[サイプラススペシャル]13 世界のスポーツ文化を支えて トップ選手が愛用「ライフルスコープ」

長野県諏訪市

ライト光機製作所

「強く」「滑らか」な高級品に特化
超ニッチ(すきま)市場を狙え!

諏訪市の光学機器メーカー「ライト光機製作所」の主力製品は最高級の双眼鏡と「ライフルスコープ」。とりわけライフル銃の照準を合わせる装置「ライフルスコープ」は国内製造シェア70%、本場米国でもシェア2位を誇る。世界の狙撃手が認める高精度と耐久性は「信州ものづくり」の神髄を究めた結果だ。

900メートル先の直径15センチを狙え!

競技用ライフルスコープとは

1000ヤード(約900m)先の直径15cm以内を狙う。肉眼では点にも見えない小さな標的を狙うライフル競技、それが今、米国で人気の「ベンチレストシューティング」だ。表彰台に上るほとんどの選手が、「信州・諏訪製」の照準装置・ライフルスコープをつけた銃を使っている。
ライフル射撃はオリンピックのように10mまたは50m先の的を狙う種目が一般的だ。それに対し、ベンチレストシューティングの標的は900m先。撃ち出した瞬間の弾丸の速度や風などの影響もあり、距離が長くなればなるほど照準を合わせるライフルスコープの「精度」が重要になる。

「強さ」と「滑らかさ」を両立

「何万発打っても、絶対に照準がずれません」
静かだが、はっきりとした口調で語る岩波雅富社長。「発砲の瞬間には最大で1000Gから1200G、つまり重力の1000倍から1200倍の力が部品のひとつひとつにかかるんです」
ライフルスコープにとってまず必要なのは、この衝撃に耐える強さだ。
同社のライフルスコープを手に取ると、見た目以上にずっしりとした重さを感じる。わずか30cm足らずの製品の中に、100から120以上もの部品が組み込まれているのだ。
 「ただ硬くしめれば良いってものではないんです。ちょっとそこを回してみてください」
岩波社長に促され、筒状のスコープの重心あたりにあるつまみを回すと、照準となる赤い十字のマークが滑らかに動いた。スコープでは何枚ものレンズを組み合わせて倍率や焦点を調整する。さらに、標的までの距離や風の影響に対応して十字マークを上下左右、自在に動かす必要がある。
衝撃に耐える強さとスムーズな動き。相反する2つのニーズに応えたのは、ライト光機が大切にしてきた「諏訪の地」と「人の手」だった。

高級ライフルスコープは、一本1800ドル(18万円)。ベンチレストシューティングでは、より高い精度が求められる。

岩波雅富社長は35歳。ワールドベスト(世界の頂点)を目指し、陣頭指揮を執る。

ライフルスコープに電子部品は一切使用されない。ミクロン単位での組み合わせはまさに「神業」

神の手が作り上げる逸品

諏訪の地に宿る神業

「諏訪でなくてはだめなんです」
なぜこの地で?という質問に、岩波社長は即答した。「ひとつは優秀な職人がいること。部品の組み込みや締める強さ、最終チェックは職人の勘にしか頼れないんです」
ライト光機のスコープは電子部品を一切使わない精密機械だ。設計・組み立てに優れた職人を数多く抱えていることがライト光機の強さの源になっている。
「もうひとつは地域のつながり。高い精度の部品を納めてくれる業者が集まっているからこそ、ここで製品を完成させることができるんです」
精度を維持するため、部品の多くを自社でつくるライト光機だが、汎用部品など6割は外部から仕入れる。これらの部品にも当然高い精度が求められるが、注文に応えられる業者は多くない。「海外で同じ製品を作ろうとした業者もありましたが、同じ設計図を使ったのに結局だめでした」

部品ひとつひとつに宿る神業

ライフルスコープがひとつひとつ仕上がっていく工場内部では、熟練の技術者が張り詰めた空気をかもし出す。「ミクロの製造技術」と「寸分の狂いもない組立技術」が両輪となって、高精度と耐久性を誇る製品が生まれる。
私たちが工場で出会った「神の手」を持つひとり、清水リーダーはことし62歳。高校を卒業してからの半世紀、ライト光機でライフルスコープの組み立て一筋に歩んできた。「こうしたひとりひとりの技術があるからこそ、私たちの製品はどこにも負けないんです」岩波社長は胸を張る。

