せつかりました。大きなダメージを受けた「日本のものづくり」が、地域経済の再生に向けて力強い「革新力」を生み出せるか、産学官連携の真価が問われる時でもあると思っております。道のりは決して平坦ではありませんが、垣根を取り払い人知を結集して取り組んで参る所存です。

 さて、「技術で勝っても事業で負ける。その結果としてシェアの減少...」これは、日本の今日的課題のひとつを表現したフレーズです。其処には、新興国との消耗戦やグローバル化の前で立ち往生する国内製造業の姿が垣間見えます。
 我が国の戦後復興の背景には卓越した「人的資本」の結束があったと言われています。であればこそ私は、もう一度、産・学・官という言葉や垣根を越えて、「ものづくり」に関わる者たちに結集してほしいのです。
 そして、総花的な薄マキ施策ではなく、企業が直面する課題や技術革新の動向を的確に掴んだ上で、中長期的ビジョンを持って事業を企画、展開しなければなりません。

 テクノ財団の2011年(平成23年度)事業は、「技術で勝って、事業でも勝つビジネスモデルの構築」を施策展開の視点に掲げました。
 従来の産学官連携に金融分野のサポートも加え、グリーン、ライフといった国際競争力のある分野を視野に入れた研究開発と知財戦略、グローバル人材の獲得など、県内企業の「革新力」と産業創出の促進につながる事業を厳選して実施いたします。
 また、最終年度を迎える「地域イノベーション戦略支援プログラム」は、ナノテク・材料活用支援センターとともに、目標である「事業化」と「クラスター形成」に資する研究開発に重点化して参ります。
 更に、コーディネートオフィスにおいては、研究開発型集団の編成と提案公募型研究開発の導入促進、県内産学官連携コーディネーターの資質向上事業などを充実するとともに、海外展開支援チームにおいては、先端技術分野の製品・部品・システム等の海外販路開拓を支援する事業を充実し、県内企業のグローバル化に寄与したいと考えております。

 一方、当財団は、1985年(昭和60年)に発足した浅間テクノポリスと長野県テクノハイランド開発機構、そして2001年(平成13年)に再編したテクノ財団に続く、第三のステップとして、来春から「公益財団法人」に移行する予定です。
 これまで蓄積してきた技術や知財、そして産学官金の信頼関係を大切にしつつ、公的な専門組織として地域社会に貢献して参る所存ですので、引き続き関係各位のご支援とご協力をお願い申し上げます。

【掲載日:2011年4月20日】

市川浩一郎

(財)長野県テクノ財団理事長
長野県生まれ。不二越機械工業株式会社代表取締役社長。
2005年4月(財)長野県テクノ財団副理事長に就任、2011年4月から理事長。