[サイプラススペシャル]143 規模・シェアのものづくりからの脱却 “How”から“What”へ

長野県安曇野市

ちくま精機

「社員数は3分の1、いや4分の1に減りました」。さまざまな思いがこもった花村薫社長(63才)の言葉が、工場に向かう廊下に響く。安曇野市明科、犀川の清流を望む豊かな自然の中に株式会社ちくま精機の本社工場がある。道路を挟んで広がる広大な敷地内に5階建と3階建の社屋が渡り廊下でつながっている。「今日(きょう)のちくま精機を見てほしい」。花村社長のリーダーシップのもと、変革の一歩を大きく踏み出したちくま精機。新たな挑戦が始まっていた。

ちくま精機といえば

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ちくま精機は、1969年創業、時計・プリンタ・プロジェクタ等の精密電子機器の受託製造を事業の柱として歴史を重ねてきた。消費者が直接手に取る製品に「ちくま精機」の名前はないが、本社工場から出荷されるのはちくま精機の技術、ちくま精機だからこそできた精密電子機器製品ばかり。創業以来の積み重ねてきた技術力をバックに、実に全体の95%をこうしたOEM生産が占めており、国内では受託生産企業としての高い評価を得ていた。この時代を花村社長は「受託業者として頂点を極めた」と振り返る。しかし、ものづくりの環境は経済のグローバル化の中で激変、アジアを中心とする新興工業諸国の台頭もあって、ちくま精機は転換を迫られた。発注先が生産を海外へ移したのだ。2007年、リーマンショックの前年のことだ。

経営の決断~HowからWhatへ

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「ものづくりの環境が大きく変わりました」。花村社長は穏やかに語る。「自己否定を迫られる変化でした」。
売上げも人も工場内のスペースも、そのほとんどを占めていた受託生産事業部門が、突然、作るものがなくなってしまった。それまでの"How"どういうふうにやっていこうかというものづくり、受託先の要求にフレキシブルに、スピーディにさらにちくま精機の開発力や提案力をプラスして成り立っていたものづくりが崩れたのだ。
その時求められたのは"What"「何をつくるんですか?何をして企業を伸ばしていくんですか?」という企業としての方向付けだった。花村社長はそれを「HowからWhatへ、受託から自立への変化」と説明する。「規模・シェアのものづくりから自社の製品製造へ」という大きな転換、まさに「経営の決断」を迫る出来事だった。

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95%から50%へ~新しいステージ

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「受託生産は50%になりました」。この数年の変化を数字が語る。現在の社員数は160名だが、そのうち約4割は技術者だ。事業内容もパソコン製造や修理、インクカートリッジ製造の受託生産事業の他、ガラス・プラスチック・フィルムなどへの薄膜蒸着事業、製造現場の自動化省力化を進めるFA(Factory Automation)装置の開発や製造を行うエンジニアリングシステム開発事業、そして自社ブランドによる初の消費者向けの製品、全自動家庭用生ごみ処理機の製造販売を手がけるライフケア事業の4部門に再構築した。ちくま精機の新しいステージの幕が開いた。

自立したメーカーへ

消費者に届くちくまの技術

4部門の中でもライフケア事業の全自動家庭用生ごみ処理機の製造販売は、「HowからWhatへ」の象徴的な取り組みだ。2010年夏、他社から製造スタッフ・営業スタッフ・開発スタッフすべてを譲り受け、1年かけて開発製造を進め、この8月16日に製品の発売にこぎつけた。この事業を「自立したメーカーへの第一歩」と花村社長は位置付ける。これまで全く手がけなかった最終商品の製造販売さらにアフターサービスまで一貫して行うものづくりは社内の活性化につながり、第2、第3の消費財の開発や販売にも結びつく、ちくま精機再生の象徴である。しかも「特徴のあるいい商品なので、手を加えてじっくり育てたい」と将来への期待も大きい。

