[サイプラススペシャル]172 神様が住む諏訪湖をほっとけない 自然と共存する味噌工場

長野県諏訪市

竹屋

味噌の生産全国第一位の長野県、その長野県内の4分の1の味噌を製造しているのが諏訪地方にある数々の味噌蔵だ。この地で味噌の製造販売を始めて140年の株式会社竹屋もその一つ、『タケヤ味噌』の商標で関西・中京・関東を中心に信州味噌を出荷している老舗である。味噌の製造工程で発生する環境負荷を軽減しながら、日本の食文化の代表でもある味噌の生産を守る、21世紀型ともいえる味噌造りへの取り組みを取材した。

"醸造の里"諏訪

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「諏訪地域の微生物は優秀です、ここには美味しい日本酒の蔵元もたくさんあるし、醤油屋味噌屋も多い。全て微生物と関係がある産業、"醸造の里"と銘打って町おこしが出来るくらい発酵の適地だと思います」。この地で生まれ育った竹屋社長藤森郁男氏(71才)は、表情豊かに語る。
諏訪の気候は、大陸的で乾燥しており、昼夜の寒暖の差は大きい。1年を通しても夏の30度前後に上がる気温は発酵を促し、冬の氷点下10度にまで下がる寒さは雑菌の繁殖をおさえる。その温度差の中で、味噌の熟成が進む。その上周囲の農村地帯では味噌の原料となる米や大豆も栽培されていた。味噌は各家庭で造るものという経験やノウハウが、味噌の製造販売を産業として発展させてきたのだ。

日本人の知恵が込められている味噌

江戸時代には旅館(旅籠)を営んでいた竹屋が、本格的に味噌の販売をはじめたのは1872年。以来、春に仕込み10ヶ月から1年半はじっくり発酵熟成させて出荷する『天然醸造』の味噌を造り続け、今もしっかりその味を守っている。

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タケヤ味噌の原料は、大豆と米と食塩、そして味噌の個性ともいうべき色や風味を作り出す微生物だ。主原料の大豆を洗浄し、水に浸けて潤す。水を吸って膨れた大豆に火を通しすりつぶし、そこに米麹と食塩を入れて混ぜる。華やかな香りを出す同社オリジナルのY-8酵母菌と信州味噌独特の山吹色に仕上げるこれもオリジナルのTK-1乳酸菌を加えて発酵熟成させる。こう説明すると原料も作り方もシンプルだが、生き物である 微生物を桶の中でコントロールしながらゆっくりとした時間の流れのなかで味噌に造り上げ、変わらぬ味や品質を維持継承するには経験と技術が不可欠、蔵の歴史と職人の技があってこそのタケヤ味噌なのだ。

また、食生活の変化で家庭での味噌購入量が減り、ものが溢れている時代にあっては消費者に選択してもらう個性も必要。「文献で味噌を確認できるのは奈良時代、それからでも1300年は経っている。日本人の知恵が込められている味噌を守りたい、私は味噌と心中してもいいと思っているんです」。味噌への愛情が伝わる藤森社長の言葉だ。

ほっとけない、諏訪湖には神様がいる

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日本が高度経済成長期を迎えた1960年代に諏訪湖の汚染が社会問題化し、味噌工場からの排水が諏訪湖汚染の1つの原因ではないかと指摘され始めた。例えば、大豆の煮汁はかつて農家が豚の餌に混ぜて使っていたほど栄養の豊かなものだからである。
諏訪の人々にとって、諏訪湖は暮らしも文化もそれなくしては語れないほどの身近な存在。諏訪湖畔で味噌を作り続ける竹屋としても、水質汚染を示す科学的な数値の大小にかかわらず、神様が住んでいる湖をこのままほっておくわけにはいかなかった。
「(それまで)諏訪湖は一生懸命自浄作用を働かせてきたんです。でも、あるとき、その限界をこえ、人であれば入院が必要な状態になってしまったんです」。自分も諏訪湖とともに育ってきたという藤森社長は、この水質汚染問題をどうにかしなければと、積極的に取り組みを始めたのだ。

