[サイプラススペシャル]34 プレス加工の可能性は無限大 キーワードは「バリュー」

長野県塩尻市

サイベックコーポレーション

 本社玄関にはいると、みずみずしい胡蝶蘭の出迎えを受けた。サイベックコーポレーションは、1973年、初代社長の平林健吾氏が29歳の時に創業した金型製造プレス加工のものづくり企業である。そして、今年の4月、同じく29歳で平林巧造氏が、2代目社長に就任、胡蝶蘭はその就任祝い、若きリーダーの新しいエネルギーが早くも動き出している。

「Value Engineering」への思い

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 サイベックコーポレーションの旧社名は「信友工業」。現在の「サイベックコーポレーション」に改めたのは1991年。ブドウやアスパラガス畑が広がる、塩尻市広丘のアルプス工業団地に本社工場が完成した翌年である。

 サイベックはSYVECと書くが、これは外国語ではない。創業社名の「信友工業」の頭文字「SY」とValue Engineering for Customersの頭文字「VEC」を組み合わせたもの。

 サイベックの技術は、新しい「Value」(価値)をお客様に提供する、自分たちは常にValue Engineeringを開発、提案していく、そんな思いが表れている社名である。

「電気・電子部品」から「自動車部品製造」へ

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 電気・電子部品のプレス加工からスタートした「信友工業」が、金型を自社で造り始めたのは創業から5年後である。サイベックのコア技術である冷間鍛造順送金型の開発のきっかけは、プリンター関連の部品で、3ミリから0.3ミリの厚さの加工を受注したときのこと、このニーズには、どうしても既製の金型では応えられず、自分たちで造ることを決意したのだという。そして、83年4月には朝日村に金型部品工場が完成した。

 99年には自動車部品の製造をはじめる。時代は、電気・電子部品の製造が安い労働力を求め海外へ出て行ったときだ。

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 大量生産に魅力はあっても、複雑な形状、安全性も、強度も必要な高精度な自動車部品、しかも、自動車は低燃費、環境対応型など高性能化に進むのが、見えてきた時代でもあった。

 自動車メーカー間のコスト競争は、しのぎを削る。サイベックは、切削加工や焼結加工でしか製造できないと考えられていた自動車部品を、次々とプレス加工に置き換えることで自動車メーカーのコスト削減の要求にこたえていったのだ。プレス加工による自動車部品製造は、既成のプレス加工の境界線を越えていくこと=プレス工法の可能性の提案でもあった。

プレス加工の可能性

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 今、自動車は、環境対応車が主流、電気制御部品も増えている。これらの精密部品にはこれまでとは異なる高い精度が必要だ。そして、プレス加工ではできないといわれている機械加工部品も多く残っている。ここに、サイベックコーポレーションのコア技術「冷間鍛造順送金型」の可能性が広がっているのだ。高精度の機械加工には金型パーツの高精度も必要だが、サイベックには、培ってきた自社金型製造技術がある。1000分の1から10万分の1まで、ミクロンオーダーの加工技術に揺らぎはない。
 現在は、サイベックコーポレーションの生産の8割は、自動車向けの高機能部品であるが、各自動車メーカーの注目が「冷間鍛造順送金型」に集まる理由がここにある。

「工場で見ていただきましょう。」

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 平林社長に、サイベックコーポレーションのコア技術「冷間鍛造順送金型」を説明していただきたいとお願いする。しかし、説明を受けても理解できるのか。
 その答えが、「いやー、説明したってわからないと思いますよ。どこの大学にも学科はないし、みんな、会社に入って勉強してもらっています。」
「工場で見ていただきましょう。」

 工場に足を踏み入れると、まず、大きなプレス機に圧倒される。金属加工につきものの鼻を突く臭いや体を震わす振動はない。広い工場内だが、コイル状の素材、プレス機が整然と並び、機器を制御するのは数人、ここが「冷間鍛造順送金型」が活躍する場なのだ。

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 金属加工の中でも、「冷間鍛造」とは、常温で金属の厚板を成形していく鍛造工法の一つ、また、「順送金型=順送プレス」は早く、安く、大量生産に適したプレス加工法のことだ。しかし、それをただ合わせたということではない。サイベックコーポレーションのコア技術「冷間鍛造順送金型」は、一つの金型の中で絞り・潰し・シゴキ・曲げといった15以上の工程を行い、板厚の変化を伴う立体的な形状の製品を作り出すことができる技術である。しかも、強度もあがるという付加価値も付く。
 真っ平な金属板が、プレス機に入っていく。打ち抜きもある、非円形加工もある、一見部品が接着されたような部分もある等など、加工された部品が複雑な形で押し出されてくる。これまでの「プレス加工」のイメージが覆る。

