[サイプラススペシャル]26 しにせ製本業者の生き残りをかけたチャレンジ 事業領域をIT・情報技術へ変革

長野県長野市

ダンクセキ

事業領域をIT・情報技術へ変革
しにせ製本業者の生き残りをかけたチャレンジ

 創業60年を契機に業態を大きく変えた企業が、長野市のダンクセキだ。
 「関製本」から「ダンクセキ」へ、大改革は名前だけではない。IT・情報技術を活用したサービスと、創業以来培ってきた「製本技術」を生かした新商品で、新たな顧客を獲得しようとしている。
 製本から「情報文化産業」へ。生き残りをかけて新市場に挑戦する、しにせ製本業者をクローズアップする。

「紙だけじゃない」情報伝達手段

活版印刷が途絶えたように…

 「なんで、紙じゃなきゃいけないの?」
 ダンクセキの関一朗社長の素朴な問いが、挑戦のスタートだった。

 「昔は、各家庭に百科事典や文学全集があったでしょ?でも、今は小さな電子辞書で十分」。道路地図をめぐる事情も同様だという。「製本業者にとって、見開きの左右のページの地図をぴったりと合わせることは、技術力でありノウハウなんです」。しかし、カーナビの普及で地図そのものの需要が激減している、と関社長は続けた。

 パソコンやインターネットの普及でカタログや書籍が電子化してきたのにともない、印刷・製本の需要は著しく減少した。ここ5年間で全国の半数近い製本業者が転廃業したという。

 「かつての活版印刷が姿を消し、今はすべてオフセット印刷になりました。写真だって銀塩フィルムがなくなるなんて、誰が想像したでしょうか?」厳しい状況に直面した関社長が新たにねらいを定めた市場が、インターネットを活用したデジタル商品だった。
 「製本からの『脱却』ではありません。だって『本作り』は変わりませんから。ただ情報を伝える手段は『紙だけじゃない』と思ったんです」と語る関社長。

ネットで注文!わたしだけの写真集

 ダンクセキがめざす「新時代のニーズを満たす本作り」はすでに動き出している。

 関社長が手にしたのは、立派な装丁の写真集。中を見ると、ほほえむ社長の姿と家族がプリントされている。「わたしだけの写真集なんです」と関社長。さらに卓上には、関社長オリジナルのカレンダーが並ぶ。
 プライベートな写真集にカレンダー、社長の趣味の世界…ではない。これこそダンクセキ売り出し中の「オンラインアルバム制作サービス」だ。キャッチフレーズは「カンタンに、本格的な『私だけの写真集』」。

 インターネットでアクセスし、専用ソフトを使って写真や文章をレイアウトすると、1週間足らずで印刷・製本された写真集が手元に届く。このサービス、すでに大手ポータルサイトにも採用された。「ネット上の『口コミ』もあって、人気が広がっているんですよ」2005年に開始して以来、順調に売り上げを伸ばしていて、社長も顔をほころばす。

時代の波をつかんだ新商品

 自分だけのオリジナルアルバムは、約1500円から。そして1冊だけでも注文できる。
 「フィルムがなくなり、写真を撮る人が少なくなったと思うかもしれませんが、実は逆なんですよ」。デジタルカメラやカメラ付き携帯電話の普及に伴って、写真が格段に身近なものになったのだという。「特別な人でなくても、普通に暮らしているひとたちだって『自分の生き様』を子孫に残したい…人間の心理だと思うんです」。

結婚式や旅行、子どもの成長など個人で楽しむ人からの注文のほかに、団塊世代から同窓会の写真集のまとまった発注があるなど、「フォトアルバム」は世の中の新しいニーズを掘り起こした。「最近多いのはペット」というように、時代の波をも敏感につかむ。

自分だけのアルバムの他、カレンダーやノベルティーグッズも、ダンクセキの人気商品。

還暦を迎えた関一朗社長。1993年に「関製本」社長に就任後、ダンクセキへの大改革を実行した。

ネットで1冊から注文可能の「フォトアルバム」は、最新のシステムと若いスタッフに支えられている。

総合製本をデジタルで生かせ!

ITで変わった「お客様」

 新しい価値を創造した「フォトアルバム」だが、「目新しさ」だけが売り物ではない。「お客様が変わりました」と関社長が言うように、これまでの「製本業」からビジネスのスタイルおおきく転換させるきっかけにもなりうる。

 従来の製本業は言わば「川下」の産業で、顧客は出版社や印刷会社だった。これに対し、フォトアルバムは、パソコンから注文する一人ひとりがお客さまだ。
消費者から最も遠いと思われていた製本業が「実は最終消費者にいちばん近かったんです」と関社長。「良い物をより安く提供できる技術、これを、欲しがっているお客様へ直接提供すれば、皆さんによろこんでもらえるんじゃないでしょうか」。

 製本会社が最終消費者に直接サービスを提供できるようになったのは、いち早くIT・情報技術の特性をビジネスに取り込んだ結果でもある。

「料理」とかけて「製本」と解く…そのこころは?

