長野県安曇野市
多田プレシジョン
金属工作機械加工分野の「現代の名工」でもある多田勲社長(67才)が率いる鉄職人集団多田プレシジョン、プレシジョン(=精密)という社名の通り、精密部品加工では全国屈指と高く評価されている。安曇野市三郷の水田地帯にある工場を取材した。
「多田プレシジョン」と書かれた金属製のV字型の看板の先にはクローバーが植えられた土の道、その奥にある土蔵造りの白壁に囲まれた和風建築の建物、風景にとけあいながらも主張のあるたたずまいだ。しかし、多田社長から「工場が手狭になって、安曇野に似合う日本建築の工場を建てたいと思いました」と説明されても、ここが精密部品加工工場と足を止める人は少ないだろう。
古民家再生のプロで日本建築の第一人者の降幡 廣信氏に依頼したという設計施工の建物は、鉄を扱うプロとしての矜持と加えて職場環境は仕事の成果に直結するという社長の哲学がある。つまり工場は「一生の内会社で働く時間、共に過ごす時間は短くはない。固くて冷たい鉄を扱う仕事だからこそ、柔らかいぬくもりのある環境がよい製品作りに結びつく」「現代のものづくりを支える先端技術の基には、昔の日本の木を扱う大工の職人技術があり、その木工技術が駆使された建物にはものづくりの魂がある」という社長の考えを表したものなのだ。
多田プレシジョンは、アルミ・鉄・ステンレスなど、主に「切削」という加工技術を駆使し、超精密部品をつくっている。求められる精度は1000分の1ミリ以下だが、常に公差(=許される誤差)ゼロを目指して、高品質な製品づくりへの挑戦を続けている。主な製品はFA用メカニカル部品、開発用特注部品、精密試作品だが、最終製品は明らかにされずこのような形状のものを作ってほしいと図面のみ送られてくるケースも多い。更に途中までやって出来なくて持ちこまれるものもあるという。
数は単品でも100個単位でも、また、時に頼まれる農機具の修理でも、金属加工であればどんな難しい注文でも引き受ける。しかも、この多品種少量生産の工場の姿勢は絶対に「出来ないとは言わない、誠心誠意のものづくり」。ここにも多田社長のプロとしての哲学がある。
「どんな難しい注文でも断りませんよ」多田社長は当然のように言うが、難しいといっても、素材の扱いや複雑な形状といった加工技術だけではない。人に出来ないものをいかに早く、希望する値段でつくりあげるか、それが多田プレシジョンの技術だ。
「部品が壊れてうちに修理の依頼があったとき、もし修理を断ったら、その機械で作る製品を待っている先のお客さんが困ります。今日の明日でも納期は絶対に守ります。断れば二度と仕事は来ない。それでは生き残れません」命を預かるお医者さんでも休みはとるが、多田プレシジョンに休みはない。24時間ものづくりを引き受けるいわば「ものづくりの緊急医」、多田社長は、寝室でもトイレでも電話は離さない。連絡はいつでもどこでもOKだ。
プロとは、難しいものや人ができないものだけを作る人ではない。「連絡が取れる、すぐやってくれる、当てになる人。それが本当の腕のいい人なんです」。しかも「そういう人は必ずいいものを造るんですよ。」金属加工50年余の多田社長の言葉に思わず頷いた。
「何十年お取引がある会社でも社長さんの顔も知らないことはあります。連絡を取れば作ってくれる。それがプロとプロの信頼関係です。当てにならない人間は技術もない。プロは逃げない」。言葉はシンプルだが、先頭に立って実践し、継続することは簡単ではない。
黒光りする廊下が切れたところが工場の入口だ。戸をあけると、油の匂いとともにNC旋盤やフライス盤・研削機などの加工機が目に飛び込んでくる。どんな注文が来ても対応できるように設備を保持、だから、12名という社員数よりも設置された加工機械の台数の方が多い。汎用機が中心だが、独自に工夫した加工用工具や測定器も並ぶ。
「2流の機械で1流以上の仕事をする。足りないところは人の技術で補う」良く整備された機械を前に多田社長は笑う。「機械を使いこなし機械の上を行くような技術がないといい仕事は出来ない」自分の技術技能を上げることに打ち込んできた社長の力のある言葉が工場に響く。
多田社長が24年間勤めた会社を辞めたのは、39歳の時。そろそろ現場を離れて管理職にという会社の意向に「ものを作りたい、技術や技能を磨き続けたい」と考え抜いた結果だ。準備期間を経て、1986年(昭和61年)に創業した。「絶対に出来ると自分を信じて技術を広げてきました。1つ教わると20にも30にも応用が出来ます。それをヒントに研究し、より高度な技術を自分のものにしてきました」。
技術技能は毎日の積み重ねと、努力の人は今も自分に厳しい。
常に前に出ることを実践してきた多田社長が現在考えているのは技術を伝え残すことだ。「自分が歳をとってできなくなってしまうと終わりかなと思ったが、人に伝え残して初めて技術はもっと生きていく、次の時代に広がっていくのでは」と考えたという。
「最後にものを言うのは基礎的な技術と姿勢」。工場の敷地の一角に「基礎技能研究所」の看板をたて、基礎技能の大切さを社員に説いているが、基本は現場主義だ。社員に社長は口だけじゃないかと思われる前に、やってみせる。機械の操作だけではない。体の動き、目の動き、足の動き、材料を削る音や触った感覚まで、伝え残したい。フライス盤を前にした軽快で無駄のない動きに、鍛えてきた自信が溢れている。
国内産業の空洞化で「造る」から「創る」へといわれる昨今、しかし多田社長は「ものづくりは減るかもしれないが、なくなることは絶対にない」と力をこめる。「海外に行けばコストは安くなるが、国内にあっても意識を変える、道具を工夫するなどやるべきことはたくさんある。手を抜くことも技術、無駄をなくすことも技術です。」説得力のある説明が続く。
「社員にはかっこいいおしゃれな人間になれといっています」。多田社長に笑顔がこぼれる。言われたことが出来るだけではなく、多田さんに頼んだ製品は一味違うといわれる製品を作れと社員に言葉をかける。心意気は物を作る"デザイナー"、感性を磨いてあか抜けた製品を作る。お客さんが期待する多田プレシジョンの製品なのだ。
営業担当はいない技術者集団だから、作り上げた製品が多田プレシジョンの技術と技能を雄弁に伝える営業マンだ。
「みんなが脇役みんなが主役、みんなが経営者なんです」。多田社長は繰り返した。
安曇野の風景に一番似合うのは、白壁の建物よりも、製品の向こうにいる作り手一人一人の姿なのかもしれない。
有限会社多田プレシジョン
長野県安曇野市三郷明盛3680 TEL:0263-77-3928
http://www.tadaprecision.co.jp/