長野県諏訪市
高橋製作所
創業から45年間、一度も「赤字決算なし」
ほぼ90%! 圧倒的シェアを支えるのは「提案するチカラ」
消防車のポンプに組み込まれる圧力計。国内のほぼ100%の消防車に、長野県・諏訪で作られた技術が生かされている。
1964年創業の高橋製作所は、圧力計のムーブメント(内部機構)に特化した事業を展開、圧倒的なシェアを誇る国内唯一のムーブメント専門企業であり、45年間一度も赤字決算がない優良企業だ。
成長を支えているのは、シェアトップにおごることなく、絶えず新たな技術を生み出していく「提案するチカラ」。そして、少数精鋭で量産体制を支える「女性のチカラ」だ。
歯車とぜんまいを「く」の字型の2枚の金属がはさみこむ。手のひらにおさまる程の部品が、高橋製作所の主力商品だ。コンプレッサーや産業用機械の配管などに幅広く使われる「ブルドン管式圧力計」の心臓部となる。
ブルドン管式圧力計は、消防車の水圧計、トラックやバスのエアブレーキの圧力計など、私たちの身近なところでも活躍している。暮らしの安全を陰で支える圧力計の最も大切な部分に、信州発のものづくりの力が生かされている。
ブルドン管とは、銅やしんちゅうでつくられた「C」字型の部品。ここに水や空気などの流体が流れ込むと、その圧力で湾曲した管がまっすぐになろうとする。息を吹き込むと紙の管がピュルピュルと音を立てて伸びる、子どものおもちゃと同じ原理だ。
圧力で伸びるブルドン管の動きは、コンマ数ミリ単位。極小の動きを目に見える形にしなくてはならない。そこで活躍するのが、高橋製作所が手掛ける「ムーブメント」だ。ブルドン管の微細な動きを、セクターギアとピニオンギアと呼ばれる2つの歯車によって、針の動きに変え、円盤に刻まれた目盛りの上で表示する。
小さなブルドン管の動きを拡大し、圧力計の指針に伝える「ムーブメント」は、小さな動きを大きな動きへと変える、圧力計の心臓部だ。
高橋製作所は、このブルドン管式圧力計のムーブメントで圧倒的なシェアを誇るオンリーワン企業だ。
ムーブメントに求められるのは、高い精度。ブルドン管のわずか2mmの動きを、270度の回転に変える。消防ポンプやブレーキといった人命にかかわる機器だけに、誤差は極小に収めなくてはならない。壊れたからといってカンタンに交換できない内部装置のため、耐久性も必要だ。
高い精度と耐久性を保ちながら、低コストを実現してきた高橋製作所。競争力の源は、創業以来の伝統=「徹底した内製化」にある。
「大手企業みたいに設備投資ができない我々のようなところでは、構造がカンタンで組み換えができるような仕組みにしなければだめなんです」。そう説明する高橋正司社長。内製化とはつまり、試作から量産機まで、すべて自社で対応できる技術力だ。
高橋社長は、従業員40人の陣頭指揮をとる経営者でありながら、「量産のための組立機械は、ほとんど自分たちで作り、もちろん修理もやります」という、トップ技術者だ。
高橋製作所は、すでにライバルがひしめく市場に参入した「後発メーカー」だった。「トップがいるところに参入するには、価格と品質で勝負するしかないんです」。設計から部品加工・製造、量産体制までを独力で行うことで、過大な設備投資を抑制し、新製品開発のノウハウを蓄積できたという。
国際競争力を高めた背景には、内製化によって実現した「高付加価値」と「低コスト」があった。
圧力計の心臓部となるムーブメント(上)。ブルドン管(中)の微細な動きを拡大する。
諏訪市出身の高橋正司社長45歳。大学卒業後、ワイヤハーネスなど製造の矢崎総業に勤務。エンジニアとしての腕を磨いた。
部品のみならず、圧力計本体のOEM生産も行う。
「ブルドン管式圧力計は昔からあるもので、独自の発明じゃないんです」と、高橋社長。「私たちの製品が支持されたのは、圧力計メーカーに喜んでもらえるカタチ、使いやすいカタチを『提案できた』ことなんです」。
諏訪市中洲にある高橋製作所本社工場は、南に諏訪大社の上社、北に八ヶ岳をのぞむ白い3階建ての建物だ。従業員40人の企業が、全国で圧倒的なシェアを獲得した背景には、新しい価値を「提案するチカラ」があった。
例えば、それまで明確な基準がなかったブルドン管の動きと針の動きの比率を、業界内でいち早く定義したのが高橋製作所だった。
「『移動量』といって、ブルドン管が何mm動いたら、針が何度傾く…という基準をつくったんです。ブルドン管が2mm動いたら0~270度まで針が動く、この場合の移動量=2mmというように、それまでばらばらだった基準を統一したんです」。
戦後大きく花開いた、長野県・諏訪の精密機械産業。信州の「ものづくり」を支えているのは、時計部品製造に携わった多くの職人たちだ。1964年に創業した高橋製作所も、時計づくりの職人・高橋昭夫現会長が、技術力と発想力で起した、いわば「ベンチャー企業」だ。
創業のきっかけは、勤務していた計器部品メーカーの倒産。開発担当だった31歳の高橋会長は独立することを決め、2坪=6.6㎡の物置から会社をスタートさせた。前の会社の倒産は、大手が加わっての価格競争が原因と考え、法的規制が厳しく、大きな企業が手を出しにくい分野をねらった。それが圧力計だった。