 「川下」から「川上」への鮮やかな転換の背景には、60年以上培ってきた確かな「製本の技術」がある。

 「『製本』と『料理』は、誰でもできるんです。でも、プロと素人では全く『出来栄え』が違う」。家庭用プリンターの性能が良くなり、写真やポスターは誰でも簡単に自宅で作れるようになった。しかし、「熟練の料理人でないと本格的な味が出せない」ことは、印刷や製本の世界でも同様だ。
 「60年以上にわたる本作りの中で、技術だけでなく、情報のノウハウを蓄積してきたんです」関社長が自信を示すのは、ダンクセキだからこそできる「総合製本」だ。

製本一筋60年のノウハウ

 長野市・柳原にあるダンクセキの本社工場。
 何台も並ぶ製本専用機のラインでは、次々と送り込まれる紙が、重ねられ、とじられ、きれいに裁断されていく。驚かされたのは、本ができあがるスピードと、その種類の多さだ。ビジネス手帳、問題集、教本と、ラインごとに全く異なる製品が誕生していく。
 「上製本、手帳、雑誌、売上票、美術本などなど、製本といっても、分野は多岐にわたるんですよ」と、関社長。とじ方ひとつをとっても、無線とじ、針金とじ、糸とじに分かれるいるのだそうだ。
 
 「なんでもできるところが、うちの『強み』なんです」。紙を加工するトータルな技術があったからこそ、消費者の多様なニーズに応える商品開発が可能だった。

 ネットで注文ができるアルバムは、1冊1480円から17800円とラインナップは豊富だ。さらに、卓上カレンダー、帽子やTシャツ、各種ノベルティグッズへのプリントまでも請け負っている。「1冊からでも作れるのは、製本で培ったノウハウがあるから」と、関社長。

次々と本が作りあげられる現場。すべて印刷会社や出版社などに納品される・

新たな顧客獲得を可能にした、デジタルプリンター(上)と特殊なインク(中)。デジタル開発部隊は10人を超える(下)。年間売上の数十%にあたる「勝負の投資」となった。

今は使われていない「活版印刷機」。会社の原点として、今も大事に保存されていた。


生まれ変わろうとする「しにせ企業」

ITはチャンス

 ダンクセキの新技術導入の特徴は「内製化」だ。
一般向けサービスの窓口はすべて独自のウェブサイトから。フォトアルバムの場合、利用者は 本のサイズやページ数、印刷の仕様などを決め、自分で撮ったデジカメ写真をレイアウトしていく。ここで登場する専用ソフトも、ダンクセキが自社で開発したものだ。
 「はじめは外部に委託したんですが、自分たちでやったほうが、経費もかけず、使いやすいものができることに気がついたんです」と、関社長。
 製本というアナログ企業が、デジタル技術を自前で開発できるまでには、いくつかのプロセスがあった。
 
 企業パンフレットなどを多く扱うダンクセキ。しかし「電子化のなかで企業からのニーズはホームページに変わった」ことにいち早く対応、2000年ごろからホームページの制作を手掛けるようになった。
 「印刷会社の多くが『ITは敵だ』って言っている中で、私はチャンスだと思ったんです」。先見の明をもったリーダーのもとに、新ビジネスにつながる技術を持った若手が集った。

「経営者の孤独」節目の大改革

 ダンクセキは、終戦の翌年1946年、長野市田町に「関製本」として創業した。以後60年間、別会社で印刷事業を手掛けたが、本体は製本業ひと筋だった。「長野県、とくに長野市は、印刷や製本が盛んな地域だったんです」と、関社長が言うとおり、長野市内だけでも20社以上の製本業者がひしめいた。
 地場産業、地域文化として発展してきた印刷・製本業だが、電子化、ペーパーレス化の波に抗うことはできなかった。長野県内の業者はピーク時の57社から33社に激減。大手印刷会社が製本を自社で行うようになったことも痛手だった。
 ダンクセキは2006年、それまでの製本印刷業は生かしつつ、ホームページ制作、デジタルコンテンツ制作、システム開発といった新たな事業への業態変換をはかった。同時に、創業以来の「製本」を、社名から外した。

 創業から60年の節目の「大改革」。リーダーの決断に、現場はどう反応したのだろうか?  「内部からの反発は、それはそれはキツかった」。創業者である実父をはじめ、何十年も働いてきたベテランの職人たちなど、相当の抵抗があったと関社長は当時をふりかえる。120人いた社員は85人に減った。「一番つらかったのは、会社を去らなくてはならなくなった社員に『こんな会社だったのか』と思わせてしまったことです」。

動き出した新規ビジネス!

 強烈な逆風の中での大転換から3年。「ようやく動き始めました」と、関社長は笑顔で語る。
 全体の売り上げ6億円のうち、新分野はまだ1億円程度だが、「3年でゼロからここまでにしました。重い荷車も、いったん動き出せば大きな力はいらない。ちょうどそんな段階なんです」。売り上げの7割は、まだ従来の製本業が占める。「本業は変わらず製本。製本からの脱却ではない」と言う一方、「3年後には、新分野と製本業が同じ規模になるとにらんでいます」と、関社長。

 ITを活用した新たな分野は、各業界から注目を集めるが、その分、競争も激しい。新たな一歩を踏み出した、しにせ企業の道のりは決して平坦ではないだろう。しかし、生き残りをかけたチャレンジは、いま着実に成果をあげつつある。

専用機では、多種多様な本が作られる。その一つ一つがノウハウとなっている。

通常の製本(上)からノベルティーグッズ(中)まで、様々な商品ラインナップを揃える。下の写真は、新技術を活かした「音の出る本」。

「どんな本でも作れる」総合製本のチカラが、新分野挑戦の確かな原点となっている。


【取材日:2009年2月12日】

企業データ

ダンク セキ株式会社
長野県長野市大字柳原2550 TEL:026-295-2550
http://www.dank.ne.jp/