[サイプラススペシャル]30 研究開発で改革を起こした「きのこ」企業 ブナジメジ、エリンギ、マイタケで全国ブランドを確立

長野県長野市

ホクト

消費者の声で進化を続けるきのこの会社は
量産システム・営業体制をかねそろえた「研究開発型企業」だった

 ♪きのこ のこのこ げんきのこ♪エリンギ・ブナシメジで全国トップシェアを誇るきのこの会社・ホクトは、今や長野県を代表する企業だ。
 2008年3月期の売上高は422億円、営業利益は70億、不景気による内食(うちしょく・家庭内での食事)傾向の強まりと、中国野菜の農薬問題などから食の安全への意識の高まりを追い風に、2009年3月期は売上高454億円、営業利益86億円となった。世界不況の真っ只中において、食品業の強さを遺憾なく発揮した。
 商品であるきのこは、工場で量産される。長野県を中心に、北海道から九州まで、全国27の直営工場を抱える「ものづくり企業」でもある。強さの秘密は、高品質・低コストを実現した「量産システム」と、消費者の声が直接届く「営業体制」。さらに農産物のきのこに革命を起こした「研究開発」だった。

量産されるきのこは 徹底管理の「工場育ち」

光と霧の"幻想的"な育成ルーム

hokuto-03.jpg  ベルトコンベアに乗せられたコンテナが次々と運ばれてくる。コンテナに収められているのは高さ20cmほどの半透明のビン。並べられた36本のプラスチック製ビンをよく見ると、上部は盛り上がり「いがぐり頭」のような小さな突起物が見える。この小さな粒々が、きのこの子どもたちだ。(栽培ビンがホクトにとって非常に大事なアイテムになっているのだが、それについては後述する。)

hokuto-04.jpg  クリーンルームで種菌(たねきん)から培養されたきのこのビンは、ベルトコンベアにのって生育室へと運ばれる。霧が蛍光灯の明かりに照らされる、幻想的ともいえる育成専用ルーム。両側面には、見上げる限りきのこ、きのこ、きのこ。年間を通して気温15℃、湿度90%に保たれたこの部屋で約3週間かけ、平均130gのブナシメジへと成長する。

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鮮度を届ける全国ネットワーク

 東御市街地から千曲川の対岸、台地に広がる木立の中、上田市塩川・神の倉工業団地に2007年に開業したのが、ホクト上田きのこセンターだ。首都圏を中心とした関東に出荷されるブナシメジを、年間約3200t生産している。
  「きのこ組」と呼ばれるかわいいキャラクターたちと、おなじみのメロディーで日本中に知られる存在となったホクトだが、もちろんコマーシャルの力だけで全国ブランドへと成長したわけではない。生鮮食品であるきのこを、おいしさを維持して全国へ届けるために、上田センターと同様の工場が北海道から九州まで全国に27も点在する。
 消費者に近い生産拠点から配送される、「きめ細かいネットワーク」を確立できたからこそ、年間6万t以上ものきのこを出荷し、全国トップシェアを獲得しているのだ。

1日約10トンものきのこを送り出す

hokuto-06.jpg  全国の食卓に届けられるきのこは「きめ細かいネットワーク」だけでは実現されない。
  上田センターの最大の特徴は、高品質かつ低コストで作るための「大量生産」にある。農産物に分類されるきのこ。しかし、生産現場はまさに「ものづくり工場」の様相だ。
  高品質・低コストを実現できる量産体制は、農産物にとってまさに革命だった。季節や気候の変動を受けることなく、年間を通して均一の品質の商品が安定供給されることによって新たな市場を獲得した。 hokuto-07-2.jpg なぜ低コストと高品質が実現できたのか。その秘密を解くカギは、工場内にあった。
 これほどの生産体制だが、現場を支えているのは100人に満たない女性を中心としたパート従業員たちだ。彼女たち作業スタッフは主に、最後の包装などの作業を行う。
 きのこが商品として出荷されるまでおよそ3ヶ月。原材料から種菌の植え付け、培養、育成、そして収穫まではほとんど自動化が進み、従来人の手に頼っていたビンの積み下ろしや、きのこを切り離す作業なども、最新工場では専用機械が行っている。

