[サイプラススペシャル]186 ハイブリッドカーの次は「民間ジェット」 産業は「回り舞台」次の次の次を開発

長野県飯田市

多摩川精機

圧倒的世界シェアHV車「回転センサー」
「地域にこだわる」次世代産業は!?

 飯田市の多摩川精機といえば、トヨタの「プリウス」に代表されるハイブリッドカー(HV車)だ。
 ハイブリッドシステムの命ともいえる「角度センサー」の開発・生産を手掛け、世界で90%以上と圧倒的なシェアをほこる。

 「業界のガリバー(巨人)」とも呼ばれる角度センサー。多摩川精機は次の挑戦を続ける。それが、民間ジェットだ。
 クルマから飛行機へ。市場をほぼ独占する主力商品を持ちながら、なぜ挑戦を続けるのか?その背景には「地域にこだわる」ものづくりの魂があった。

多摩川精機なしに「プリウス」はなかった!?

世界中のほとんどすべてのHV車に

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 「ハイブリッドの次は、ジェットです!」
 多摩川精機第2事業所「モータトロニックス研究所」。センサーやモーターなどの研究開発を行う、仲田昌司さんと菅沼毅さんが手にするのは、丸い金属のドーナツのような部品。これこそ、世界中のほとんどすべてのHV車に使われている角度センサーだ。

 HV車の動力源はガソリンと電気。エンジンとモーターを切り替えながら走行する。「エンジン、モーター、それに発電機をスムーズに切り替えることができなければHV車は実現できなかった。それを可能にしたのが多摩川精機の角度センサーです」と、仲田さん。
(開発秘話について詳しくは[サイプラススペシャル]05 世界シェア100%の角度センサー HV車100万台の原動力「シングルシン」

多品種少量で成長、量産部品で飛躍

 1938年創業の多摩川精機は、かつては戦闘機の計器、その後は人工衛星や大型宇宙望遠鏡などに組み込まれるセンサーやモーターなどを手掛けている。
 得意としてきたのは、多品種少量生産。高い技術力に裏付けられた高性能部品メーカーとして成長してきた。

 飛躍のきっかけはおよそ20年前。多摩川精機がもつセンサーの技術力を評価したトヨタ自動車からハイブリッド用の角度センサーを委託された。これまでの高い技術に加え、新工場での量産技術も確立、以来「プリウス」をはじめ世界中に供給される全てのHV車向けのセンサーを、日本国内で生産している。

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なぜ圧倒的シェアを確立できたのか?

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 「HV車に必要不可欠なのが、シームレス(継ぎ目のない)切り替え。途中でガクンってなったら心配で運転できないでしょう」と、萩本範文社長。
 ハイブリッドシステムは、モーターとエンジンを高い精度で制御する必要があり、そのためには高温化でも誤差なく回転を検知するセンサー技術が欠かせない。

 なぜ、圧倒的なシェアを確立できたのか?
 「高シェアと言えば聞こえはいいが、言い換えればまだ市場が大きくないということ。だからライバル社も参入してこない。」萩本社長は謙遜するが、多摩川精機の技術力がなければ、世界初のHV車は生まれていなかった。

いよいよ世界生産体制!

高シェアゆえの責任と緊張感

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 「シェアが高いというのは大変に誇らしいしありがたいことではあるが、一方で『供給の責任』を持たなくてはいかん。安全に使われ続けなければいかん。そういう緊張感は、数が出れば出るほど強くなる。」

 萩本社長が口にした言葉は、緊張感。
 もし仮にトラブルなどで多摩川精機の生産が滞ったら...、世界中のHV車の生産が全てストップしてしまう。本格的な量産がはじまって10年間、その全責任を負って角度センサーをつくり続けてきた。

中国で量産体制!?どうなる国内産業

 多摩川精機がこだわり続けているのが、地域でのものづくりだ。
 クルマ向け角度センサーはすべて国内生産。飯田地域の2工場と、青森の計3拠点でつくられる高精度センサーが、世界中に供給されている。

 2012年春、ひとつのニュースが入ってきた。
 「多摩川精機、HV車向け角度センサー中国で量産体制」
 ものづくりの海外シフトが加速する中、高付加価値の角度センサーをつくることで多摩川精機は国内生産を貫いてきた。一部工業機械用モーターなどは中国で生産しているものの、これまで「地元にこだわる」姿を打ち出していた多摩川精機。
 その地域密着ものづくり企業が、ついに海外へ。なぜ中国なのか?長野県の産業はどうなってしまうのか?

