[コラム]ものづくりの視点

vol.66孫の写真
長野県テクノ財団知的クラスター本部科学技術コーディネータ
山岡克郎

P8220846s.jpg  「孫の写真を撮って印刷したが、綺麗にプリントできない。そもそも店頭のサンプルは綺麗過ぎる!この製品(会社)はイカサマだ!」
 デジタルカメラが出始めた頃、自社のプリンターに対して厳しいお叱りの電話をいただいたことがある。取り急ぎ、電話で操作方法の確認をしながら、幾たびか印刷していただいたが、「やっぱり絵がぼける、納得できない!」を繰り返し、仕舞には「お前じゃ話にならん!責任者を出せ!」となってしまった。結局、お客様に直接お会いして確認した方がよいと判断し、後日、ショールームにお越しいただくこととなった。

 一般に、お客様からのお問合せのうち、1万件に1件ほどは、オペレーターでは対応が難しい案件(上司又はカスタマーエンジニアの応対)となり、10万件に1件ほどが「上司を出せ!社長を出せ!」といった事態にまで発展してしまうといわれている。
 実は、こうしたトラブルは、商品の不具合や不満といった直接要因に加え、オペレーターの言葉使いや応対の際の不手際も大きく影響する。こちらの目に見えないトラブルを抱えているお客様と電話越しで応じなければならないコールセンターでは、日々、様々なことが起こりうるのだ。

 さて、ショールームに現れたのは古老のお客様だった。某社製の最上位機種のデジタル一眼レフカメラを大切そうに抱えている。お話をお聞きすると、「一番良いカメラで撮ったのだから、おたくのプリンターが悪いに決まっている!」と譲らない。...、少しばかりの沈黙を破って、「このカメラで、私に写真を撮らせてください」と一緒に応対していた女性スタッフが申し出た。そして彼女が撮った写真を印刷したら、見事に綺麗なスナップショットがあらわれたのである。
 そのお客様は、カメラを購入する際に、「解像度を落とせば、撮影枚数を増やせる」と、店員からアドバイスをもらい、解像度を低く設定してあったのだ。(当時はメモリーが高価であったからかもしれないが...。)
 しばらくして、お客様は、プリンターはもとより、カメラの使い方にまで丁寧に説明する女性スタッフのサポートに好感をもたれたのだろう、当社の大ファンになったと喜んでお帰りになったのである。
 こうして、彼女の何気ない「気づき」から「孫の写真」問題は解決し、このことを契機に、カメラメーカーと連携してデジカメ&プリント教室を開催していくことにもなった。

 今日のように、様々な商品群がネットワークを通じてつながっていく「ユビキタス時代」には、自社の製品を超えた連携や発想を持つことが大切になってくるが、それは、一人ひとりの暮らしや思いを感じ取るところから始まるのかもしれない。
 私も「孫の写真」を大切にしている。

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【掲載日:2010年11月17日】

山岡克郎

長野県テクノ財団知的クラスター本部科学技術コーディネータ
1948年長野県生まれ セイコーエプソン(株)にて開発設計部長、知的財産本部主幹、エプソン販売(株)にて顧客サポート本部長などを歴任。2007年7月から現職。
http://www.tech.or.jp/

vol.65技術等高線、産業等高線・・??
山岸國耿

 私は若い頃、中小企業総合指導所という企業への相談や診断をする機関に勤務していました。ここでは、県内企業の現場に毎週のように巡回訪問し、経営や技術の相談にのりました。今のような電子計算機などが無い時代でしたので、計算尺で売上高対利益率などを算出したり、過去の売上高の推移を紙のグラフに落としたり、会社の課題等をヒヤリングしたりいたしました。

 そのような時、地域ごとに、企業の技術レベルを地図に落としてみると"(技術)等高線"が描けるのではないか・・・???、また産業構造 特に下請け構造をみても、頂点となる企業があって、その一次下請け、二次下請け・・などを地図に落としてみると、"(産業)等高線"が描けるのではないかな・・???などの印象を持ちました。

 例えば、長野地区では、当時、富士通 長野工場や須坂工場を頂点に数多くの企業が大きな裾野を構成し、等高線で描くと"富士山型"の一大産地を形成していました。 一方、上田地区では、日置電機、シナノケンシ、日精樹脂工業などの自動車や電機、計器などの数多くの有力な企業が群立し、"八ヶ岳型"の特色ある技術と協力企業群を構成していました。

 現在でも地域経済を考える時、それぞれの頂点となる企業を更に引き上げることが裾野を広く大きくしますし、新たにこのような山を積極的に形成していくことが、大変重要だと思います。

 これらの頂点企業をみますと、いわゆる東京等に本社があり、長野県にはその生産機能を主力とする工場を置くいわば"外部誘致型企業"か、県内に本社を置き製品の開発から生産、販売までの一貫した機能をもち、有力な企業に成長した"地域内発型企業"の二つに概ね大別されます。

