[コラム]ものづくりの視点

vol.69消費者に使い易いネットシステムを・・・
山岸國耿

 先日、尖閣列島に係わる中国漁船が日本の海上保安庁の警備艇に追突した事件で、海上保安官がそのビデオを「You Tube 」と言うインターネットで、公開したことが大きく報道されました。識者によるとこれは、最近普及してきたシステムで、素人がネット上に個人で放送局の機能を持つことができるとのことです。また、最近では内部告発サイト ウィキリークスが世界的な話題を集めています。
 このように、ネットは目覚しく進歩していますが、私のような初級者には使用方法が難しく、かつ消費者の立場に立ったものが少ないのではないかと思えるのですが・・・。

 例えば、ネットの特色の一つに「中抜き」の機能があるといわれています。いわゆる、製造業者と消費者の中間にいる販売業者、ホテルと観光客の中間にいる旅行業者などの中間の事業者が、ネットの普及によって商売の情報等が直接交流してしまうため、存在する必要性が少なくなり市場から抜けてしまうのではないか・・とのことを指しています。
 ネットでは、すでにこれらの機能を果たすサイトが立上って大きな役割を果たしてきています。しかし私は、供給者側の仕組みが多く、消費者や生活者側からの仕組みが少ないのではないかと感じるのです。

 例えば、預金者が、100万円を期間5年間で元本保証等を条件にネットで入札にかけ、最も金利の高い条件を示した銀行に預金する。長野駅から徒歩10分以内、25m2、築5年程度等の賃貸アパートを借りたい人が、不動産店をとうさずにネットによって募集をして、安く貸してくれる貸主を捜す・・・・など。
 この場合の課題の一つとして、お互いに始めての取引のため信用状況が不明なもの同士ですから、安心して取引ができるように、信用保証機関を介在させるなどの工夫をしたシステムができればと思います。

 よく、情報の非対称ということが言われます。例えば弁護士さんと一般庶民とでは、法律の知識に大きな差が有りますが、ネットを活用することによってその差を若干でも縮めることができるといわれています。同じようにネットによって消費者側からのこのようなシステムが普及されれば、供給者側と消費者側の商品に対する情報の差が少なくなり、かつ以前にも述べましたが、両者が対等の立場で市場に参加できるいわゆる完全市場に近づくことができると考えられます。

 この意味でも、今後更に消費者側に立った使い易いシステムができればと思います。

【掲載日:2010年12月17日】

山岸國耿


昭和19年上田市生まれ。38年間長野県職員として長野県商工部関係機関に勤務。長野県工業試験場長を最後に定年退職。その後財団法人長野県テクノ財団に勤務、専務理事を平成22年3月末に退任、平成22年7月に国の地域活性化伝道師に就任

vol.68微塵
長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長
若林信一

 大気圏から西の空を照らしながら燃え尽きてゆく「はやぶさ」の閃光は、気高い意思を秘めた清らかな生命体のようでもあった。日本の科学技術の粋が放ったあの目映(まばゆ)さは二度と忘れることは出来ないだろう。
 地球に帰還した「はやぶさ」のカプセルは、「CR」(clean room=クリーンルーム)に持ち込まれ、約5カ月にもわたり成分分析が行われていた。そして11月16日、JAXA(宇宙航空研究開発機構)は、「はやぶさ」が持ち帰った微粒子が、小惑星「イトカワ」の欠片(かけら)だと結論付け、太陽系の起源と進化の解明にむけて、更なる解析を続けることを発表した。

 さて、「CR」とは文字どおり、塵埃(じんあい)の無い、クリーンな空気の確保された部屋を指す。「はやぶさ」の分析のみならず、半導体や液晶パネル、医薬品から食品にいたるまで、今や多くの製品がCR内で造られている。
 そこでは、一般的に「クリーンスーツ」という白いツナギ、帽子とマスクを身に纏うが、素材には発塵しない繊維を用い、専用の洗濯機で洗うといった徹底した管理が要求されている。目だけを出した(ゴーグルをする場合もあるが)宇宙人のような姿となった作業員は、入室前に上下、前後左右から「エアーシャワー」を浴びなければならない。体に付着したあらゆる塵を吹き飛ばしてはじめてCRに入ることができるのだ。
 また、CR内ではあらゆる塵埃の発生を防がなくてはならない。とりわけ用具の素材には気を使う。記録用紙は、クリーンペーパー(防塵紙)を用い、鉛筆は発塵するため厳禁、使用できるボールペンもノック式を避けるのが一般的だ。CR内を洗浄する水も蒸発後の残留成分が微塵となるため、超純水やエタノールで拭き取ることが多い。
 その「CR」で、かつて私は、思わぬ微塵に泣かされたことがある。ある電子部品に、異物付着の不良が発生したのだ。
 調査を尽くして判明したのは、作業員の記録用紙に使われていたトナーであった。クリーンペーパーを使っていたにもかかわらず、一般のコピー機で印刷していたことが原因であった。しかし、問題はそれだけではなかった。
 話を聞くと、「実は...」。作業員は、記録をとりながら、しばしばクリーンスーツの袖口が汚れることに気づいていた、問題の発生を薄々「感じてはいた」というではないか。CR内で汚れが発生するということ自体が在ってはならない事なのに、「何か変だ!」と感じつつも原因究明へのフィードバックが働いていなかったことになる。
 かつて日本のモノづくりの現場には、「何か変だ!」を見逃さない、いささかも揺るがぬ職人の眼が注がれていた。そして、それこそが日本のモノづくりの強さの秘密であったように思えるのだ。
 「仏作って魂入れず」...、「CR」という近代的な特別な部屋の前に立ちながら、身体から吹き飛ばすべきものと、吹き飛ばしてはならないものを再認識させられた出来事であった。