心臓部に込められた神業

同じライフルスコープでも中国製は100ドル=約1万円、ライト光機の高級品は1800ドル=約18万円。18倍もの価格差は、そのまま信頼度の差でもある。「安価な製品でも初めのうちは見劣りしません。でも100発も撃つと照準がずれてしまい、使い物にならないんです」と岩波社長。
ライフルスコープの心臓部は、筒のほぼ中央に納められた「正立筒(せいりつとう)」と呼ばれる部分だ。対物レンズで反転した像を、もう一度反転させるためのレンズで、この中に十字マークなども収められる。スムーズに回転することはもちろん、高い耐久性を確保するためには、ひとつひとつの部品の組み込み方が非常に重要なのだ。同じように見える部品でもコンマ数ミリ以下の極小な差があり、それを組み合わせる技術はライト光機の熟練者ならではのものだ。

「神の手」清水リーダは62歳。すべて人の手によって作り上げられていく。

筆者が手にするのがライフルスコープの心臓部。この組み合わせがどこにも真似できない企業秘密。

レンズやボディなど、核になる部品の製造はすべて内製化している。


未来に照準をあわせる若き狙撃手

選択と集中で世界企業へ

一発一発が真剣勝負のライフル射撃。的を狙い定めて撃つこの競技と、ライト光機の経営戦略は見事に重なる。主力製品を決める「選択」と、トップ企業を目指すための「集中」が大きな成果を生んでいるのだ。
ライト光機は1956年、双眼鏡のレンズメーカーとして創業。当時は軍事産業からの流れを受け、国内だけでも100社を超える双眼鏡メーカーがあった。後発のライト光機は、大手の下請けからの脱却を模索する。創業者のひとりだった岩波社長の祖父は、レンズ部品の生産のほかに双眼鏡のOEM(相手先ブランドによる生産)へと業務を拡大し、8mmカメラの開発なども行ったが、ヒットしなかった。
業績低迷期に狙った標的、それが米国で人気が出始めていたレジャーとしての狩猟やスポーツ用の「ライフルスコープ」だった。

「ものづくり」に特化

米国市場に照準を合わせた後、ライト光機はさらに標的を絞り込む。同社の成功に触発され、多くのメーカーがライフルスコープの市場に参入した結果、最盛期には30社以上がしのぎを削ることになった。
「私たちは最高級品に特化することにしました。他社がまねできないノウハウの蓄積を続けたことが生き残りのカギになりました」岩波社長がふりかえる。双眼鏡メーカーもライフルスコープメーカーも、現在では数社しか残っていない。
 「集中」、それは「オリジナルブランドでは作らない」という岩波社長の言葉にも示される。日本の諏訪にある従業員約150人の企業が米国を中心に販路を確保することは並大抵のことではない。ならば、OEMによる「ものづくり」に徹して販売は大手メーカーに任せる。ものづくりへの集中投資がライト光機の成長を支えてきたのだった。

ねらうは「世界の頂点」

「オンリーワンの技術でワールドベスト(世界の頂点)を目指す」岩波社長は現在36歳。本場米国でのライフルスコープのシェアは第2位の25%、頂点は近い。また、売り上げの4分の1を占める高級双眼鏡の分野でも、ピント調整を行わずにワンタッチで倍率を変えられる新製品を開発した。
今後の課題は、技術の継承とさらなる向上、そして事業分野の拡大だ。重力の1000倍の力に耐える技術を応用し、航空機や自動車部品の開発も視野に入れる同社。医療分野ではすでにレンズユニットを製造している。
高い技術力や、米国を中心に築いた海外市場とのつながりを生かして、「選択と集中」の路線をどう展開し、新しいビジネスモデルを構築していくのか。若きトップの双肩に信州のものづくりの未来がかかっている。

張り詰めた空気が流れる職場。

設計部隊は若いメンバーが多い。新しい双眼鏡もここから生まれた。

ただ硬く締めればよいわけではない。技術を継承し、さらなる事業分野の拡大をねらう。


【取材日:2008年9月25日】

企業データ

株式会社ライト光機製作所
長野県諏訪市大字中洲3637 TEL.0266-52-3600
http://www.light-op.co.jp/