長野県北安曇郡池田町
赤田工業
我ら『鉄の料理人』
得意メニューは「真空技術」
燃え盛る炎をバックに、コックのシルエット。赤田工業株式会社のパンフレットには、次のように明記されている。
我ら『鉄の料理人』
次のページをめくれば、「鉄の料理人の得意メニュー」の文字。「複雑な形状を精密に加工。豊富な経験と卓越した技能を持った私たち鉄の料理人たちがベストを尽くします。」
「鉄の料理人」を自称する赤田工業とは、一体どんな企業なのだろうか。
銀色に輝く、数十センチの直方体。
6枚の厚い金属で作られた箱で、上部や側面に丸い穴が開いている。
この謎の金属塊こそ、「鉄の料理人」こと赤田工業が最も得意とする受注生産の「真空チャンバー」だ。
「真空チャンバー」とは、真空装置の最も重要な部品の一つで、この直方体の内部を真空にする。いわば、真空装置の核となる作業スペースと考えてもらえばよい。赤田工業は、この真空のための密閉容器に特化した企業といえる。
「真空」は、現在の産業においてなくてはならない技術であり、電子顕微鏡はもちろん、半導体や液晶などの製造装置にも広く用いられる。全く空気がない状態を実現しているのが、「真空チャンバー」の内部の空間だ。
「たとえば液晶テレビは、売れ筋が32インチから40インチ超へと大型化しました。同時に、ウチの商品も大型のものが'特需'だったんです」。まっすぐな視線で語るのは、赤田弥寿文代表取締役。
「特需だった」の言葉通り、赤田工業の売上も急拡大。2008年は八億円と、5年前の2倍以上となった。「今みれば、明らかに景気が良かっただけ」と赤田社長は言うが、2001年社長就任から、従業員約40人を率いてここまでの実績を上げられたのも、先述の「鉄の料理人」に代表されるように、自分たちの企業の「強み」を理解した上で、その「強み」に磨きをかけたからに他ならない。
赤田工業の特技こそ、「真空をつくる」ことだ。赤田社長も「真空ができるように、技術を高めている」と、自社の強みであることを意識している。
真空をつくるためには、完全に密閉された空間を作らなくてはならない。当然のことながら、金属の容器に少しでも隙間があっては空気が漏れてしまう。
しかも、密閉容器を作ればよいという単純なものではない。銀色に光る直方体の、側面や上部には、物質の出し入れ用や、接続パイプ用にいくつもかの穴が空いている。この穴の一つ一つにも、赤田工業ならではの技が光る。
「表面を切削したままだと、刃物の目に沿って空気が漏れてしまう」と、赤田社長。円形の穴には、ゴム製の円形パッキン(つなぎ部分)があてられるが、切削したままでは、縦方向についた細かな筋から空気が漏れてしまうというのだ。
現在は経営に専念する赤田社長だが、かつては社内でも有数の技能者だった。その赤田社長が、実際に現場を案内してくれた。
深く帽子をかぶった社員が、金属の穴の淵をなぞるように、紙やすりをかけていく。
時折その手を休め、横から穴の淵を見つめる。そして、指先でその感触を確かめる。
「同心円状にやすりをかけることで、空気が漏れないようになる」と赤田社長。社長がまだ現場の第一線で働いていたころ、顧客からの高い要求に応えるべく編み出された技の一つだ。
「お客様は、世界でも有数の電子顕微鏡のメーカーさん。プロ中のプロですから、見ただけで『ここはダメ』『ここから空気が漏れる』と言ってくる。」試行錯誤を繰り返し、人一倍の努力が実を結び、確かな技術力と同時に、顧客からの信頼を勝ち取った。「お客様に恵まれているんですね」と、赤田社長は笑った。
田園の向こうにそびえる北アルプスは、信州・安曇野の代名詞ともいえる風景。豊科インターから高瀬川とJR大糸線に沿って北上することクルマで20分ほど走った北安曇郡池田町に赤田工業の本社工場はある。稲刈りが終わったばかりの田んぼの中に、近代的な工場が建っていた。