「顧客ニーズ」で中国、欧州、北米へ

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 「いちばんはお客さま(自動車会社)からの要望。」
 なぜ中国へ?の質問に対する萩本社長の答えは「顧客ニーズ」だった。
 「自動車会社もやはりマーケットへ行ってものをつくろうと。そうであれば、部品も近所でつくってほしいというニーズに変わってきたということですね。」
 先進国での自動車の生産・販売が大きく落ち込むなか、大きな成長をとげる中国自動車産業。2009年に販売台数で米国を、生産台数で日本を追い抜き、中国の自動車産業は世界最大規模だ。当然、自動車や部品メーカーの成長と競争力強化のためには、現地で生産し、現地で販売する必要がある。多摩川精機の「中国での量産体制」は、いわば必然だ。

 同時にこれまで独壇場だったHV車向け角度センサー市場にも、後発メーカーが参入してくる。
 「ライバルが出てくるというのは、ようやく市場が成熟してきたということ。HV車はますます世界で売れる。多摩川精機も中国をきっかけに、欧州や北米でも生産をしてくことになるはず。それが時代の流れです」と、萩本社長。

産業は「回り舞台」

民間ジェットを支える多摩川精機の技術

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 「次の産業、あるいは雇用を生み出すような新しい仕事を見つけていこうと今、努力しているところです。」
 約2万坪の敷地に7千坪を超える巨大な工場。多摩川精機第2事業所は南信州で数百人規模の雇用を生んでいる。それが中国での生産となると...産業構造の空洞化は避けられないのか?の問いに対し、萩本社長はきちんと「次の産業」を見据えていた。

 国内の新たな産業として期待するのが民間ジェット機だ。
 「市場規模でいえば、もちろん既存のクルマの代替にならない。世界基準の承認を得なければ部品は供給できないし、ジェット機生産自体は米国・欧州・南米などのメーカーに抑えられている。しかし航空機は間違いなく成長産業」
 得意のセンサーやモーターは、民間航空機のコックピット内などの基幹部品として採用されている。

ジェット機とクルマの相乗効果

 緑豊かな河岸段丘、眼下に天竜川を見下ろす長野県南部の飯田市。精密機械産業が集積する地域だ。2003年から操業をはじめた多摩川精機第2事業所では、クルマ・鉄道・航空関連の精密部品が生産されている。
 日本の大黒柱である自動車産業はもちろん、「次世代交通」関連は「医療・健康」「環境・エネルギー」と並び、今後成長が期待される分野だ。
(「長野県ものづくり産業振興戦略プラン」
詳しくは[サイプラススペシャル]168 ものづくりは「産学官一体」で!「製造業は、長野の顔」知事も意気込み)

 「ひとつの工場に、クルマと航空関連が同居しているのは珍しい」と萩本社長。最先端技術の航空機部門と、安価に大量に高精度を求められる自動車部品の技術。
 「航空機は大型機から小型機で便数を増やすモデルにシフトしている。民間ジェットもビジネスジェットなど個人ユースに変化していくだろう。これからジェット機部品も安く大量につくる技術が求められる」と、萩本社長。HV車で培った量産技術が、民間ジェット機部品の製造に生かされていく。

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次の次の次の産業を創る

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 「私たちは『回り舞台』に立っている。時代も産業構造も常に変わり続けるから、次の役者を育てなくてはいけない。」
 萩本社長は、一気に場面が転換する歌舞伎の舞台に例えて、ものづくり産業が置かれる状況を説明する。かつての繊維産業、近年では液晶テレビの分野など、今日の主役が明日もそうあり続ける保証はない。
 「飛行機はもちろん、さらにその次、その次というものを考えている。バイオや医療、福祉、薬をつくる創薬など、次の次の次の目標に向かっている。」

 多摩川精機はすでに10年前、医療分野に本格的に乗り出している。
 「多摩川『精機』なのに、なぜ医療か?とよく聞かれる」と笑う、萩本社長。医学の研究は、人手がかかる仕事が多い。「はじまりは医療分野の自動機器の開発。プリンターをつくる会社がインクを売るように、私たちも試薬の開発へということで今、ようやくその芽が出てきた。」

HV車から民間ジェット、さらに次の次の次の舞台へ。世界の最先端を行く、日本の多摩川精機。メイドインナガノの技術が新しい産業を創っていく。

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【取材日:2012年8月7日】

企業データ

多摩川精機株式会社
長野県飯田市大休1879 TEL:0265-21-1800
http://www.tamagawa-seiki.co.jp/