 外部誘致型の場合は、地域に大きな雇用を生み出し地域企業の技術力の向上に貢献しますが、本社の意向により容易に工場が撤退することがあり、雇用等に深刻な影響を与えることもあります。地域内発型は、地元との結びつきが強く住民との一体感がありますが、高度な人材の確保や世界的規模での産業の発展や技術の進歩などに、遅れを取ることもあります。

 このようにそれぞれ一長一短ありますが、どちらの企業群も又どちらの型の企業も大変重要で、地域には偏ることなく混在して協調し競争していくことが、地域経済を更に強く成長させていくものと考えています。

 その為には、時代の変遷にあわせ非効率な企業の退出を促しつつ、新たな成長分野にリスクをとって果敢に挑戦する企業家が、我が長野県に続々と生まれることが期待されましょう。

【掲載日:2010年11月12日】

山岸國耿


昭和19年上田市生まれ。38年間長野県職員として長野県商工部関係機関に勤務。長野県工業試験場長を最後に定年退職。その後財団法人長野県テクノ財団に勤務、専務理事を平成22年3月末に退任、平成22年7月に国の地域活性化伝道師に就任

vol.64部分と全体
長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長
若林信一

 アインシュタイン(Albert Einstein)や、ボーア(Niels Henrik David Bohr)など、20世紀の物理学を代表するひと達との対話が綴られた、ハイゼンベルク(Werner Heisenberg)の『部分と全体』(山崎和夫訳1974初版)という著書がある。不確定性原理を導き、31歳の若さでノーベル物理学賞を受賞した天才の自伝でもある。その副題に、「私の生涯の偉大な出会いと対話」とあるように、巨匠たちとの哲学的議論に加え、当時の彼らの考え方やエピソードを知ることもできる貴重な本だ。

 少し哲学的な話になってしまうが、「部分」と「全体」は緊密に結びついている。「全体」が認識できても、「部分」が厳密に構成されていなければ実態のない空疎なものとなってしまう。他方、「部分」の持つ真の意味は、明確な「全体」像が描けていなければ、十分に理解できない。彼の自伝を読みながら考えさせられた記憶がある。

 モノづくりは、多くの材料や部品を使用し、複雑な工程を経て製品として世に出るが、ここでも「部分」と「全体」の緊密性と最適性を考えることが大切だ。

 たとえば、半導体チップは直径300mmものシリコンウエハーを使うようになった。併せて、最先端の配線ルールは45nm(ナノメートル)から35nmへとより微細な世界へと向かっている。巨大なウェハーと微細配線は、一度にたくさん作って単価を下げようとする半導体ビジネスの黄金則に則った戦略なのだ。

 しかし、1ラインで数千億円という投資を回収するには、毎月何百万個も作って、しかも売れるチップがなければならない。現在、このような量産チップは、DRAMなど数種に限られている。「少量多品種」の要求が強くなっている現状を踏まえれば、現在のビジネスモデルは、「部分最適」であっても、「全体最適」とまでは言えなくなってくる。

 多くの製造装置についても同様だ。製造側は出来るだけ多くの製品に対応できる万能な高性能装置を望むが、残念ながら多くの場合量産性と多機能化は両立しない。

 余談になるが、技術(Technology)は放っておくと自律的に一定の方向性を持って突き進む性格を持っている。求める機能はもとより、装置の大きさや重さ、価格などを明確に提示しないと暴走していく。より多くの製品への対応をもとめた結果、無駄や過剰を生み、むしろハイコストとなってしまう失敗も見てきた。「なんでもできる装置は、実は何にもできない装置」であるという教訓を知ることは悪くはないが...。

 ところで、アインシュタインは「科学者は自らが解くことができる問題を解くひと達で、技術者は解かなければならない問題を解くひと達だ」と云った。科学(Science)は、自然から或る「部分」を切り取って、自分たちの視点から理解しやすい形に単純化、理論化して理解することが行われている。そこにはモノを作って商品化することなどは前提になっていない。よく「科学技術」という言葉が使われるが、「Science 」と「Technology」とはアプローチのしかたが異なるのだ。

 しかし、考えてみれば、現代のように進んだ工業化社会では、かつてのように経験と勘で新たな技術を生み出すことは極めて難しくなっている。むしろ「科学」を積極的に「技術」へと結びつけることが、モノづくり産業「全体」のイノベーションを生み出す力になるようにも思う。その意味でも今、「産学官連携」の真価が問われている。

【掲載日:2010年11月 1日】

若林信一

長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長
1949年長野県生れ 新光電気工業㈱にて取締役開発統括部長、韓国新光マイクロエレクトロニクス社長などを歴任。2009年5月から現職。
http://www.tech.or.jp/