「顧客に恵まれた」と社長は言うが、なぜローカル企業でありながら、世界的な電子顕微鏡メーカーから引き合いがあったのだろうか。そのカギは、金属の「溶接」と「削り出し」にあった。
「ウチくらいの規模で、『削り』と『溶接』の両方ができる会社は珍しかったのかもしれません」と、赤田社長。「削り」つまり切削加工と、溶接加工は、金属の加工法でありながら「専門業者に分かれていて、削るのは削る専門の会社、溶接は溶接専門の会社が、それぞれ仕事の依頼を受けていた」という。
赤田工業には、この「溶接」と「削り出し」を自社工場内でできるノウハウがあったのだ。
金属製の密閉容器の素材は、鉄・ステンレス・アルミなど、真空を作り出すその用途によって使い分けなければならない。さらに、使用する状況によって大きさや形状も異なり、こうした複雑な形状を精密に加工する技術が求められる。
「もともとお客様は溶接を嫌がります。金属を張り合わせた場所から、空気が漏れる可能性が高まりますから。しかし、コスト面から考えれば、金属を張り合わせるほうが優れている。」赤田工業は、溶接によって大幅なコストダウンを可能にした。
完璧なのは、溶接だけではない。
内部の形状も、複雑な溝が掘りこまれる。こうした加工には精密な切削の技術力が求められるという。「内面を3次元に削り出したり、電子が一点で照射するように穴の角度を設定し同芯で合わせられるようにするなど、高い精度で対応が可能です。」
「もとが農具の修理屋ですから、何でもできる」という赤田工業。真空容器に要求された、「溶接」と「切削」が高いレベルで実現できたからこそ、電子顕微鏡や半導体製造装置など、最先端のものづくりを支えている。
厳しい状況下、赤田工業は「次の手」を打とうとしている。それが、インターネットを活用した独自ブランド戦略だ。
順調に業績を伸ばした赤田工業だが、2008年からの世界同時不況は生産現場を直撃した。案内された工場内も、どことなく活気がない。
「不況になれば真っ先に設備投資が後回しになるから仕方ない」と、赤田社長。主力商品の出荷量も最盛期の3分の1以下というから深刻だ。
既存商品が売れない場合、とるべき戦略は大きく2つある。
これまでの顧客に違った商品を販売していく「新規商品開発」か、これまでの商品を新たな顧客に販売していく「新規顧客開拓」か。「コア技術(核になる技術力)は、真空」と断言する赤田社長は、後者を選択した。
「専門でない方々や、大学などの研究機関から注文が来るようになりました。」赤田社長も期待を寄せるのは、独自ブランドだ。
パソコンの検索サイトに'真空チャンバー'と入力すると、赤田工業のホームページが
上位に表示される。ここに「シンクタンク」と名付けられた独自の商品群が掲載される。
最大の特徴は、「価格が明記されている」ことと、サイズや形状などを希望により設定できる「セミオーダーシステム」であること。
ひとつひとつのオーダーにこたえる少量生産で、低コストを実現することは「大手メーカーでは実現できない」と赤田社長は言う。
商品ラインナップは、主力のチャンバーのほか、真空タンクやそれらを設置する架台など。自社工場内で「切削」と「溶接」ができるからこそ、大手では参入しにくいニッチ(すきま)市場を狙うことができる。
得意の「真空技術」を、新しい顧客に販売する戦略。
液晶パネルや半導体のみならず、市場拡大が期待される「真空」の活用。独自ブランド自体は、「まだ売り上げの数パーセント程度」というが、ここから新たに大きなビジネスにつながる可能性がある。
「鉄の料理人」たちは、「苦しい時代だからこそ」自分たちの強みをしっかりと磨き、新たなチャンスをつかもうとしている。
赤田工業株式会社
長野県北安曇郡池田町大字会染6108-75 TEL:0261-62-2235
http://www.akada.jp/