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大量の生ごみが約20分の1に

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生ごみ処理機は屋外設置型の「クリンカラット(CLEAN CARAT)」とシステムキッチンの流し台に組み込むタイプの「キッチンカラット」と命名。どちらも野菜くずなどのいわゆる生ごみばかりでなく、魚の骨や貝殻もアサリ程度のものであれば特殊粉砕装置で粉砕し、乾燥、ごみの容量を減らす仕組みだ。
流し台に組み込むタイプのものは生ごみを粉砕するときに水を加え、これを固液分離フィルターで水と固形物を分離し、固形物を乾燥させる。シンクに直結しているが乾燥時に排気ファンが稼動するため、生ごみの臭いが逆流することはない。粉砕時の音量もそれほど気にならず、乾燥処理で最初の約20分の1に減量されたごみは有機肥料としてリサイクルも可能、4人家族のごみ出しは1ヶ月に1回程度ですむという。
電気料金も夏であれば1ヶ月に600~700円、後付けもできるが、住宅やマンションの建設時に最初から設置しエコライフをアピールすることを考え、システムキッチンのメーカーと更なる改良を進めている。

液晶モジュール点灯検査装置「Freedom」

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もう一つ好調なのがスマートフォンなどに使われている中小型液晶モジュールの点灯検査装置の製造・販売だ。液晶画面が正常に表示されるかどうかを検査する装置で、受託生産で液晶モジュールの実装をしていた際使っていた検査装置を改めて使う立場で見直し、もう少し使いやすくもう少しスピーディにつかえないかと研究を重ねた製品だ。ソフトウェア、ロジック、電子回路、基板などの設計は自社開発、部品の実装、組立までちくま精機の技術が詰まっている。
「使う立場」で積み重ねた経験を生かし、導入した後の現場でのカスタマイズも容易で汎用性も高く、オプション機器などにより拡張性にも優れている検査装置、価格も抑えた。商品名はコンセプトそのものズバリ「Freedom」。今年7月には販売数1000台を達成しており、ちくま精機いち押しの製品に成長した。

その他の1品1様のFA機器を製造する部門では、豊かな機能、使いやすさはもちろん短期間に設計から組み立て納品までを可能にする確実な技術力が、ちくま精機の評価を高めている。花村社長は「構想力といいますか、声がかかったときどういう手順で形にするのか、という発想のやわらかさが注文をいただけるかどうかの鍵」そこに「使う立場の目線が生きるちくま精機のマンパワーがあります」と表情を緩める。

国内生産ならではの高付加価値製品の提供を

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一旦はすべて海外へシフトした受託製品の生産が一部ではあるがちくま精機に戻ってきていた。世界品質、クラス10000のクリーンルーム(クラス10000とは1フィート立方中に0.5 ミクロン以上の微粒子が10000個以下の清浄なエリア)の一角では24時間体制でインクの生産が行われていた。国内のマーケットが必要とする高品質な製品であればこそ供給の中断は許されない。高付加価値の製品を24時間供給できる生産体制、ちくま精機の原点がここにある。

「社員が社長から自立するのが理想です」

「ちくま精機は、やらなければいけないことがいっぱいあります。これをやればまだまだ40%はのびます。準備はできていますよ」。花村社長の表情はどこまでも穏やかだ。
chikumaseiki11.jpg 「受託生産を行っていた時のノウハウや技術力は受託生産という環境でこそ発揮できるもの、自立への大きな構造変換の方針を出したとき、足りない技術がたくさんありました」。原動力は社員の中に潜んでいる。それをいかに引き出し、ちくま精機のものとして顕在化していくか、それが社長の役割ですと語る。大きな変換は、社員の努力で勝ちとったものと話す花村社長の理想は「社員が社長からも自立すること」。
花村社長には次のステージが射程に入ってきているに違いない。

【取材日:2011年10月5日】

企業データ

株式会社ちくま精機
長野県安曇野市明科七貴6043 TEL:0263-62-2355
http://www.chikumaseiki.co.jp/