[コラム]ものづくりの視点

vol.123ストラテジー(Strategy)
長野県テクノ財団ナノテク国際連携センター所長
若林信一

 ストラテジーは戦略と訳され、戦争やスポーツ、企業間競争などに勝つための計画、準備、実行の過程である。ここでは、長期にわたる目標や条件を設定し、それを達成するための計画を立て、資金や人材を投入し、情報を集め、時間をかけて人材育成や装備など、勝てる条件を整えていくことになる。この目標設定や条件が間違っていると当然勝つことはできない。したがって、勝つべくして勝つ体制を作り、実行することがストラテジーである。戦い方である戦術とはちょっと違う。

 こういう観点から考えると、Agileな半導体設計、製造によるマイチップ作りを目指す我々の「SD(Smart Device)プロジェクト」は世界で勝てる県内産業の基盤作りのストラテジーである。我々は少なくとも10年後位を見つめ、自分たちが到達したいところから現在を見つめ、その時点で成りたいものになるために必要な、なすべきことを考えている。

  ところで「SDプロジェクト」がうまくいったとして、その使い方にもストラテジーがいる。自分が欲しいと思うマイチップを、何時でも手に入れることができるという、そんな話が「藪から棒」に出てきたからと言って、うまく使えるかと言うと、中々難しい。そういう事態が生じた時に、何を考えたら良いのか分からないわけである。このプロジェクトの厄介なところは、これができたところで直ちに皆が良い思いができる、という案ではないところである。それで良い思いをするためには、それぞれが自分で考えて、それを使って何をするか?の発想が求められる。それができたとして、さらにその後のビジネス展開をストラテジックに展開することが必要である。

 こういうふうに考えてみると、「SDプロジェクト」に参加して、何か良いものを引き出すためには、今までとは違う関わり方と発想が求められている。チャールズ・ダーウィン(C.Darwin)は「生き残る種は最も強いものでも、最も賢い者でもない。変化に最も柔軟に対応できるものだ」と言っている。「一つの組織体における成長と衰退において、組織体の構造、性格は同じである。環境が変わっただけである。環境の変化に柔軟に対応できない組織が衰退していく」と言うことである。実は自らが変わるということは簡単なことではない。今までなかったものを取りこみ、発想して行くことが必要である。しかも、今後勝ち残るためには、それがストラテジックに計画、実行されなければならない。

 多くの日本企業はコストの安い海外生産にシフトすることは避けられない。このことに対しては、まだ徹底ぶりが足りないとさえいうことができる。日本よりコストの安い韓国企業でも、すでに事態は同様である。今までの成功モデルではなく新しい事態を作り出す発想と実行が必要になる。下請けやサプライチェーンに組み込まれていれば、自分の将来は誰かが考えてくれるかもしれない。しかし、自立する会社は徹底的に自分の未来を考え設計する必要がある。「SDプロジェクト」はこういう考えるひとに一つの手立てを提供するプロジェクトである。私は、「最も変化に適応できるひとは、最も変化することを考えられるひとだ」と思っている。今ないものが手に入ったらの発想に期待する。

【掲載日:2013年6月28日】

若林信一

長野県テクノ財団ナノテク国際連携センター所長
1949年長野県生れ 新光電気工業㈱にて取締役開発統括部長、韓国新光マイクロエレクトロニクス社長などを歴任。長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長を経て2012年4月から現職。博士(工学) http://www.tech.or.jp/

vol.122ジャーゴン(Jargon)
長野県テクノ財団ナノテク国際連携センター所長
若林信一

 「ジャーゴン」という言葉を知っているひとはどれほどいるのだろうか?Jargonを『デイリーコンサイス』で引いてみると「(一般の人にはわからぬ)専門語. 職業語. 通語(を使う);わけのわからぬことば(を使う). ちんぷんかんぷん」と出ている。職業と結びついたものは専門用語、業界用語であり、いわば仲間内だけの言葉である。こういったものはどこにでもある。半導体業界ではDRAM、MPU、ASIC、PGA、TSVなど、など、いくらでもあるし、どこの工場でも、その中でしか通じない言葉が平気で流通している。外に出て、思わず口を衝いて出た言葉が通じない、ということに出くわして、初めてそれと気付くということになる。事実そういう場面を経験した。

 プレゼンテーションなどの場でこういう言葉を連発したらどういうことになるのだろうか?通じる人だけが集まって結束を固める役には立つだろうが、大部分の参加者にとってはいい迷惑である。これを皮肉って付けたわけではないのだろうが、ジャーゴン失語症と言うのもあるのだそうである。主に言葉の理解に問題を起こすもので、言葉の音と意味がこんがらかるのだそうである。多弁で速いテンポで話すが、「とよの」を「とのよ」と言ったり、「アボカド」を「アボガド」(abogadoはスペイン語では弁護士を指す)と言い間違えることが多く、しかも自分では気付かない。これが酷くなると錯語(言い間違い)の頻発のため意味を汲み取ることできないことになる。これこそまさにジャーゴンである。

