[サイプラススペシャル]119 技能五輪長野大会に向かって大きくチャレンジ アルミニウム合金鋳物金型の総合メーカー

長野県佐久穂町

千曲技研

2011年3月11日の東日本大震災は、直接被災した地域のみならず、日本国内はじめ世界各地の様々な産業分野に甚大な影響を与えている。災害発生から1ヶ月以上が経過した今も、経済復興への道筋が見えてきたとは言いがたい状況だ。しかし、こんなときだからこそと動き出したものづくり企業がある。売り上げは30%に落ちてしまったが、今こそやるべきことはこれだと、一歩を踏み出した南佐久郡佐久穂町の千曲技研株式会社を取材した。

技能五輪長野大会に向けて

「チャレンジ道場」を開設

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「2012年の技能五輪長野大会に社員を出すことに決めました。社員育成のためにチャレンジ道場を開設します」電話の向こうから小林智社長(55才)の思いがこもった声が響いてきた。千曲技研を訪ねたのはこの電話の一週間後、外に出るとまだ少し肌寒いが、その冷たさが心地良い。この日は「チャレンジ道場」を開設するための神事がとり行われる日である。青い屋根の広い工場の裏手にある建物、今回この建物の一部を建て増しして準備したのが千曲技研のチャレンジ道場だ。フライス盤をはじめ、研修生が専用に使うための機械も購入した。神事を控え緊張した表情が集まってきた。いよいよ千曲技研のチャレンジのはじまりだ。

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アルミニウム合金の金型メーカー

千曲技研はアルミニウム合金鋳物金型の総合メーカーとして、1973年に創業、各種ダイカスト金型、自動車やオートバイのアルミ部品用の金型を手がける。中国などのアジア各国が金型製造で力をつけてきている昨今だが、千曲技研がつくるのは、例えば、オートバイのフロントフォーク、ポンプ、ピストン、バルブ、スイングアーム、アルミホイール、エンジンカバーなどいわゆる自動車の安全保安部品の金型だ。

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熱処理や高度な素材加工技術が必要な千曲技研の金型は、1台で最低でも10万ショット、メーカーによっては15万ショットをこえても使われるという。重要保安部品を10万ショット15万ショット打ってもなお高精度を維持できる千曲技研の金型、新興国の技術ではとても太刀打ちは出来ない。「あまりいいものを作ると追加注文が来なくて・・・」苦笑いが出るほどの高度な技術なのだ。

生き残るには「すばやく」

「高品質・低コストは当たり前、顧客ニーズに『すばやく』対応しなければ生き残れないんです。」小林社長は「早く」ではなく、『すばやく』だと強調する。『すばやく』があってこそ、コスト削減も実現できる。
金型メーカーでは余り例がない生産現場の2交替制も取り入れているが、一番力を入れているのは先端の技術と設備への投資。「長野県に1台しかない装置もあります。社員55人の会社ですが、設備では5本の指に入ります。」
実際、工場には1台数千万から億を超える装置が並ぶ。「社屋にはお金はかけないが、設備には最新最先端の投資を惜しまない」経営方針は明確だ。だからこの3月には優遇税制を利用した1億円を超える熱処理装置も導入した。これからこの装置を稼動させて、「やるぞ」という矢先に起きたのが東日本大震災、金型の発注は止まってしまった。

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「おれの技術を超えていってくれ」

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神事の準備の間にも、真新しい作業着をつけた研修生が4名、練習を始めていた。「よーし、おれがやって見せる。」帽子をかぶりなおし、小林社長がフライス盤を動かし始めた。左右別々のハンドルを回しながら、フライス盤を操る。右手は時折ハンドルから離れて、ハンドル脇のレバーを上下左右に動かす。レバーは複数、当然のように手がそこに行く。目は回転軸の先端に取り付けた回転工具の刃先、切削点を捉えて動かない。
緊張の3分間余り、神事に参加するために集まった全員の目が小林社長に集中した。「おれを追い越さなければだめだ。」帽子を元に戻した小林社長が4人をふりかえった。
自らも、25年前長野県技能競技大会(昭和60年フライス盤職部門)で1位を獲得した技術を持つ小林社長「工場も設備も全てなくした被災地の方が、もう一度再起したいと話していた。そのご苦労を思えば何でもできる。若さで、やるぞという強い意志をもっておれを超えていってくれ。そのための道場だ、がんばれ」励ましの声に期待がこもる。