 最新設備を備えた上田センターで生産されるブナシメジは、1日約10トンにも及ぶ。これは小売の単位にすると約10万パックに相当する。
 自動化によって量産体制を確立したホクトの工場は、製造業と変わらない。しかし、大きな違いがあるとすれば、作られる製品が「生鮮食料品」であることだ。とくに傷みの早いきのこは在庫としてストックしておくことが事実上不可能である。ホクトの工場は「在庫ゼロ」。トヨタの「カイゼン」を例に出すまでもなく、非常に効率のよい生産体制となっているのが強みとなっていた。

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ホクトの強さ、ここに見たり!

繊細なきのこの"気持ち"に対応できるのは人の心

hokuto-11.jpg 1989年に長野市柳原できのこ生産を開始して以来、きのこづくり20年。1999年には東証1部に上場、2009年3月期は売上454億円、営業利益86億円へとホクトは大きく成長した。グループ全体で800人以上の社員を抱えるのみならず、水野美術館(長野市)設立や地元のプロ野球地域リーグ・信濃グランセローズへの出資、ホクト文化ホールの名称権獲得など、スポーツや文化面からも長野を代表する企業となっている。

 なぜ、きのこ生産開始から20年でここまでの成長を成し遂げたのか?
 その秘密は、ホクトという会社を「ものづくり企業」という視点で見ると明らかになってくる。ものづくりの基本は、作って売ること。ホクトの強さも同様に、生産システム、営業体制にあるといえる。ただし、他の企業と同じものを同じように作って売っていても、大きな成長には繋がらない。新しい商品で新たな市場を開拓した飛躍の原動力は、たゆまぬ研究開発にある。

 

 まず、ものづくりの根底となっているのが、量産体制を確立した生産システムにあることは前述のとおりだ。しかし、水野雅義社長はあくまで「人の力」を、ものづくりの中心と考えている。
 「その気になれば、もっと人手をかけずに生産することもできます。オートメーション化するのが一番楽なんですよ。しかし、基本はアナログじゃないとダメです。そのときそのときの気温、天候...、きのこは生き物。きのこと語り合う気持ちでやらないと」。

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hokuto-14.jpg  国内27工場のセンター長たちの中には、大学でバイオテクノロジーを学んだ後、きのこの研究畑を歩んできた技術者も多い。さらに、上田センターのトップは、40代になったばかりという今田(こんだ)和樹所長。転職組の一人で、20代のころクルマメーカーの生産現場で働いていた経験をきのこの生産ラインで活かしている。
 年齢でなく、知識や経験を積極的に活かす姿勢から、「きのこ作りは部署づくりから生まれる」「きのこのご機嫌伺いができるのは人間の目」という社長の信念が垣間見られる。

直接営業はお客様の声を直接聞ける絶好の機会

 強さの秘密2つ目は、ホクトが誇る体育会系営業部隊。販売企画室を含め全国10セクションに分けられた、自社で行う営業体制だ。
量産ラインときめ細かな全国ネットワーク確立により、ホクトは市場への出荷と同時に、量販店への直接営業も行っている。元来、安定した量と価格を確保するため卸売市場から仕入れることが多い農産物だが、年間計画に基づいて生産・出荷されるきのこだからこそ、小売店側もリスク回避が可能となった。

 複数の取引先と商売ができる点、価格面の交渉が有利になる点など、直接営業の利点は多い。中でも最大の利点は「消費者のナマの声を聞くことができる」(水野社長)。規模が大きい食品メーカーなどでは、営業活動を外部の専門会社に委託することが多いという。しかし、営業を重視するホクトの場合、直接消費者との接点を得ることにより、生産者・供給者側のみの発想でなく、消費者・購買者の視点やニーズを汲み取ったものづくりを実現できる。
 実際、ホクトの営業マンたちは、お店との交渉だけでなく、店頭の現場に立ってパックを手に取り販売することもある。(スーパーで見かける「エリンギくん」や「ブナピーちゃん」の着ぐるみの中にも、アルバイトでなく社員が入る。)

  hokuto-15.jpg こうした、直接的な消費者との接点が、新しいきのこ作りに生かされている。つまり、「プロダクトアウト」(生産者主体の発想)でなく「マーケットイン」(消費者のニーズを大事にする発想)だ。

