長野県岡谷市
ダイヤ精機製作所
熟練技能者のワザを数値化
「ビサイアML10」を完成させた技術力とは?
F1マシンや宇宙ロケットの試作部品といった「究極の一点もの」を手掛ける岡谷市の精密機械器具メーカー・ダイヤ精機製作所。創業以来培ってきた精密加工の職人技と最新のテクノロジーを融合させ、唯一無二の製品を送り出している。
とりわけ世界に誇る技術は「切削による微細深穴加工」。ステンレスの棒に直径0.3ミリ、深さ5センチの穴を開けることができる。ドリルで開けられる穴の深さの限界はそれまで「直径の20倍程度」とされていたが、これをはるかに超える約167倍だ。「限界への挑戦」を合言葉に、限りなく「細くて深い穴」を開け続ける世界トップレベルの、ものづくり集団に迫る。
肉眼では「点」にしか見えないドリルの先端が、金属の塊の中にゆっくりと押し込まれていく。無理をすればたやすく折れてしまう微細なドリルは、髪の毛よりも細い。
最も難しいのは力加減だ。深さ数ミリの穴を開けるだけで、何時間もかかる。ドリルにかかる力を感じながら掘り進めていく工程は、超・熟練技術者の〝経験と勘がすべて〟の世界だ。
「ドリルの音を聞き分け、削りくずの出方を確かめながら、の作業ですね」と小口裕司社長。
岡谷市のダイヤ精機は、1951年の創業以来、金属を削る技術一筋の企業だ。特にドリルを使って金属に細くて深い穴を開ける技術では世界屈指のレベルにある。
細くて深い穴を開ける技術は、様々な先端技術の分野を支えている。たとえば半導体製造では、極小部品を吸い付ける吸着ノズルに活用される。高精密化や小型化を実現するためには、より小さなノズルが不可欠だ。また、医療分野では、心臓のペースメーカーの部品の小型化を可能にする。
他にはマネのできない独自の技が、F1エンジンやロケットなど先端技術を支える企業へとダイヤ精機を成長させた。
世界最高水準の技術力を持つダイヤ精機の屋台骨を担っているのは熟練技術者だ。
旋盤で削ったり、ドリルで穴を開けたりする「切削加工」ひとつをとっても、異なる3~4種類の機械を完ぺきに使いこなせなければ注文どおりの製品はできない。
小口社長も「ひとつの加工工程を覚えるだけでも最低5年。一人前になるには10年以上かかります」。ダイヤ精機は、多くの優秀な金属切削加工技術者を抱える〝プロフェッショナル集団〟なのだ。
精密部品の加工は、拡大鏡を覗きながらの作業だ。
取り付け部品も極小サイズ
針金より細いドリル。油を差して音を確かめながら、ゆっくりと金属に穴をあけていく
「自社にしかできないモノづくり」を進めるダイヤ精機だが、熟練技術者の経験と勘に頼らなければならないのは事業発展の障害でもある。
しかも、金属への微細穴あけ加工は、ものによっては数時間かかってしまう。
「熟練工の作業を自動化することはできないだろうか」、技術者たちのそんな思いをかなえたのが「力センサー内臓旋盤型微細穴加工機・ビサイアML10」だった。
「微細穴」から名をとったビサイアML10は、誰でもカンタンに細くて深い穴を開けることができる装置だ。しかし、その開発の道のりはとてもカンタンなものではなかった。「発想から商品化するまでに実に5年以上かかりました」と小口社長。
自動化するためには、まず職人の技を数値化する必要がある。何度も何度もドリルを折りながら、ドリルを進める速度と回転数の組み合わせを研究した。「ドリルといっても、髪の毛よりも細いわけですから、簡単に折れるんです」
熟練技術者は、折れる直前にドリルを抜く。ここからヒントを得て、ドリルが加工物から受ける圧力をセンサーで瞬時に感知し、折れる寸前にドリルを抜くようにした。そして、穴を開ける速さは1分間に0.1mm、ドリルとステンレス棒を互いに逆方向にそれぞれ毎分2000回転という「低速加工」を見つけ出し、ついに直径0.3mm深さ5cmの微細穴を実現した。