 従来焼結や、切削によってしか生産できないと考えられていた部品製造をサイベックの「冷間鍛造順層送金型」は可能にした。時間とコストの大きな削減、完成品のコストダウンにも貢献する。
 一つの長い金型の、規則正しい上下動がサイベックコーポレーションの「製品」を作り出している。

プレス機械もオリジナル

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 「加工で大切なのは、金型の製造と、その金型を転写するプレス機。金型はもちろんプレス機もすべてオリジナルです。汎用機にもサイベックのカスタマイズがなされています。」工場内に社長の言葉が楽しそうに響く。「プレスの上下動の調節はこう」傍らのディスプレイプレスに表示された下降速度と上昇速度の数字が瞬時に変わった。この数字にプレスの精度と可能性が凝縮しているのだ。「プレス機械のたわみも、JIS規格によると特級は1000分の1ですが、サイベックは6万分の1の精度を出しています。」「精度」を保障する数字である。
 この精度を作り出すプレス機は、メーカーとの共同開発という形で実現している。サイベックの要求にこたえるのは、「日本人の緻密さ」。機器にはいくつかの国内のメーカーの名前が刻印されていた。
 機器を納品したいという申し込みはいくつもあるという。サイベックが採用したものであればという、メーカーの信頼保障にもなるのだ。プレス機メーカーにとっては、開発の「リスク」と要求精度の厳しさを補って余りある「共同開発」の実績なのだろう。

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 「カスタマイズには、メーカー以上の勉強が必要なんですよ。」社長の言葉に思わず頷いてしまう。「素材の最適な加工条件は常に変化しているのです。加工条件は無限大といえます。」その時々の加工条件を自分たちで研究し、最適加工条件を見出す。最高の精度を誇る機械を駆使し、最高の加工を行い、最高の製品を提供する、サイベックのお客様への「Value Engineering」の提供である。

自らの提案を「VT研究所」では

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 平林社長は「次のコア技術を生み出さねば」という挑戦者でもある。お金をもらって、与えられた図面から製品を作っているだけではなく、お客様に新たな技術を提案し、新たな価値を共有したい。その実現の大きな力が、2000年4月に発足した「VT研究所」である。

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 「VT」はValue Technologyの略。工場とは一つ屋根の下、現場の声が届くところにある。研究所といっても図書館、大学の研究室のような雰囲気である。少し照明を落とした室内、仕切られたコーナーごとに、パソコンが並ぶ。社員の2割がこのVT研究所に在籍しているという。
 お客様からの注文を受ける、提案する、そして、試作から新しいプレス加工の開発、品質管理、量産の体制確保までこの研究所の果たす役割は大きい。技術研究者だけではなく、営業担当者もいる。お客様のニーズへのアンテナの高さがあってこそ、新しい技術が生まれるのだ。

 「次のコア技術を生み出したいのです。普通、開発をやろうというと反対が多い。でもまずはやってみることが大事。突拍子もない若いアイディアが重要なんですよ。」29歳の社長の言葉には、力がこもる。その社長の「やる気と夢があれば人は伸びる」という言葉に後押しされ、VT研究所のメンバーは企業訪問や展示会、セミナーや研究会への参加も積極的だという。

社員はみんな機械が好き

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滑らかな金属面を磨き上げるいわゆる「職人の技」が、身につくまでには何十年もかかる。しかし、技術や機械がカバーできる技もある。

 金型やプレス機械は自社で製造するが、例えば、放電加工機はスイス製、「今は国産も良くはなってきていますし、使用する機会が減ってきているのですが・・・」と見せていただいたのは15年前、1億円したというドイツ製の三次元測定器。

 15年前にこの機器を導入したという実績は何物にも代え難い。1台6千万という高精度機械が並んでいるフロアも圧巻である。つい最近購入したというアマダ・ワシノ製の、デジタルグラフィカル研削盤はサブミクロンのオーダーにこたえるのだという。操作ロボットを付けて、24時間稼動。「深夜に働いています。むしろプレス機械が止まっていて振動がなくて良い環境ですよ。」このフロアから、プレス加工企業を連想できる人はいないような気がしてきた。

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 サイベックコーポレーションは社員68名、平均年齢は29歳。少し前まで、県内の出身者がほとんどであったが、ここ数年は、出身地は様々で、ここで働きたいという人が全国から集まってくるという。多い月で100名以上の工場見学者があるとの工場内の、どこを歩いても気持ちが伝わる挨拶が飛び交う。
 「社員はみんな機械が好きなんですよ」社長に笑みが浮かぶ。「部品のコストダウンは完成品のコストダウン、それを使う人たちみんなに貢献できるのです。」若き社長のエネルギーの大きな源がここにある。

【取材日:2009年6月4日】

企業データ

株式会社サイベックコーポレーション
長野県塩尻市広丘郷原南原1000-15 TEL:0263-53-5500
http://www.syvec.co.jp/