[サイプラススペシャル]104 “次世代LSI”を支える「磁気の技術」 【特集】信大工学部のものづくり その⑤

長野県長野市

信州大学工学部教授 佐藤敏郎

チップレベルで省エネ可能!?
限界を超える!次世代LSI開発を支える研究

 携帯やパソコンの頭脳となるLSI(集積回路)。どんどん小型化、高性能化が進むこの回路ですが、このままの進化では「限界が近い」と言われています。どうすれば、限界を超えることができるのか?
【特集】信大工学部のスゴイものづくり。今回は「次世代LSI」を支える、信大工学部工学部電気電子工学科の佐藤敏郎先生の研究です。

「磁気の技術」で省エネ可能!?

次世代LSIとは?

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 「LSIの限界を超えるため、新しい技術を研究しています。」
 信大工学部の佐藤先生の研究テーマは、ずばり「磁気の技術」です。「わたしたちは磁気の技術を導入して、新しい機能、高性能化を図る研究を行なっています。」
 LSIの限界を超える"次世代LSI"とは、いったいどんな技術なのでしょうか?


省エネに必要な「パワーマネージメント」

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 「世界で唯一、磁気部品をLSIチップに組み込もうとしているんです」と、話す佐藤先生。「電気を使う部分だけに、効率よく電気を流す技術があります。より電気を節約するための『パワーマネージメント』という技術ですが、今はパソコン全体のレベルでは行っています。」
 複数の回路が組み込まれるパソコンなどの電子機器。たくさんの情報処理をするときにはきちんとすべての電子回路に電力を供給し、そうでないときは電力を抑えるようにする。それがパワーマネージメントです。

 「ひとつひとつのLSIのチップレベルで、パワーマネージメントを行うことができれば、さらなるエコが可能になります。」

極小の「変電所」をワンチップに

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 例えば、ある街全体で省エネを行うことを考えてみましょう。
 電気を使うところに、効率的に電気を送るにはどうすればいいでしょうか?昼間は工場などが集まっている地域に集中的に電気を送り、逆に夜は住宅地に電気を送る...こうすれば、街全体でのパワーマネージメントが可能になります。
 この時必要になるのが、たくさんの変電所です。電気を送るときは、送電ロスを少なくするため何万Vもの高電圧で送り、家庭や工場で使うときには100Vや200Vといった使いやすい電圧に下げる必要があります。

 佐藤先生の研究は、LSIのチップの中に「磁性体」と呼ばれる小さな変電所を入れ込もうとしているのです。

高性能なケータイをつくる!

ケータイは無線技術のかたまり

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 佐藤先生の研究は「次世代LSI」だけではありません。
 おなじく磁気の技術を活用した「磁性体」で、もっと小型で高性能な携帯電話をつくろうとしています。

 「今のケータイは、無線技術のかたまりなんです。」
 現在の携帯電は通話だけでなく、Wi-Fi(無線LANでのデータ通信)やGPS(衛星を使った位置測定システム)、ワンセグテレビなど、いろいろな機能が搭載されています。こうした機能にかならず必要になるのが、「アンテナ」です。


アンテナをチップに組み込む

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 「今は1つ1つ個別の部品ですが、これをワンチップに組み込んでしまおう、という研究です。」
 複数のアンテナを入れるだけで、回路は複雑になり、コストが上がります。佐藤先生は磁気の力を活用するアンテナを小型化し、さらにひとつのチップの中に組み込んでしまうための研究をしています。


小型化や省コストが可能

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 そもそもアンテナは、空間に飛び交う電波(電磁波)を高周波エネルギーという電気信号に変化する装置で、磁気の力を活用しています。また、デジタルテレビなど情報はデジタルになっても、アンテナの仕組みはアナログです。
 現在は別の部品となっているアンテナを、ひとつのチップに組み込むことができれば、ケータイの小型化や劇的なコスト削減が期待できます。
 これも佐藤先生の「磁性体」研究のひとつです。

ハイブリッドや電気自動車にも活用

磁気と光を使ったセンサーとは?

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 さらに磁気の力は、「未来のクルマ」にも活用が期待されています。佐藤先生の「次世代LSI」や「ケータイの高周波回路」に次ぐ研究、「磁気と光を使ったセンサー」です。

 「電気自動車の一番の問題は、走行距離と言われています。これを解決できる技術だと思っています。」
 EV(電気自動車)元年と言われる昨今。エンジンからモーターに変わることで、より精密な電気の制御が必要になります。そこで一番の問題になるのが、不要な電磁波の影響。これまでのセンサーだと、どうしても他の電流の影響を受けてしまい、正確に測定ができませんでした。
 そこで開発されたのが光での測定。どうやって光で電流を測定するのでしょうか?

電気の流れを測定する「磁性薄膜」

 「電流を光で測定する技術に、『磁性薄膜』という磁気の力がつかわれます。」
 カンタンに言うと、超うすい磁石の膜。これを電線の中に入れると、ちょうど川の中の水草のように、電気の流れ方によって傾きが変わります。この傾きを光で検知しようというのが「磁気と光を使ったセンサー」の原理です。

 「センサーが光に置き換われば、ノイズ(不要な電磁波)の影響を受けないだけでなく、今まで銅線だった配線が、光ファイバーに置き換えることができます。車体の軽量化も可能です。」実際に佐藤先生の技術は、大手自動車メーカーとも共同で開発が進み、「次の新型車には搭載される」という注目の技術です。

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「川上から川下まで」の研究開発

県内有数の研究施設

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 キャンパス内にある、クリーンルーム。佐藤先生の研究室の学生たちは、ここで実際に小型回路の製造を行います。
 クリーンルームには最新鋭の装置が入っており、長野県内でもトップクラスの研究施設です。「学生たちは、自ら装置を駆使してものづくりをやっています。日夜努力をして非常に大きな成果を上げてきてくれています。」


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企業でも即戦力が期待

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 「自分で回路を設計して、実際に作ってみる。で、ちゃんと動作した瞬間が一番面白いです」大学院生の小川圭介さんが話すように、佐藤先生の研究室の特徴は「川上から川下まで」の幅広い研究内容です。
 クリーンルームでの回路製造の前には、パソコンで回路設計を行います。さらに出来上がった回路は、別の装置で実際に動かします。こうして集められたデータは研究成果として国内外の学会で発表し、高い評価を受けています。「材料の開発から、設計、製造、試験とここまでやれる研究室は少ないと思います。企業の研究所などでも、即戦力が期待できます。」もともと民間企業で研究をしていた佐藤先生も、教え子たちの活躍に目を細めます。

明日のテクノロジーをつくる

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 「次世代LSIも、電気自動車用のセンサーも、『次の時代』のエレクトロニクスの基盤技術になる。」佐藤先生の研究はどれも「実用化されて社会に役立つこと」が前提です。
 世の中のニーズから、新しい技術を開発する佐藤先生。IT(情報技術)から電気自動車まで、"明日のテクノロジー"をつくっています。

【取材日:2010年12月10日】

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(研究室のご案内)信州大学工学部 電気電子工学科 佐藤敏郎