「煮る」から「蒸す」へ

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味噌の品質は絶対に落とせない。その中でどう解決するか。排水を薄めても根本的な解決にはならない。一番困っていたのは大豆を軟らかく煮るときに生じる煮汁。考えた解決策は「煮る」から「蒸す」への工程変更だった。実際に水の使用量は3分の1になったという。米も、割高だが水で洗わずにすむ無洗米を採用する。どちらも味噌の品質そのものに影響は出ない。そして、1971年には敷地内に味噌の蔵元では日本初となる排水処理施設を完成させた。

案内された工場内には大豆を蒸すための高圧蒸煮缶というステンレスの大きな横長のタンクの形をした蒸器が設置されていた。味噌を発酵熟成させるための薄暗い倉庫とは全く異なる空間で、作業する人影もまばら、完全にオートマティック化されている。

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排水処理も味噌作りと似ている!!

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「試行錯誤を重ねてわかってきたのは、排水処理が味噌造りとよく似ているということ。温度とpHをきちんと管理して微生物が動きやすい環境を作ってやれば、微生物が自浄作用を発揮して、排水はきれいになるんです」。微生物の話をする藤森社長は本当に嬉しそうだ。
そして、竹屋の味噌造りは「環境の時代」へと歩を進めた。

「タケヤ味噌会館」を造る

冬でも石油やガスは全く使わない

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「21世紀は省資源・自然エネルギーの時代と聞き、そのモデルとして作ったのがタケヤ味噌会館です」。1階機械室2階店舗3階事務所からなるタケヤ味噌会館は、2000年に完成。藤森社長の言葉通り、使われるエネルギーは太陽光をはじめ味噌工場の廃熱や温泉熱等の自然エネルギーを活用しているという建物だ。冬でも石油やガスは全く使わない。飲む水は水道だが、雨は雨水タンクに貯めてトイレなどで再利用する仕組み。この雨水に加えて、排水処理施設から生じる汚泥などは建物内のグリーンスペースで栽培される農産物の肥料として活用している。「一番お金がかかったのは断熱設備ですが、味噌作りは断熱の歴史でもありましたし、味噌そのものが省エネの食べ物です」。「作った当時は新しかったが、12年も経つとちっとも珍しくない当たり前」。社長のさらりとした物言いに気負いはないが、玄関の敷石は昔の味噌作りで使われた重石、2階の店舗に一角にあるラウンジのイスやテーブルは使用済みの木桶の再利用ときけば、竹屋の先進性に富んだものづくりに目を見張る。

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味噌の情報発信基地として

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ゼロエミッションを目指し、省エネで自然エネルギー活用型の工場は、自然との共存を実現しているものづくりの現場でもある。しかし、藤森社長には「このままでは味噌が忘れられてしまうのではないか」という強い危機感がある。だから、このタケヤ味噌会館は味噌造りの最前線であるとともに、「味噌の情報発信基地」でもある。
2階の店舗フロアには調理室も設け加工品を作る様子を見てもらう、販売する商品には必ず試食を添え、塩辛い、硬い、軟らかいといった味噌の個性を味わってもらう、そして消費者の声をきき、情報の収集をする。「30BAR(みそばー)」という喫茶コーナーでは1杯100円で味噌汁を飲むことができる。藤森社長は、「伝統食品は、親から子へ 子から孫へと伝わってこそ価値があるもの。味噌が日本人の健康にどれほど寄与しているか、きちっとした検証評価も必要」と考えている。


造り続けたタケヤ味噌が評価されて内閣総理大臣賞をはじめ何十枚もの表彰状があるが、味噌会館を訪れる人の目に触れるのは天然醸造の仕込みの冴えのある美しい山吹色の味噌だけ。味噌会館の脇にある「菌塚」は、いい味噌ができるのは自分の力だけではなく微生物のおかげですよと祀ったという。タケヤ味噌会館は諏訪湖畔で美味しい信州味噌を造り続けたいという強い意志でもある。

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【取材日:2012年04月20日】

企業データ

株式会社 竹屋
長野県諏訪市湖岸通り二丁目3番17号 TEL:0266-52-4000
http://www.takeya-miso.co.jp/index.html