長野県長野市
信州大学工学部教授 大石修治
高品質のルビーを研究室でつくる!?
秘密は「フラックス法」
「美しい宝石、私たちがつくりました!」 研究室の学生たちが手にするのは、紛れもない本物のルビー。 信州大学では、高品質な天然ルビーの結晶のひとつ「六方両錐(ろっぽうりょうすい)」を、世界で初めて人工的につくることに成功しました。
【特集】信大工学部のスゴいものづくり。今回は環境機能工学科教授の大石修治先生が研究室でつくる「高品質人工ルビー」をご紹介します。
世の女性を魅了する、ルビーの赤い輝き。
信大工学部の大石先生が研究室でつくった、美しいルビーの結晶です。
「私たちのつくったルビーは、六方両錐というカタチをしています。世界初、でした。」六方両錐とは、六角錐(ろっかくすい)を2つ合わせた十二面体。高価な天然ルビーと同じ結晶を大石先生は、世界で初めて人工的につくりだすことに成功しました。
世界初の六方両錐なぜ、ルビーは美しいのでしょうか。色はもちろん、そのカタチにも秘密があります。
大石先生は、天然ルビーと同じカタチのルビーをつくることができます。
宝石など高価な天然鉱物は、「自形」といってその鉱物特有の結晶構造を持っています。
「ルビーの自形は、板状か六方両錐。今までの技術では板状のルビーしかつくることができませんでした」と、大石先生。
「別に、新しい技術を発見したわけではない。」
どうやって結晶をつくるのか?という質問に対し、大石先生の答えは意外にも「ローテク」「昔からある技術」をつかって、ルビーの結晶をつくると言います。
「フラックス法という方法で作りました。」
「溶液からの結晶成長です。フラックス法は昔からの方法で、非常に簡単に結晶を作ることができます。」先生の研究する「フラックス法」とは、一体どんな方法なのでしょうか?
フラックスとは「溶媒」、つまり溶かす液体のことです。
「結晶の融点以下の温度で結晶を育成できます」と、大石先生。
ルビーの主な原料は、酸化アルミニウム。酸化アルミニウムだけだと透明ですが、ここに微量の酸化クロムが含まれると赤くなります。
結晶をつくるためには、いったん高温で物質を溶かし、再び冷やして固める方法が一般的です。しかし、ルビーの解ける温度・融点はおよそ2050℃。生産条件が難しい上に、この方法ではきれいな自形をもつルビーをつくることができません。
「はるかに低い温度で結晶をつくることができます。」
大石先生の研究する「フラックス法」の原理は、塩水から食塩の結晶をつくるのと同じ。食塩(=塩化ナトリウム)の融点は約800℃ですが、水に溶ける性質を利用すれば、常温で結晶をつくることができます。
ルビーも同様。特殊なフラックス(溶媒)に溶かすことで、およそ1000℃で結晶をつくることができます。
簡便な装置で製造可能「フラックス法の特徴は3つあります。」
ひとつめはもちろん、融点より低い温度で結晶をつくることができること。
「ふたつめは、フラットな結晶面で囲まれた結晶が成長すること。3つめは、装置が簡便で操作がやさしいことです。」
銀杏が色づく信大工学部キャンパス。環境機能工学科棟で、大石研究室の学生たちが研究をしています。
実験をする一室には、数台の電気炉が並んでいます。サイズは小型冷蔵庫ほど。
「他の実験設備に比べると、電気炉はそんなに値段も高くない。実際に、一般人でも電気炉を買って、自分でルビーの結晶をつくってしまう人もいるんです」と、大石先生。
「難しかったのは、フラックスの選定。溶媒を探すのに苦労しました。」
美しいルビーの結晶をつくるために、一番大事になったのはルビーのもとになる酸化アルミニウムを溶かすフラックス探しだったと、大石先生は振り返ります。
「酸化モリブデンをフラックスに選びました。」
大石先生の最大の発見は、溶媒に酸化モリブデンを使ったことにあります。酸化モリブデンを使えば、わずか数時間で六方両錐の結晶ができることに気がつきました。
「酸化モリブデンを見つけただけでも大きな発見でした。さらに『おまけ』までついてきたんです。それが美しい六方両錐のカタチです。」
「セレンディピリティ(偶然の出会い)でした。努力を続けていれば、良いことがあるんです」と、大石先生。
「大事なのは、多少の理論。あとは試してみることです。もちろん理論は、それまでの努力や経験に基づいています。」美しいルビーの結晶は、まさに先生の努力の結晶でもあったのです。
先生の技術を活用すれば、ルビーのコーティングも可能。また、家庭用のアルミホイルからもルビーをつくることができます。
ダイヤモンドの次に硬い物質ルビーは、宝石の他にもボールベアリングや軸受、IC基板など工業分野でも利用できます。
長野県で生まれた世界初の人工ルビーの結晶。新しい産業の一歩になるかも知れません。
(研究室のご案内)信州大学工学部 大石修治教授