[サイプラススペシャル]145 手作りの良さを生かしたランドセルをつくる 喜びは子どもたちの笑顔

長野県佐久市

千曲鞄工(ナース鞄工長野工場)

テレビでランドセルのコマーシャルが流れる季節、長野県内にもランドセル製造工場があると聞いて取材を申し込んだ。佐久インターを降りて車で10分、門を入ると敷地奥には真新しい建物、社屋横では増築用の基礎工事が始まっている。“少子高齢化”が進む今日、ランドセル市場は影響を受けてはいないのだろうか。早速ドアを叩いた。

ランドセルの専門メーカー

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佐久市浅科にある千曲鞄工(ほうこう)は、1963年に設立されたランドセル製造専門の鞄(かばん)工場だ。1948年、地元出身の故依田弘氏が、東京で現在のナース鞄工(ほうこう)を創業、1958年ナース鞄工が作ったランドセルが鞄業界で初の文部大臣賞を受賞すると受注が増加、ランドセルの量産体制が必要になり、地元に貢献したいという思いからナース鞄工の長野工場として創設されたのが千曲鞄工だ。以来ランドセル製造一筋、社長に就任して1年余という森本清一社長(58才)は、ランドセルの並ぶショールームで「作り手としてランドセルを背負った子どもの笑顔を見るのが何よりうれしい」と笑顔で迎えてくれた。

1日に500個、年間では10万個

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ランドセルというと、1つ1つが職人の手作りというイメージが強いが、ここ千曲鞄工では、1日に500個、1年間で10万個ものランドセルを作っている。全体の7割は大手量販店や百貨店向けのOEM製品だが、残りの3割の製品はキッズアミ(Kids=子どもAmi=仲間)という自社ブランドで工場直売や専門店、ネット販売など独自に販売している。

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当然10万個のランドセルをすべて手作りするというわけにはいかない。千曲鞄工のランドセルの特徴は工場生産ではあるが、手縫いを残していること。たとえば肩ベルトの付け根は、すべて手縫い。最も負荷がかかる部分だから、ミシン縫いの上に、手縫いで補強する。手縫いといってもステッチの幅や糸の色に違和感はない。


naas06.jpg縫製や組み立てにはコンピューターミシンなどの最新鋭機器も導入して、効率化を図っているが、完成まで150から場合によっては180にもなるというランドセルの製造工程では「小学生が6年間触れるものだから手をかける部分はできるだけ手をかけていきたい」と創業時の精神を忘れてはいない。

手作りの良さを生かしつつ

材料の裁断は本社のナース鞄工で行われているというが、すでに製造部門は繁忙期に入っており、人も機械もフル稼働だ。森本社長は工場内のあちらこちらに積まれた材料や部品の間を縫うようにして、千曲鞄工のランドセル製造についての説明を続ける。

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かつては、本皮が主流であったランドセルも、現在は軽くて加工もしやすい"クラリーノ"という合成皮革を使った製品が全体の8割にもなるという。ランドセルが直接子どもたちの身体に当たる背当てや肩ベルトの部分は、特に衝撃吸収性、耐久性、柔軟性のある素材が使われており、それらを特殊な専用の糊で貼り付け縫い合わせる、端の部分は包み込んでもう一度ミシンで縫い込むといった細かい作業で出来上がる。外からはなかなか見えないが、こうした人の手による工程がランドセル全体の商品価値を決める大事な部分だ。さらにカーブしている隅の部分は、素材を伸ばしながらミシンをかけ、装飾を兼ねた襞で美しくまとめ上げられていく。厚さや性質が異なる複数の素材を縫い合わせるミシンの速度は、床のペダルをつま先で調整する。留め具の取り付けなども一つ一つが手作業だ。
1から10までコツコツ手作りして完成させるという職人的なやり方ではないが、それぞれのパーツ作りは、すべて手仕事の積み重ね。指先から足先までを使った正確でスピーディな作業に無駄はなく、担当者の高い集中力は見とれてしまうほどだ。生産数量を追求しながらも、品質も落とさない完成度、「子どもたちが使うものだからできるだけ手をかけて」という思いがまさに伝わってくるランドセル工場だ。

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機能もファッションも

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ショールームの棚に並んだランドセルを見て、まず打ち砕かれるのは女の子用、男の子用という色の先入観だ。サックス・ブラウン・キャメル・カーマインレッド・オレンジと、まるで子供服の売り場のよう。そして外見はといえば、従来の学習院型という縦長の製品だけではない。グッドデザイン賞を受賞した横長のものや"かぶせ"とよばれる蓋が半分のものもある。さらに、マチの部分にラメを入れて光るもの、刺繍やハートの型押しをしたもの、ガラスが埋め込まれた鋲を使ったものなど大人のハンドバッグ並みにデザインを重視したランドセルもある。機能もA4サイズの教科書やファイルが楽に出し入れできるとか、肩ベルトに防犯ベルをつける完全茄子カンを下げるなどいろいろな工夫が見える。軽くて6年間使い続けることができる丈夫なランドセルをという基本的なニーズとともに「生き残っていくためには毎年毎年子どもたちが喜んでくれるデザイン的にも付加価値の高い製品を市場に出していくことが大事」。と森本社長は語る。

季節商品から年間商品へ

「ランドセル業界では千曲鞄工は中堅です。どの商品も6年間の保証付き、修理もします。価格は3~4万円台が多いですね」。少し前までは、ランドセルは季節商品でクリスマスから商戦が始まったが、量販店が扱うようになってからは6月ごろから動き出し、年間商品になりつつあるという。客単価も高く、確実に売れる商品ということで、量販店も販売に力を入れている。完成度や納期など量販店の要求は厳しいが、職人気質が残っている鞄業界では体験できなかった「厳しさに育ててもらいました」。と森本社長。職人が手作りしたランドセルは、それはそれで価値があり、そこで生き残る方法もあるが、企業として社員を抱えてやっていく以上ある程度のシェアをとる中堅どころを目指す、足元はしっかり固めている。

縮小する市場でシェアを拡大

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最後に案内されたのが真新しい建物、ランドセルの倉庫だ。すでに半分の棚は製品で埋まっている。少子化の中で、小学校入学児童は100万人を切り、拡大が見込まれる市場ではない。また、ランドセルの売れ筋は毎年変わり、売れ残った商品はデッドストックとなる可能性もある。
しかし、「大手のシェアを食っていきたい」。と森本社長は攻めの姿勢だ。自社ブランド製品の直売やネット販売で消費者ニーズを確実にキャッチし、量販店向けの製品にも力を入れていけば、いま右肩上がりに伸びている販売量を更に拡大していけるに違いない、シェアを持っていれば素材の確保や価格の設定にも対応できる。そのためにも、今本社でやっている原材料の裁断も千曲鞄工で行い、完成まで一貫生産にして年間の生産量を10万個から12万個まで増やしたい、千曲鞄工の大きな挑戦が始まっているのだ。

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厳しいシェア争いを続けながらも、やはり最後は「作ってよかったという、ものづくりでしか味わえない喜び」を語る森本社長だ。何よりも、ランドセルは、"日本にしかない文化的商材"、ランドセルを背負う子どもたちの笑顔に日本の未来を重ねる。「ランドセルをつくる喜びは、小学生がランドセルを背負って手にしたときの喜びの笑顔です」。子どもたちの笑顔が見えるものづくり、ランドセルには大人の夢も詰まっている。

【取材日:2011年10月25日】

企業データ

有限会社千曲鞄工
長野県佐久市蓬田126-1 TEL:0267-58-2502
http://www.naas.co.jp/