長野県上伊那郡飯島町
信英精密
信英精密は昭和51年に創業した、治工具や省力化機械などの金属精密加工をおこなうものづくり企業。この信英精密が近年新たな事業として立ち上げたのが、シカやイノシシなど農作物や植物を食い荒らす有害動物用のくくりわな。「信英式ワイヤートラップ」と名付けられたこの製品は従来のものに比べて高い位置で縄をくくれるため、獲物を取り逃がすケースが少ないという。全国の自治体等に需要が広がっていて、会社の売上高の半分近くを占めるまでになっている。
「とにかく国内で生き残るために、何とかオリジナル製品を作りたいというのがきっかけでした。」と語るのは、社長の伊東征勝氏(68歳)。開発したのは「信英式ワイヤートラップ」と呼ばれる動物用のくくりわなで、全くのオリジナル製品だ。開発のきっかけは、伊東社長自身の狩猟経験。わなを仕掛けても逃げられてしまうケースが多く、「それなら自分で作ってしまおう」という思いから開発をスタートさせた。
ワイヤートラップの開発を始めたのは平成20年。その翌年にリーマンショックが起こり、他社と同様に信英精密も大きな打撃を受けた。この時伊東社長は改めて自社オリジナル製品の必要性を強く感じたという。開発の過程ではわなの大きさや縄をくくる溝の深さを何回も試作して、ベストな状態のものを作り上げた。およそ3年の歳月をかけて、信英式ワイヤートラップが完成した。
製品は完成したものの、本業は部品製造のため販売ルートは全くなく営業マンもいない。そこで発売当初から伊東社長自らが、直接営業に回って性能をアピールした。営業経験はなかったものの、自身で開発した製品だけに相手に対して説得力があったという。その甲斐あって、現在では長野県内の47市町村のほか、県外では東北から九州まで12の都道府県に取引先を拡大。長野県から新事業分野開拓者認定証を受けたこともあり、国の全省庁への一般競争入札資格も取得した。
実際にどのように使用するものなのか、社長本人に実演していただいた。まずワイヤーガイドに安全板をセットし、ガイドの溝にワイヤーをセット。太いパイプの中のバネを引っ張り、ネジで留めセットする。これにつまようじを刺したリングをワイヤーガイドの下部にセット。安全板を取り外して地中に埋めて土を掛けて獲物を待つ。至ってシンプルな構造と使用方法だ。
この仕掛けたわなを動物が足で踏むと、つまようじが折れてワイヤーが高く跳ね上がり足の部分をくくりあげる。動物の重さで折れる適当な強度のものとして、つまようじが採用された。つまようじは安価なうえどこでも入手が可能なため、何回でも使用できる。消耗品はこのつまようじだけなので、ランニングコストもかからないということも大きなメリットだ。
一番の特徴は、高い位置でワイヤーが獲物の足をくくること。従来製品の多くは足をくくる位置が低かったため、シカやイノシシが強引に抜け出して逃げてしまうケースが多かったという。その点信英式ワイヤートラップは高い位置までワイヤーを跳ね上げてくくるため、足の関節にひっかかって容易に抜け出せないというのが最大の特徴だ。採用した自治体などからも好評だという。
信英精密は社員数8名と規模は決して大きくないが、伊東社長が「我々は技術屋の集団です」と語るように技術力には自信をもっている。主要製品の治工具などは0.2ミクロン単位までの加工が可能で、この高い技術がワイヤートラップ製造にも生かされている。製造ラインは治工具や省力化機器などを製造するラインをそのまま活用している。本来は金属を加工するものだが、プラスチックや木材にも流用することで、「初期投資ゼロ」を実現した。
ワイヤートラップに使われる原材料も、ビニール管やベニア板など安価なものが多い。縄を仕掛ける溝の部分も、自社の製造ラインで削っている。この他バネやワイヤーなども、全て自社で製造している。これによって販売価格も1セット6,500円という低価格を実現した。これらを使うというアイデアもさることながら、製造現場に即流用できる対応力の高さも信英精密ならではと言える。
従来のわなを改良し捕獲率を高めることで、実用新案や意匠権も取得した信英式ワイヤートラップ。これから先もっと多くの地域で使ってもらい、効果を知ってほしいと伊東社長は考えている。「現在は治工具や省力化機械などの既存製品と売り上げは半々だが、今後はワイヤートラップのシェアを伸ばしていきたい。眠っている需要はまだまだあるはず。」と語る伊東社長は、今後更なる販路拡大を目指している。
有限会社 信英精密
長野県上伊那郡飯島町田切3 239-151 TEL:0265-86-5209
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