 卸市場だけでなく、規模が大きい食品メーカーなどは営業活動は外部の専門会社に委託することが多いという。しかし、営業を重視するホクトの場合、直接消費者との接点を得ることにより、生産者・供給者側のみの発想でなく、消費者・購買者の視点やニーズを汲み取ったものづくりを実現できる。つまり、「プロダクトアウト」でなく「マーケットイン」だ。企業が多額の投資を裂いて行うデーター収集やマーケティングを行わずとも、消費者に近い立場からの商品開発できるのは、自前の営業部隊をもつメリットとなっている。

hokuto-16.jpg 「消費者の方から(クレームの)お電話を直接いただきます。現場サイドからするとこういった電話のあとはしばらく落ち込みますね。でも『これじゃあいけないんだ』と、気が引き締まる。その積み重ねが、もっと上を目指していく姿勢に繋がっていく」。という、水野社長の掲げる社是は「5つの満足」だ。取引先、地域社会、株主、社員のそれぞれの満足の一番上に「消費者の満足」を据えている。何より、消費者の満足のためのものづくりをしている証だ。

お客様の声を反映したいから、技術が進化する

 営業が集めた声を、商品開発につなげているのが、ホクトが誇る研究開発部隊だ。
私たちが何気なく食べる、ブナシメジ。この商品も、数年前と比べ格段に進化していることをご存知だろうか?

 営業現場からあげられた「特有の苦味が気になる」というお客様の声をもとに、1993年、苦味が少ない「ブナシメジ新品種ホクト8号菌」を開発した。名前の示すとおり1~7号までの積み重ねの上に、苦味を押さえた新商品を独自に開発したのだ。「今でも8号菌をつかっている農家さんもいる」と水野社長が言うほど、ブナシメジ業界では画期的な発明だった。

hokuto-17.jpg しかし、今でもなおブナシメジのあくなき探求は続く。2009年現在、上田センターなどで生産されるのは「18号菌」。「8号菌も当時は画期的だったが、今、食べると18号菌のほうが明らかにおいしい。おいしさがぜんぜん違う」と、社長。きのこは絶えず進化している。

 「色が気になる」「料理のレパートリーを広げたい」という声を受け、2002年7月に開発されたのが「ブナシメジ新品種ホクト白1号菌」、登録商標「ブナピー」だ。ブナピーの登場によって、サラダなどへのレパートリーが広がり、夏場に落ち込むきのこの消費に新たな需要を掘り起こした。

創業から45年の歴史をつなぐホクトの理念

品種改良から生産システムまで、極みを目指す研究開発

 「サッカーで言えば、『毎日ハットトリックをしろ!』。野球なら4割バッターでもダメで『4割5分を目指せ!』って言ってるようなものですね」。そう、水野社長が冗談交じりに語るほど、研究開発部隊に大きな期待をしている。「今のブナシメジ開発を担当しているスタッフはたぶん本当に大変だね。今求められることは相当高いレベルになってしまった」。
 ブナシメジの進化など、一般の消費者はほとんど気が付かない。実際、過去の菌を使用して生産を続ける農家も多い。しかし、ものづくりの基本である「他では作れないもの」を作り続けるからこそ、大きく成長した。強さの根底を支えているのは、とまる事のない研究開発。ホクトは新商品を世に送り出し続ける「研究開発型企業」といえる。