大きな決断

技能五輪長野大会に参加する

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技能五輪全国大会は、23歳までの若者の技能レベル日本一を競う大会で、将来の日本を支える技能者を育てることや「ものづくり」の大切さを知ってもらうことを目的に開催される。2008年8月に、この技能五輪全国大会の2012年の開催地に長野県が決定。もちろん大会で競われる「技能」は、製造業だけではないが、長野県の基幹産業である製造業にとっては、若手育成の大きなチャンスであり、県を挙げての取組みが始まっている。

「千曲技研からも是非選手を出してもらえないか。」小林社長にも誘いがかかった。迷いながらも上位成績者を輩出している企業へ見学に行ったり、昨年は技能五輪全国大会が開かれた神奈川に足を運んだ小林社長は「自社のレベルの低さに愕然とした」という。「すばやく」が生き残りへの必須条件といいながら、納期に間に合わなければ「漠然と残業して製品を作っていた」と気がついた。製品は千曲技研でも出来るが、千曲技研では時間制限がない仕事をしていた。「1日4つしかできなかったところを、5つ6つと出来れば」「限られた時間の中で、高精度の製品造りできれば」それは更なるコスト削減になる。スキルアップのためにチャレンジ道場の開設を決意した。技能五輪に参加したい人を募った。新卒2名大卒1名社員から1名計4名が集まった。

迷いはもうない「人材を育てることは社員の総意」

神事を終えて「きょうは、いわば種まきが終わったところ。しかし、花が咲くか実がなるか、これからですよ。何より難しいのは継続していくことです」と小林社長。チャレンジ道場の研修生は勤務時間=研修時間だ。震災後から仕事量が落ちたとはいえ、生産現場を離れて研修を続けさせることは、全社員の協力と理解がなければ出来ないことだ。小林社長の迷いも十分にわかる。
また、社員には、決められた時間内で決められた精度を出す技能を身につけるためにと、技能五輪のような年令制限がない技能検定の参加を促した。今年は前期後期で15人の社員が2級を目指すという。「うれしいことですよ。」社長の思いの受け皿がここにもあった。「全員の技術力を上げる」大きな大きなプロジェクトが動き出している。

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技術の原点を身につける道場

スピードはコストの時代

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「千曲技研の強さは速さです。」小林社長は改めて繰り返す。千曲技研には開発設計から加工までのラインがある。しかもそこに並ぶのは最新の装置。例えば、5軸加工機は2010年に国産の装置を、2011年の3月にはドイツ製の機械を購入した。
「段取りが一段とスムーズになりました。日本国内最先端の仕事がここにはあります。」現場の声は製品への自信だ。材料と図面さえもらえば、どんな金型も製造できる。しかも『すばやく』コストも抑えて。

しかし、この機械を使いこなすには技術がいる。先端の技術と設備を使える社員の存在が不可欠なのだ。現在、これらの機械を使いこなしているのは入社20年・30年のベテラン世代。彼らの身についた技術や知識を、これからは若手につないでいく。それも3年から5年で身につけさせるのがチャレンジ道場の役割、技術の原点を身につける場所でもある。「今、この道場を作らなければ伝えられない技術がある。」社内からそんな声も聞かれた。そして、将来は出来ればここで指導者も育てたい、チャレンジ道場には千曲技研の明日がかかっている。

社員の暮らしが豊かになることを目指して

「まず当面の目標は今年の千葉大会に向けて県の予選会に出ることです。」しかし、技能五輪は将来のものづくり人材を確保するための一つのきっかけにすぎないと小林社長は言う。夢は社員の暮らしが今以上に豊かになること、最後は「やる気のある社員の目つきを見て欲しい。」と力強く締めくくった。

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【取材日:2011年4月20日】

企業データ

千曲技研株式会社
長野県南佐久郡八千穂村大字畑505-1 TEL:0267-88-3173
http://www.chikumagiken.co.jp/