 しかし、笑ってばかりはいられない。P.F.ドラッカー(Drucker)は「専門家にはマネジャーが必要である。自らの知識と能力を全体の成果に結びつけることこそ、専門家にとって最大の問題である。自らのアウトプットが他の者のインプットにならないかぎり、成果はあがらない。組織の目標を専門家の用語に翻訳してやり、逆に専門家のアウトプットをその顧客の言葉に翻訳してやることもマネジャーの仕事である」と成功のためのマネジャーの役割を述べているが、専門家の問題は彼の属している組織の中でも皆とコミュニケートできないことである。これは、専門家がジャーゴンしかしゃべれないこと、そしてそれが彼の仕事の本質そのものに根差していていることが問題である。「彼が唯一滑らかにしゃべれる言葉がジャーゴンだ」ということである。だから通訳ができるマネジャーが必要だ。組織の成功のためには専門家の果たす役割は極めて重要であるが、その貢献できるところは一部である。技術の専門家は経理や財務の専門家でもなく、製造の専門家でもない。商品を生み出すということにおいてさえ、技術の専門家の活躍の場はおのずと限定的である。

 産学官の連携活動も同様と考えるのが普通かと思うが、研究や開発のシーズ技術を持つひとが組織全体をマネージすることが多いようである。ドラッカーは「マネジャーを見分ける基準は命令する権限ではない。 貢献する責任である。マネジャーとは「組織の成果に責任を持つ者」である」と言っている。専門家は自分の専門性と興味のあるところが力を発揮できる場所であり、そこでこそ常人に考えられないパワーを発揮する。こういう専門家が組織の成果そのものの責任を負うのは、「きついなー」と言うのが実感である。

【掲載日:2013年6月12日】

若林信一

長野県テクノ財団ナノテク国際連携センター所長
1949年長野県生れ 新光電気工業㈱にて取締役開発統括部長、韓国新光マイクロエレクトロニクス社長などを歴任。長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長を経て2012年4月から現職。博士(工学) http://www.tech.or.jp/

vol.121先立つもの
長野県テクノ財団ナノテク国際連携センター所長
若林信一

 世の中にはお金で買えないものもあるが、お金さえ出せば手にはいるものも数多くある。どうにも話が付かないというものでも、お金によって意外とあっさり話が付く場合も良くある。技術的にできないもの、科学的に分かっていない答えは、当然お金を出してもすぐ手にすることはできない。しかし、ふんだんに資金を投入できれば、かなりの短時間に実現できる技術もある。原理的に、また設計的に、どうすれば実現できるかは分かっているのに、それを実行するお金がない場合である。

 我々は大学における基礎的な研究をもとに、研究会を作って非侵襲的(体を傷つけて血を取らずに)に血糖値を計るセンシングシステムを開発している。この成果は幸いなことにSBCテレビに取り上げてもらうことができ、昨年(2012年10月24日)のSBCスペシャルや今年の新春番組にも放送された。実はその前後からいくつかの取材依頼もあり、皆様の関心の高さがうかがわれる。しかも、糖尿病を患っておられる皆様からは、昨年の初めから何件も装置開発の進捗に付いて問い合わせがあり、開発の完了が待たれている。

 我々の開発は第3コーナーを回った辺りと言うか、ほぼ70-80%は完成したと思っている。しかし、同じ課題に挑戦しているグループもあり、どこが本当に社会に受け入れてもらえる装置を提供できるかは、中々予断を許さない。どういうところが決め手になって、どこの装置がデファクト(事実上の標準器)として受け入れられるかは、大いに興味がある。それは技術的な要因ばかりがその決め手ではなく、値段や入手のし易さ、医療サービスとの連携など、多くの非技術的な要件も関係するからである。

 一つの新しい手法の開発は、手繰れば次々にいろいろな複合化や応用が考えられる。血を取って血糖値を計ることはどうやっても間欠的な方法(飛び飛びにしか数値が得られない)である。しかし、赤外線を使った非侵襲的(指先に光を当てるだけ)な方法では原理的に24時間、365日、寝ている間にも、ずっとデータを取り続けることができる。こういうデータはまだほとんどない。これができると新たな治療法や投薬法、医療機関との連携、予防法などが直ちに考えられる。しかも、いわゆるITと組み合わせると、今注目されているビッグデータとなって、これまた予防法、治療法に大きな展開が起こる可能性がある。この開発はすでに国内で2000万人を越えたとされる糖尿病患者、また全世界では3億人を越えるとされ、インドや中国では急増中と言われる患者の皆様の大きな救いになる。

 開発活動における非技術的な要因の最大の課題は研究費の調達である。「できた」と言っても、挑戦するグループが沢山あって、時々できたと言う新聞報道などがあり、しかし実機が出てこない開発は、いわゆる狼少年効果とでもいうか、期待が失望となって、中々信用して貰えない。開発の最後のひと山は資金調達の山である。この活動にマラソン走者がゴールに向かう姿にエールを送るように、物心両面のご支援をお願いしたいところである。

 マラソンもそうであるが、開発レースもゴールすることが肝心である。開発技術者にとって技術で負けるのも悔しいが、社会的支援力の差で負けることも同様に悔しい。

【掲載日:2013年5月29日】

若林信一

長野県テクノ財団ナノテク国際連携センター所長
1949年長野県生れ 新光電気工業㈱にて取締役開発統括部長、韓国新光マイクロエレクトロニクス社長などを歴任。長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長を経て2012年4月から現職。博士(工学) http://www.tech.or.jp/