[サイプラススペシャル]175 転機は長野冬季五輪の聖火トーチの製作 鋳造から加工までダイキャストの一貫生産

長野県佐久市

大原工業

「当時、従業員が15人しかいないうちのような企業によくこの仕事が来たと思いますよ」。誰かが見ていてくれたと思ったと感慨深げに話すのは、佐久市の大原工業社長春原晃夫氏(65才)。1998年開催された長野冬季五輪の聖火トーチの製作依頼が来たのは1997年のことだ。実物の聖火トーチを前にオンリーワンのダイキャストメーカーをめざすものづくりを取材した。

長野冬季五輪の聖火トーチ

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聖火トーチのオレンジ色の紐の部分を握ると、1.3キロという重量が意外にずっしりと感じられた。トーチは、アルミ製で長さは55センチ、中心のバーナー部分を6枚の湾曲したフレームで囲み、(3本のフレームの表面には冬季五輪の15種目の競技をデザイン化したマークが鋳抜かれている)広がっている上の方を5つの赤いリングで束ねている。一番苦労したのはこの5本のリングをフレームに留める技術で、接着剤や溶接ではなく、突起をつけてはめ込んだという。持ち込まれたデザインから、試作を重ねて、金型を設計、部品を鋳造し、切削と研磨で加工、表面処理を施して、組み上げて紐をつける。1本1本手で仕上げていく。NAOCからの一貫製作の条件を見事クリアして作った聖火トーチは全部で1700本、春原社長は聖火台に点火された瞬間は涙が出たという。
世界中の人が注目した瞬間を演出した大原工業のダイキャスト技術である。

創業から30年

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大原工業は、1984年創業、主にアルミニウム合金や亜鉛合金を材料とするダイキャストメーカーである。
ダイキャストとは、溶かした金属を精密な金型に高圧で流し込み、製品を作る鋳造方法だ。ダイキャスト製法は、1つの金型を数万回繰り返し使用できる、鋳造した表面(鋳肌という)は滑らかで製品の表面処理が容易である、短時間にほぼ仕上がった製品を大量に製造できる、プラスチック成形加工品よりも強度がある製品を造ることができるなど、多くの利点を持っている。また、薄物と呼ばれる軽量の製品にもダイキャストが利用されるようになってきており、工業製品の省資源・軽量化が進む今日、リサイクルの出来るアルミ・亜鉛ダイキャストはますます注目される製法といえる。

ノーと言わないものづくり

大原工業は、薄物ダイキャスト製品を得意としているが、手がけるのは、電気設備部品、自動車用部品、OA機器や通信機、精密機器部品更には建築資材から装飾用の日本刀までと極めて多品種だ。しかも、製品は、春原社長が「造っている全てがわが社の主力製品です」と胸を張るほどの高品質。実際、一度の依頼が二度三度の取引につながったり、口コミから新規の発注に結びついたりと、製品が技術力を語る営業ツールとなるケースも多いという。「出来ますか」と持ち込まれた仕事は全てやり遂げる。絶対にノーと言わない日々挑戦を続けるものづくりといえる。
更に大原工業の大きな特徴は、鋳造だけではなく、切削加工や組み上げ完成まで一貫生産できる設備と技術があること。長野冬季五輪の聖火トーチの製作は、このベースの上に成し遂げられた創業13年目の大きな節目の仕事だったといえる。

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鋳造から加工まで一貫生産

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「鋳造から加工まで、企画・設計・試作・製作すべてをお任せください」という大原工業の工場は、鋳造部門と加工部門に分かれている。
鋳造部門では何より驚くのは並んでいる金型の種類の多さだ。多品種生産を実感する。ダイキャストマシンのラインの天井には、金型を運ぶためのクレーンがいくつも設置されている。ラインには溶融した金属を金型に射出する装置や、製品を金型から押し出す装置も並ぶ。製品の周囲についた不要な部分は、トリミング後再度溶融され、原料の無駄はわずかだ。負荷をかける重さも数トンから100t・500tまでこれも多品種に対応できる装置を揃えている。
特に昨年導入されたTOYO500TONマシンは鋳造時の巣漏れ防止のために真空装置が付いており、しかも省エネタイプで電力使用料が70%削減という画期的なダイキャストマシンだ。高い機械だが、導入によって製品の品質や評価が上がり、売り上げに結びついたそうだ。
「どんな形状なものでも作成いたします。」という大原工業の看板は、技術と最新設備でますます力をつけている。

そして切削加工部門も

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鋳造された製品は切削加工部門に移動する。ここでの強みも、切削加工の技術と設備。鋳肌が滑らかといっても切削はダイキャスト製法には欠かせない加工だ。ダイキャスト成形したあと「切削で精度を出す」「穴を開ける」「ネジ山を造る」など加工することで、更に付加価値の高い製品となる。


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この部門でまず目に入るのは棚に並ぶ冶具の数と種類の多さだ。冶具は切削機械に製品を固定させるために使われる。製品の精度を上げる切削工程で、この冶具が製品の価値や単価を左右するといっても過言ではない。冶具を全て社内で製作できる技術、大原工業のまさに強さ、加工工場の1角には冶具設計専用のキャドシステムが設置されており、ここでも一貫生産のメリットがいかんなく発揮される。

一貫生産できる技術と設備を確保して

「オリンピックのトーチを造ったことが分かってから、あれができるならこれできるよね、という注文は結構来ました」。春原社長は大きなエポックを振り返る。
どんな発注にも対応できる一貫生産の設備と技術と人を確保していくことは容易ではない。「声がかかって、ウチに仕事が来ないときは単価の問題、もうちょっと安くならないかなあ、というところです。だけど、そこが我慢のしどころなんですよ。」
50人に増えた社員とその家族を考えると、量産もやるが、量か質かといえば質、大原工業でなければ出来ない製品を作り続けたい。「いいものは安くはできません。でもいい品質の製品が出来るからといって何をしても良いというわけではないし、いいものが必ず売れるということではありません」。経営者としての30年の重みが伝わる言葉だ。

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これからは医療分野にも

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社員には、自分が持っている技術を生かす喜び、ものづくりの喜びを伝えていきたいと語る春原社長。これからは力を入れたいのは医療分野、高精度高品質が求められる技術優先の世界だ。
「どうしてこれができたの?」という製品を作りたい、オンリーワンのダイキャストメーカーをめざし大原工業の挑戦は続く。

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【取材日:2012年05月30日】

企業データ

有限会社 大原工業
長野県佐久市甲1633-1 TEL:0267-58-3181
http://ohara-kougyo.com/