 hokuto-18.jpg研究の対象はブナシメジだけでない。マイタケはより肉厚になり、エリンギも大きくなっている。ブナシメジのパッケージには100gとプリントされている内容量だが、実際、工場から出荷される商品の重さは平均約130g。中には150gを超えるものまである。
 新品種の開発だけでなく、温度や湿度の管理から、「栽培技術」もホクト独自の開発によるものだ。生産現場、営業現場からの声を受け、新たな商品の開発や品種改良だけでなく、栽培技術や、種となる原菌(げんきん)の管理まで、自社内の「きのこ総合研究所」で行われている。

hokuto-19.jpg この研究部隊が、今もっとも力を入れている新商品が「ホンシメジ」だ。「『香りマツタケ、味シメジ』って言われるほど、ホンシメジはおいしい。これもあと一歩のところまでできている」。水野社長も自信を示す。実際、首都圏のスーパーなどでは試験的に販売もされているという。水野社長いわく、「あとは、'値ごろ感'で提供できるか。」新商品が私たちの食卓に並ぶ日も遠くはない。hokuto-20.jpg

hokuto-21.jpgポリプロピレン販売が転じて・・・

hokuto-22.jpg きのこ研究の歴史は古い。ホクトが本格的なきのこ生産を行う5年以上前の1983年、長野市に「きのこ総合研究所」を設置、以後4半世紀以上にわたり、日々きのこに関するあらゆる研究が行われている。

 かつてきのこといえば、店頭にはシイタケやなめこ、エノキなどしか並んでいなかった。そこに、エリンギやブナピーといったこれまでにはなかった新たな商品を投入、新しいマーケットを開拓したホクトは、研究開発型企業の典型ともいえる。
新たな商品で市場に革命を起こし、大量生産で生産手法に革命を起こしたホクトは、まさにイノベーター(革命者)だ。

hokuto-23.jpg 1964年、長野市箱清水で「デラップス商事」として産声を上げたホクトは、もともとはきのこを作る会社ではなく、「デラップス」と呼ばれるスーパーや肉屋向けの包装材を販売していた。その後、同じくスーパー向けの「食肉トレイ」を生産しはじめ、そこからプラスチックの一種ポリプロピレン(P.P)の生産技術を応用し、1968年にはきのこ栽培用P.Pビンの製造を開始した。
 「割れないビン」として、ホクトのきのこビンは大ヒット。ここからホクトは農家向けに、きのこビンだけでなく、きのこ生産設備や、新品種の種菌などを販売していくようになった。
 (余談になるが、現在でも、グループ会社ではプラスチックの加工を行っており、この会社では、長野市や千曲市などの指定ゴミ袋を販売している。)

挫折を乗り越えた「反骨精神」

hokuto-24.jpg  御社にとっての一番の強みは何か?の問いに、水野社長はゆっくり言葉を選びながら、こう答えた。
 「強みは...会社が出来て45年ですけど、何回も挫折あったと思うんですね。エノキの新品種を苦労して開発したけれど、いわゆる生産者さんのものになってしまった。我々の開発というものが、自分たちの発明と認められなくなってしまったコトで、きのこの生産のほうに展開したのも、その『悔しさ』があったと思います。」
 きのこ農家の為に研究開発を続け、業績を伸ばしたホクトだが、独自に開発した「白いエノキ」はその人気ゆえに、種菌のコピーが出回るようになってしまった。もちろんホクトは開発権利を主張したが、結局認められず、「自分たちの研究が守れないのなら、生産も自分たちで行う」という創業者水野正幸氏の英断によってきのこの生産事業を始めることとなった。

hokuto-25.jpg 「きのこが美味しくないと返品を受けたこととか、さまざまな挫折や苦い思いを社員一同してきました。それをはねのけてきている『反骨精神』みたいなものが、この会社にはある」。
 近年、目覚しい躍進を続けるホクトだが、「今がいいからといって満足することなく、更なる上を目指していきたい」。水野社長が率いる「きのこ総合企業」は、日本国内から海外へ、食から健康へ、新たな分野への挑戦を続けている。

【取材日:2009年4月15日】

企業データ

ホクト株式会社
長野県長野市南堀138-1 TEL:026-243-3111
http://www.hokto-kinoko.co.jp/