創業間もない1967年ごろ、高橋会長が考案・提唱した「移動量」は、瞬く間に業界全体に広がり、5年足らずでスタンダードとして定着した。同時に、高橋製作所のムーブメントは、後発参入にもかかわらず市場を席巻。一時は、国内すべてのブルドン管式圧力計に、高橋製作所の装置が使われるまでになった。
圧力計のムーブメントで、まさに「オンリーワン」となった高橋製作所。しかし「私の経験では、トップになると後は落ちるだけ」と、高橋社長は厳しい表情になった。
人間と同様、あらゆる製品も、誕生・成長・成熟・衰退という軌跡をたどる。シェアや売り上げがピークを迎えるのは「成熟期」であり、その後は確実に下降線をたどる。「だから、絶えず新しいことを考える『提案型』でなければならないんです」。
下請けメーカーは、顧客である製造メーカーの受注通りに部品を作ることが求められる。しかし、高橋社長は違う。「言われたものを作るんじゃなく、『こだわり』が必要なんです」。高橋製作所のこだわりは『提案するチカラ』。オンリーワンにおごらず、新機軸を生み出していく提案こそ、高橋製作所の強さの秘密だ。
1994年に特許を取得した「ブルドン管式耐震型測定器」は、「提案するチカラ」から生まれた独自技術だ。それまでの圧力計では、内部をグリセリン油で満たし、適度な抵抗を与えることで針の揺れを防ぐ方法が一般的だった。しかし、使っているうちに液体が黄ばんだり、油が漏れてべたついたりする欠点があった。
「ユーザーが一番困っていることに目をつけたんです」という高橋社長。従来のグリセリン油で満たす形をやめ、針の軸の部分だけにシリコン油で抵抗を与える方法を提案した。「針の軸に緩衝材をつけることで、針の揺れを抑えることができるんです」。計測の精度が高まったばかりか、圧力計の薄型・軽量化、そして製造費が5分の1程度で済むコストダウンも実現し、新たな主力商品へと成長した。
試作品から、製造、量産まで一貫して「内製化」できることが強み。
様々な圧力計の内部機構部品(上)と、圧力計(中)。「提案するチカラ」からグリセリン油を使用しない圧力計(下)が生まれた。
精密加工技術を活かし、時計・圧力計から自動車部品の加工・組立などの新分野へも参入した。
「100年に1度」といわれる世界恐慌は、諏訪のものづくりメーカーにも暗い影を落とす。精密加工技術を生かし、売り上げの20%を自動車部品加工で得るようになっていた高橋製作所も「自動車関連は去年の8割減」と深刻だ。
しかし、高橋社長の顔は明るい。「ありがたいことに、この不況の中でも受注が落ち込んでいないんです」。そのけん引車は、6億円の売り上げ全体の約3割を占めるまでに成長した、小型の「感震センサー」だ。
「感震センサー」とは、名のとおり、地震の揺れをとらえるセンサー。家庭用のガス検知器に組み込まれ、震度5または6弱以上の揺れでスイッチが入り、ガスが遮断される仕組みだ。
フィルムケースを潰したような、直径3cm、高さ2cmほどの円筒形をしたプラスチック製の装置。大手2社が寡占する市場に後から参入したにもかかわらず、1993年の量産開始以来、国内トップシェアを保っている。
外光が明るくさし込む室内に、整然と並ぶ自動機と作業する女性の姿。1日5000個以上の製品が組み立てられていく。本社工場の3階が、「不況知らず」の感震センサーの生産現場だ。
「ここで働いてもらっている女性たち、とても優秀なんです」と、高橋社長。パチンコ玉ほどの金属ボールの上に丸いプラスチック板を置き、その傾きで揺れを感知する感震センサー。人の命にかかわる製品だけに、組立から検査まで、いっときも気が抜けない。この作業を担うのが、約20人の女性社員たちだ。
「『子育て』と『ものづくり』の感覚は同じなんです。あれは大丈夫かな?これはどうかな?と細かなところに気がつき、自ら積極的に取り組んでいく姿勢がなければ良いものができない」。40人の社員の8割が女性。「働きやすい環境をつくることも大事な仕事」という高橋社長の言葉どおり、フロアは広く、明るく、清潔だ。「今年は1割増産しようって、私が言うと、現場から、ああすればできる、ここを直して欲しい、といったようにどんどんカイゼンの提案が出てくるんです」。
「ウチのものづくりは、優れた女性のチカラで支えられれいるんですよ」と高橋社長。
「技術力の原点は、『好き』かどうか、なんです」。興味を持ち、様々な視点から物事を見ることが大事だと、高橋社長は言う。「トラックを見たら、うちのメーターが使われているかな、とか、形状が変わったな、とか、電子メーターになったな…とか、やっぱり『好き』だから見ちゃうんです」。
少数精鋭での自動化、量産化は、社長自らが現場を熟知した技術者だからこそなせる業だ。製造装置の大半は内製化し、独自の生産方式を開発、他に例のない独創的な製品作りが可能になった。
「丸いのを作れと言われても、四角でもいいじゃないかと提案できなければダメ。自分たちが作りやすく、より良いものを作れる『こだわり』があれば、自然と注文は増えるはずなんです。山奥なのに行列ができる、おそば屋さんのようにね」。
ものづくりの苦境を乗り越えるカギは、「職人たちのこだわり」にあるかも知れない。
ひとつひとつ入念に検査される「感震計」
内製化で組立た自動機で、1日5000個以上生産される。
量産化を支える「女性のチカラ」
有限会社高橋製作所
長野県諏訪市中洲566-6 TEL:0266-52-3090
http://www.takass.com/