 ところで、文部科学省が調べた今年の「最も関心のある話題」は、ノーベル賞をも抑えて「はやぶさ」がトップであった。7年の歳月、往復約60億キロ。設計寿命を超えたエンジン、制御装置の故障や燃料漏れなど、帰還が絶望視されていた小惑星探査機「はやぶさ」の歳月は、関係する技術者たちにとっても長く過酷な旅であったに違いない。そして、小さなカプセルが持ち帰ったのは1,500個の微粒子だけでなかったのだ。あの閃光が、日本の技術者たちに自信と誇りを取り戻し、果敢に挑戦しつづける気概となって広がりゆくことを願わずにいられない。「はやぶさ」の歳月は、微塵も揺るがぬ偉業の記録なのだから。

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【掲載日:2010年11月29日】

若林信一

長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長
1949年長野県生れ 新光電気工業(株)にて取締役開発統括部長、韓国新光マイクロエレクトロニクス社長などを歴任。2009年5月から現職。
http://www.tech.or.jp/

vol.67「不良が出るから利益が出る」というパラドックス
長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長
若林信一

 今年の信州の1等米の比率は95.7%、全国トップだった。農林水産省が発表した2010年産の新米の検査結果(9月末時点)によるものだが、最も品質の高い「1等米」の比率は、前年同期比で2.9ポイント低下したものの全国平均64.4%を31.3ポイントも上回った。標高が高い気象条件などが幸いし、猛暑の影響は比較的少なかったとみられている。

 製造業においても品質や不良が気にならない会社はない。どこも必死で不良率を下げる努力をしている。しかし、不良率を下げるためには、工程や材料、管理方法などにおいて明確な「改善」が必要となる。完成されたと信じている工程でいくら努力しても、その工程の能力が抱える一定割合の不良を作り続けることになる。
 反面、DRAM(コンピュータなどに使用される半導体メモリの一種)などボリュームゾーンの製品には、高い歩留まりで製造できる完成された装置がある。こうした製造装置の多くは、日本が相当のノウハウを注入して作り上げたものだが、これを導入しているのが韓国や台湾だ。完成装置を購入することで一瞬に、「高い歩留まり」と「品質」を安いコストで両立させてしまう。そしてこれが、ボリュームゾーンにおける日本の世界シェア低下の背景ともいわれている。
 では、日本の製造業は何で食べていけばよいのだろうか。
 今、仮に、不良率が7%にも上る製品(総売り上げ100億円)があるとしよう。経営者の感覚からすれば、これを0%にすれば、黙って7億円が利益として跳ね返ってくると思うだろうが、現実的には、不良を全くなくすという画期的な「改善」は難しい。むしろ、不良がでるようなものだからこそ、逆に利益が出せると考えるべきではないだろうか。
 ボリュームゾーンを失いつつある今の日本に注文がくるのは、材料、工程、装置が完成されていない、モノ作りの難しい商品が多い。当然ながら、不良も出やすい。しかし、うまくいけば創業者的な高利益と市場制覇も狙うことが出来るかもしれない。
 そしてここに、「不良が出るから利益が出るというパラドックス」があらわれるのだ。
 これをどう捉え、どう行動するかは今後の日本の競争力を考える上で、大きな意味があるが、知的財産と技術力の維持、展開が生命線であることは言うまでもないだろう。

 さて、処は、関西国際空港KIXエアサイドアベニュー。「今、一番売れているものは『炊飯器』なんです。」免税店が建ち並ぶこの一角で、予想外にも人気があるのは炊飯器なのだそうだ。中国人観光客が、奪い合うように買っていく、1日に65個売れることもあったという。今、日本のブランド米が中国で人気を呼んでいるが、地域に根差した、まねのできない、感性と技術が集約されている日本米には、それを熟知した炊飯器が合うのかもしれない。世界一美味い米は、世界一作るのが難しいから売れるのだ。

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【掲載日:2010年11月19日】

若林信一

長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長
1949年長野県生れ 新光電気工業㈱にて取締役開発統括部長、韓国新光マイクロエレクトロニクス社長などを歴任。2009年5月から現職。
http://www.tech.or.jp/