完成したビサイアは外部に販売もしている。「せっかくの独自技術が流失してしまうのでは」との質問に、小口社長は「それはありえません」と笑いながら答えた。
ダイヤ精機のベテラン技術者は3~4種類もの加工機を完ぺきに使いこなす。そうした個々の技能に加え、さらに重要なのが「チームプレー」だ。「部品ひとつをとっても高度に専門化しているので、全工程を一人で行うわけじゃないんです」
現場に置かれたホワイトボードには、ひとつの部品を仕上げるために細分化された工程と担当者の名前が細かく書き込まれていた。「職人全体のレベルがそろわないと商品の品質に影響が出てしまいます。だから簡単にマネはできないんですよ」
工作機械製造メーカでの勤務経験を活かし、ものづくりの陣頭指揮をとる小口裕司社長
微細穴だから「ビサイア」。限界に挑戦するマシン
ドリルは髪の毛よりも細い。圧力センサで無理な付加が掛かる前にドリルを抜く。
「大量生産は絶対にやらない、と決めているんです」と小口社長はきっぱり語った。
大企業は少品種・大量生産を得意とすることが多い。自動車メーカーはその典型で、大量生産によるコストダウンが世界市場での競争力となっている。
ダイヤ精機は従業員150人、売り上げは15億円ほど。〝薄利多売〟の価格競争には打って出にくい。「だから、他の企業が嫌がる『高精度』で『複雑』なものを手掛けているんです」
1951年、カメラ部品などを手がかる岡谷の町工場としてスタートしたダイヤ精機。しかし、部品の多くが価格競争となり、さらに安い海外製品が進出してくる中、小口社長の父であり創業メンバーのひとり小口成人氏が定めた事業の領域が「手のひらサイズの少量・多品種製品」づくりだった。
「事業拡大のために新たに機械を導入しようと、大手取引先に相談したのがきっかけだったんです」と、小口社長。「大量生産用ではなく、高精度な機械を入れてはどうか」という取引先の意見が、ダイヤ精機の運命を変えた。
「ウチでは毎月、何百、何千種類の製品を作っているんです」
現在の主力は、「次世代自動車」向けの試作部品。特に環境対策のための燃費の良いエンジンや燃料電池関連の部品を製造している。発注側からはミクロの誤差もない精度が求められる。それぞれの生産数は多くても10個程。まさに「オーダーメイドの逸品」だ。
ビサイアと同様に、社内のノウハウから生まれた商品も多い。そのひとつが、工作機に使われる「コレットチャック」だ。
コレットチャックは、旋盤などで部品をつかみ固定する器具。回転の軸がずれないようにするため、技術の粋を結集した。髪の毛より細い部品など「さらに細かいものをつかみたい」というニーズに応えて完成させ、外部への販売も行っている。
ダイヤ精機が出荷するコレットチャックは、ほとんどが受注生産。「明日までに3.5mmのものを1つ」といった急な注文も飛び込む。「電話やインターネットで午後2時までに受けた製品は、その日のうちに仕上げ、翌日には届けています」と小口社長。
設計から加工・組立、調整までの一貫生産ができる技術屋集団・ダイヤ精機。ロケット、やF1マシンだけでなく、半導体製造、航空機、医療、人間型ロボットまで、ダイヤ精機の技術が「世界の最先端」をしっかり支えている。
「匠の技」と「チームプレイ」が両立し、はじめて高精度な製品加工が可能になる。
オーダーメイドの「コレットチャック」
設計から加工・組立、調整までの一貫生産ができる技術屋集団が作り上げる試作部品(下)
株式会社ダイヤ精機製作所
長野県岡谷市長池片間町1-4-20 TEL.0266-27-7733
http://www.daiya.co.jp/