[サイプラススペシャル]05 世界シェア100%の角度センサー ハイブリッドカー100万台の原動力「シングルシン」

長野県飯田市

多摩川精機

全世界販売累計100万台を突破したハイブリッドカーの全てに搭載される
メイドイン飯田の制御センサー「シングルシン」を開発

 2007年には100万台を突破し、さらに世界中で飛躍的に販売台数を伸ばすハイブリッド車。そのエンジンの全てに、長野県生まれの技術が搭載されていることをご存知だろうか?
 ガソリンエンジン、電気モーター、発電機という異なる3つの回転を揃え、シームレスな乗り心地を実現した技術の一つが、回転を制御する角度センサー「シングルシン」である。
 この角度センサーを作っているのが、飯田市にある多摩川精機。まさに世界シェア100%のすごいセンサーなのだ。

「世界シェア100%のセンサー」とは?

 世界を走る全てのハイブリッドカーに搭載されている、多摩川精機のセンサー。それがVR(可変磁気抵抗)型レゾルバ「シングルシン」である。
 ハイブリッドエンジンは、ガソリンエンジンと電気モーターと発電機が搭載され、状況に応じて切り替えながら走行している。全く特性の異なる3つの回転機の回転角を瞬時にとらえ、切り替えのタイミングを作っているのが角度センサーの「シングルシン」なのだ。

「シングルシン」がなければ… 「シングルシン」でなければ・・・

 ハイブリッドカーを運転するとき、私たちはエンジンとモーターの切り替えを意識することはない。しかし、もしこのセンサーがなければ、動力が切り替わるたびにガクン、ガクンという強い衝撃が起こる。
 ガソリンエンジンによる安定走行の快適さを知っているドライバーには、いくら「エコ」といっても、納得できる走りではない。
 動力が切り替わっても、運転者が感じないほどスムーズな走行を実現させたのが多摩川精機の「シングルシン」。多摩川精機の技術がなければ現在のハイブリッドカーは誕生し得なかっただろう。

飯田市から世界的技術が生まれた

 長野県飯田市にある、従業員660人の企業が、なぜこの世界的な技術を開発し得たのか。そこには、多摩川精機という企業が育ててきた「ものづくりのDNA」と、それまでの同社から大きく変革した「新しい多摩川精機の創造」という2つの要素があった。
 多摩川精機の創業は1938年。
 航空機や防衛産業などを中心に「センサー技術、電子技術、精密機械技術」の3つを核に据え、高い技術を提供することで成長してきた。
 80年代には野辺山の電波望遠鏡用アンテナの角度センサーで世界一の技術を確立するなど、同社の技術は世界的に認められるものとなったのだ。

エンジンからモーター、モーターからエンジンに動力が切り替わっても、運転者が感じないほどスムーズな走行を実現した「シングルシン」。100万台突破の背景にあるシームレスな動作の実現には、多摩川精機の開発したセンサーがひと役かっている。

トヨタはもちろん、全世界、全メーカー、すべてのハイブリッドエンジンに「シングルシン」は使われている。「シングルシン」がハイブリッドエンジンの完成度を高めた。

ハイブリッドカー登場から10年。発売当初からヒットしたわけではない。切り替えの快適さを追及し、さらなるハイブリッド性能を確立した、第2世代のプリウスが世界的大ヒットの引き金になっている。

トヨタとの出会い

 大きな転換点は90年代初めに訪れる。
 バブル崩壊に伴う激しい円高の波を受け、多くの企業が海外へ進出した。しかし、同社は伊那谷で生き残ることを宣言。本社を東京から飯田に移転、商品の見直しとともに、国内における新たなマーケティングを開始。これまで疎遠だった愛知県の三河エリアを中心に、センサーなどの自社技術を、徹底的にアピールしたのだ。
 このとき出会ったのがトヨタである。
 次世代の車の開発を担っていた技術者たちが、多摩川精機の技術に興味を持った。何より航空機の角度センサーを製造しているという実績は、彼ら開発者にとって何よりの魅力だった。

クルマが求めた条件「大量生産」は、新しい挑戦だった

 まずトヨタから求められた条件、それは「過酷な環境」に耐えること。
 エンジンルームは150℃以上、走行中の振動はかなりのものである。そのうえセンサーが取り付けられるのはオイルの中。そんな過酷な状況の中で精度を維持していくことが必要条件だった。
 創業時から航空機センサーの開発に携わる同社にとって、気圧の変化や急激な温度変化、振動など過酷な状況下で高性能を発揮する技術には、不安はなかった。「精度から見れば、航空機の技術は、クルマより格段に難しいですから当然です」と、萩本範文社長。
 しかし、ここで大きな課題があった。
 多摩川精機のこれまでのものづくりの概念を壊す、衝撃。それが、「大量生産」の壁である。
 これまで同社が手がけてきたのは、防衛機器や、新幹線、ハワイのすばる望遠鏡など、いわば少量生産、高コスト、高性能の製品だった。
 その高性能を維持しつつ、大量生産で低コスト、これまでとは正反対の、ものづくりへの挑戦である。

