[サイプラススペシャル]68 「機械式」で高級市場に挑戦 “原点回帰”の腕時計づくり

長野県安曇野市

南安精工

量産型から「一点モノ」へ
時代に逆行!?「過去の技術」で新規ビジネス

 長野県のものづくりの原点といえば、腕時計。今でも「メイドイン・ジャパン」は、世界市場から高い評価を得ている。
 腕時計づくりの大手企業の協力工場として、腕時計の内部機構(ムーブメント)を製造する南安精工は、高い技術を活かして新しい市場へ参入した。それが「機械式」の高級腕時計だ。
 同じ腕時計とはいえ、クオーツ(水晶)とメカ(機械式)では全く別分野。最先端の量産技術を持ちながら、時代に逆行した「一点モノ」づくりをはじめたメーカーの思惑は一体どこにあるのだろうか?

「クオーツムーブメント」の南安精工

古くて新しい挑戦

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 北アルプスからの清流によって形成された複合扇状地・安曇野。
 風光明媚な田園地帯を南北に走るJR大糸線の南豊科駅近くに、南安精工・本吉工場はある。
 この工場には、奇妙な看板が掲げられている。木製の大きな柱時計に「時計屋復刻堂」の文字。アンティーク時計の販売や修理も行う「復刻堂」こそ、精密機械加工を得意とするものづくりメーカーの「古くて、新しい」挑戦だった。

ニッポンの技術力「クオーツ」

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 「時計屋復刻堂」を語る前に、南安精工について説明が必要だ。

 南安精工の主力は、腕時計のクオーツムーブメントの量産。
 振り子の原理で時を刻む機械式の時計に対し、水晶振動を利用するクオーツは、1969年セイコーが腕時計組み込んで以来、急激な低コストが実現された近代ニッポンの技術力の象徴だ。ムーブメントとは内部機構のことで製糸業から発展した長野県を代表するお家芸のひとつだ。

 「40年前はクルマ1台くらいの値段だったクオーツ腕時計ですが、今ではムーブメント1個が100円以下で取引されています。」小林知之社長(41)は続ける。「技術の進歩と言えば進歩ですが、世の中の人が望んでいる以上の量を作った『作りすぎ』の結果でしょう。」

「ジャパン」ブランドが生きる

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 「最盛期には、1日20万個のムーブメントを生産していました」と、小林社長。
 1967年創業の南安精工は、看板に掲げられた「セイコーエプソン協力工場」の文字通り大企業を技術力で支える下請工場だ。年間売上約50億円のほとんどは、時計組み立ての受注によるものだという。

 時計部品も厳しい価格競争に直面する中「海外製品の脅威は?」と聞くと、小林社長は笑顔で答えた。
 「単価では、中国産と戦えません。しかし、日本で作っているからこそ生き残りが可能。精密な技術が必要なクオーツムーブメントは、『メイドイン・ジャパン』ブランドが生きる分野です。」

「復刻堂」に込められた想い

なぜ?新規ビジネス

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 「クオーツ腕時計の需要がゼロになる事はない。日本でものづくりを続けていれば、競合が減り、いずれオンリーワン企業になれる」と、未来を語る小林社長。

 ではなぜ、安定した経営基盤がありながら、アンティーク時計の修理などという時代に逆行した新規ビジネスに乗り出したのか?「復刻堂」には、腕時計づくりの将来を考えた小林社長の決断があった。

信州の職人技を後世に

 「長野県には、古くから多くの時計職人が大勢います。そうした優れた時計を作れるひとがごっそり退職するのを目の当たりにしました。」
 かつて東洋のスイスと呼ばれた諏訪・岡谷地方。精密機械からIT産業やクルマの部品など、各社強みを生かした独自の展開を遂げる中で、時計づくりの職人技は失われつつある。

 「退職した技術者の方々に来ていただきました。機械式の時計をいじれる会社は多くない。技を残していけば、いつかは独占できると思った。」

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オリジナルブランド「Azusa」

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 落ち着きのある間接照明が施された店内。ショーケースの中には、ライトアップされた腕時計。値札にはゼロが5つ並ぶ。いずれも高級品だ。
 「時計屋復刻堂」のケースで、ひと際目を引くひとつの作品がある。漆器を思わせる深い黒、やさしいカーブを描く文字盤には「Azusa(アズサ)」の刻印。南安精工オリジナルの手巻きの機械式腕時計だ。

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 「職人が減り、身近に修理を頼める時計屋が少なくなった」ことから、2004年に開業した「復刻堂」。もともとは修理専門だったが、販売も扱うようになり、OEM(相手先ブランドによる生産)を経て、2009年待望の自社ブランド商品の販売をはじめた。

 「信州匠(たくみ)の修理師により、一品一品入念に調整された職人による手作りの腕時計です。機械時計を愛する方に、上質で安心できる時計をお届けしたいという思いを託しました。」自社ブランドのカタログには、南安精工の想いが記されている。

戦略的な「原点回帰」

単なる自社ブランドではない!

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 「復刻堂」は、よくある「部品組み立てメーカーが自社ブランドを開発」というストーリーではない。
 まず、クオーツは機械式時計では製造過程が異なる。次に、生産ラインが必要な大量生産は、手作り時計と製造設備が違う。さらに「協力工場」である以上、元請けと競合になるわけにはいかない。
 つまり、主力のクオーツ時計部品と、新規参入の機械式時計は、全くの別商品だ。

実は「成長分野」の腕時計市場

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 技術的には過去への回帰にみえる新規参入。ここには、小林社長にはしたたかな戦略があった。
 「時間を知る」ための腕時計市場はケータイの普及などにより縮小傾向だが、「アクセサリーとしての」腕時計は実は魅力的な市場という。「高級品が多いスイス製は、販売個数では全体の2割以下ですが、売上額は逆7割以上を占めている。国内でも高級輸入品が伸びており、機械時計の市場は充分ある。」小林社長は自信を示す。


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 さらに、自社の持つコア技術を考えた結果という。
 「自社の技術を細かく分けていくと、3つの分野に集約されます。」小林社長は分析する。「ひとつは生産設備。自動化ラインだからこそ電子制御などの技術が求められます。ふたつ目が、微細加工。小さな部品を作るためには、金属などの加工が必要です。3つ目がそれらの精密組み立て、特に微細加工と精密組み立ての技術を生かした」のが、今回の新規分野だった。

「得意技」を昇華させた商品を世に

 南安精工の新たな挑戦は、時計にとどまらない。
 「電子制御、微細加工、精密組み立てを生かした商品を展開している」と小林社長。なるほど、南安精工のパンフレットの事業内容には、試作品・量産支援、合理化機械の設計製造、超精密部品製造などが大きく紹介され、そのあとに小さく本業が記されている。

 軌道に乗りつつある「復刻堂」高級時計ビジネス。「時計だけでなく、強みを応用した商品を開発し、世に出していく。」若きリーダーのメッセージには、時代に呼応して成長しようとする"信州企業"の心意気が込められていた。

【取材日:2010年3月15日】

企業データ

株式会社南安精工
長野県安曇野市豊科高家2290-1 TEL:0263-72-2400
http://www.nanan.co.jp/