小型化、薄型化を実現せよ

 トヨタが要求する生産量とコストを実現するためには、航空機とは全く異なる角度センサーが必要だった。
 新しいセンサーのキーワードは「小型化」と「薄型化」。
 ここで、開発者の1人である北澤完治(現モータトロニックス研究)所長が生み出したのがVR型レゾルバである。
 北澤所長は、中央に楕円形の鉄板を配置することで課題を克服した。
回転子に楕円系の鉄板を取り付けることで、周辺部のコイルが出力電圧の変化を測定、回転角度を検出するのだ。
 「機能は航空機のレゾルバとまったく同じ。ここまで小型・薄型化が達成できたのは、多摩川精機が積み上げてきたものづくりのノウハウが生かせたからです」と北澤所長。
 これらの技術革新などにより、月産2000台という量産体制が可能となった。
 ここから「新しい多摩川精機の創造」が始まるのだ。

モーターやセンサーなどの開発出身の萩本範文社長。10年前から先代の萩本博幸現会長を継いで経営にあたる。詳しい技術的な話題はもちろん、経営的な視野は世界に広がっている。お話しからは、その博学博識ぶりが伝わってきた。

薄型のリング状の本体一周に配したコイルが、中央を回転する楕円形の鉄板とのすきまを検出する。「楕円形」というカタチがキモ。

モータトロニクス研究所の北澤完治所長。マイナス40℃の極寒から150℃という高温で過酷な環境下、さらに振動・衝撃・耐油に対応するレゾルバシステムの開発を行った功労者のひとり。


技術は空から陸へ、進化する技術

 「まったく文化が変わった」と萩本社長は表現する。
 航空機から自動車へ。新しい多摩川精機の誕生であった。
 航空計器と内臓モーターを製造していたのが第一世代。モータートロニックス(センサーからシステムまでの総合技術)の概念を創り、人工衛星のアンテナ展開用モーターや超高精度多極シンクロなど世界一の角度センサーを確立し発展したのが第二世代とするなら、この自動車部品への転換は、多摩川精機の「第三世代」とも呼べる。

 プリウスの大量生産に備え、2003年には自動車部品用の第2事業所が生産開始。「新しい人たちで新しい文化を作り上げる」という意志は、部品の名称を「レゾルバ」から「シングルシン」と命名したことにも表れている。
 月産2000台だった生産量は現在30ライン50万台に。開発当初と比べ、部品の厚みもコストも2分の1と着実にレベルアップしている。
 今や「シングルシン」が使用されるのはエンジンだけではない。
 パワステアリングにも使われるようになり、需要は飛躍的に増えた。さらにこの先、自動運転へ技術開発が進むにつれ、回転をつかさどるセンサー「シングルシン」の用途は確実に広がりつつある。

身の回りで活躍する多摩川の技術力

 「回転するすべてのものを制御したい」と語る萩本社長。世界に通じるオンリーワン技術の確立に胸を張る。
 同社のセンサーは、新幹線や人工衛星、エレベーターやパチスロまで、様々な回転を制御している。センサーだけではない。得意とする技術のひとつ「ジャイロ」を生かした新製品「ATLAS(アトラス)」は、ヘリコプターからの空撮ができるハイビジョン用デジタルビデオカメラ。振動の影響を受けずにきれいに撮影できる技術は、マラソン中継や、防災ヘリ、海上保安庁の巡視船などにも使われている。

技術の進歩、さらに技術者の育成

 「0.001秒」
 世界に誇る、同社の角度センサーの精度である。
 360万分の1度…地球上から、スペースシャトルの若田さんの身長を測ることができる、見当も付かないようなものすごい精度なのだ。
 「シングルシン」に代表される、同社の世界が認める技術力は、一朝一夕に生まれたものではない。
 創業当初に「多摩川精機青年学校」を設立し、工場で働く若者に教育と技術訓練を行った。地元に種をまき、技術を育てる姿勢は、今も脈々と受け継がれている。2008年には信州大学大学院工学研究科電気電子工学専攻内に、同社から「モバイル制御講座」を寄附した。
 従業員の約3割は研究開発部隊である同社。世界を舞台に活躍する武器は間違いなく「技術力」である。
 過去から未来へ続く多摩川精機の成長過程において、「シングルシン」ですらゴールでなく、通過点に過ぎない。

「新しい文化」の同社の象徴でもある第二事業所内の設備。

「プリウス開発に携わった2003年までの10年間は、技術的なレベルアップにも、経営者の思考を変換するにも、とても心地よいスロープ(のような時間)だった」と萩本社長は語る。

角度センサーからの信号をデジタル情報に変換するRD変換器「スマートコーダ」も自社開発し、角度センサーの「シングルシン」とともに、2005年には「第1回ものづくり日本大賞 経済産業大臣賞」を受賞した。


【取材日:2008年7月24日】

企業データ

多摩川精機株式会社
長野県飯田市大休1879 TEL.0265-83-1138
http://www.tamagawa-seiki.co.jp/