[サイプラススペシャル]43 研究開発でニッチ市場を拓く 産業のマザーツール「電気計測器」専門メーカー

長野県上田市

HIOKI

発展のカギは、最新の計測技術を発信し続けるパワー
全社員の3分の1が開発・技術要員の「研究開発型企業」

 電気のみならず、通信、交通の他、鉄鋼・機械・自動車・電子回路製造など、さまざまな場面で活躍する電気計測器に「HIOKI」のロゴが印字されているのをご存知だろうか?電気計測器専門メーカーHIOKIは、細分化されたニッチ(すきま)市場で、それぞれシェア上位を獲得するスゴイ企業だ。
 ビジネススタイルの核になっているのが「研究開発」。全社員の3分の1の人材を割き、売上高の10%を充てる研究開発は、半端ではない。ライバルを寄せ付けない「HIOKIブランド」の強さは、研究開発を続ける歴史にあった。

研究開発型企業の「スゴイ技術」

機能だけでなく"カッコいい"計測器

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 全長約15cmの筆箱型のプラスチックボディに、クワガタムシのように2本のツノが突き出ている。本体の黒色とは対照的な、鮮やかな黄色の角が印象的な機器が、HIOKIの主力商品である「クランプ電流計」だ。
 電気工事や設備の保守点検などの現場で活躍するクランプメーターは、クワガタのツノのような部分で電線を挟み込んで、磁界により電流を測定する。安全でカンタンに電流を測定し、設備異常の有無を確認することができる「優れモノ」だ。

 機能だけではない。この機械、測定機器など手にすることのない一般人が見ても、"カッコいい"。握りやすい形状はもちろん、大きな液晶画面や、紫のダイヤル。手に取れば、さっそく電線を挟み測定したくなる。機能や測定項目によって10種類以上のラインナップがあるクランプ電流計の多くが、グッド・デザイン賞を獲得しているというのも納得だ。

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歴史がつくった「HIOKIブランド」

 電気のみならず、温度や湿度、振動や光などあらゆる物理現象を測定する「電気計測器」は、産業の発展に必要不可欠なため、マザーツールと呼ばれる。産業のマザーツールをつくり続けるHIOKIは、クランプメーターなどの電気測定器の開発・生産・販売を行う専門メーカーだ。

 「私たちの製品はプロが使うもので、なかなか一般の方々には馴染み薄いのですが・・・」そう前置きをした後、日置電機・吉池達悦社長は続けた。「仮に『HIOKIブランド』というものが浸透していると評価いただけるのなら、それは横道にそれることなく、計測器を作り続けた『歴史』があるからだと思います。」

オンリーワンを開拓した「メモハイ」

 吉池社長は言う。「誰もいないところにアイデアを出すから、HIOKIブランドがある」。
 細分化された計測器市場の中で、それぞれ上位シェアを獲得しているHIOKIの商品群の強さは、計測器を核にしたたゆまぬ研究開発の結果だ。

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 たとえば、大ヒット商品となった記録装置「メモリハイコーダー(メモハイ)」は、「もともとあった記録する機能『メモリー』と、記録を書き出す『プリンター』をドッキングさせて開発した」装置だ。 試しにインターネットで「ハイコーダー」と検索すると、表示されるほとんどのページでHIOKI製品を扱っていることに驚くだろう。「誰もいないところ」という社長の言葉通り、まったくのゼロから新たに市場を作ることによって、その市場におけるオンリーワン企業になり得たのだ。

矢継ぎ早に「新製品」投入のワケ

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 「計測器を作り続けた歴史」は、新商品の開発だけでない。開発された製品は、時代にあわせ顧客ニーズにこたえながら「進化」している。

 電気などの波形を記録しその場で紙にプリントできる画期的機能でオンリーワンを確立した「メモハイ」も、開発当時、波形を見るには白黒での印字のみに頼るしかなかった。しかし、器機自体の大型画面にカラーで波形を映し出すことを可能にし、さらに最新機種はUSBを備えデーターをパソコンへ転送することもできる。
 地元新聞紙の経済欄に毎月のように掲載されるHIOKIの新製品情報を読めば、いかにHIOKIの製品たちが進化を続けているかが分かるだろう。

トップランナーは走り続けるしかない

 進化を続けるのには、ワケがある。
 そもそも、「電気を計る」こと自体は、何十年も前から変わらず行われてきた作業のはずだ。ならば、10年前の商品でも売れるのではないだろうか?
 この疑問を吉池社長にぶつけると「同じ商品を同じように売っていたら、ユーザーは買ってくれません」と笑った。

 理由はカンタンだ。せっかく開拓した市場でも、そこであぐらをかいていては、すぐに後発メーカーが同じ性能で安価な商品を投入してくる。トップランナーが先頭であるためには、リードを維持するため、後ろの走者に抜かれないよう「走り続ける」しかない。HIOKIはこうして、何年ものあいだ走り続けている。

原点は「研究費は湯水のごとく使え」

厳しい状況下にも「明るい兆し」

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 長野県内のものづくり企業を直撃した世界的な景気後退の波。HIOKIも例外ではない。2009年中間決算は、1991年に株式公開以来、初の赤字となった。特に、昨年まで40億近い売上げを維持した主力事業「自動試験装置」の今年度の売上げは18億円と、半分以下に落ち込む予想をしている。

 「厳しい状況です」と話す吉池社長。しかし、表情は明るい。その笑顔からは「ピンチはチャンス」とでも言いたげな経営者の余裕すら感じた。
 実際の数字からも「明るい兆し」は見て取れる。たとえばHIOKIの代名詞ともいえる研究開発費。2009年も14億円以上を計画しており、実に売上高の約13%を研究開発に充てることになる。

 困難な状況下でも、臆することなく走り続ける姿勢は、おそらくHIOKIと、吉池社長が歩んできた「歴史」が関係しているのだろう。

1970年代「第2の創業」

 日置電機の創業は1935年。当初は東京で電気計器を製造していたが、世界大戦中の1945年に長野県坂城町に移転、その後、技術力が認められアメリカ空軍の航空機用測定器なども手がけるまでに成長する。

 それから戦後の日本の発展にともない、OEM生産(他社ブランドで製造)で業績を拡大するが、1970年代に転機が訪れる。主力のOEM生産を一切やめ、自社製品の開発に乗り出すことを決めたのだ。

 1970年代は、HIOKIにとって「第2の創業」だった。

研究開発は「湯水のごとく!」

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 吉池社長は1975年に日置電機に入社する。配属は研究開発部門。
 OEMから決別した以上、オリジナルの自社製品に会社の未来がかかっている。その新たな技術を開発しなければならない重要なポジションだ。
 「苦しい時代でした。オイルショックと円高不況。そんな中でOEMをやめたのは、『はしご』を外して、『後戻り』が出来ないようにしたんだと思います。」

 吉池社長は、1985年までの10年間、第一線で商品開発を行った。ここに、現在のHIOKIの原点がある。吉池社長は当時を振り返る。
「当時の社長から『研究開発費は湯水のように使っていい』と言われました。」

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 吉池社長を含む研究チーム(といっても、はじめは上司との2人体制だったという)は、1978年に国内初の「クランプ式電力計」を開発した。
 現在も電力管理や生産ラインの検査で活用される主力商品だ。研究開発型企業HIOKIの原点は「湯水のごとく使う研究開発費」にあった。

研究開発でオンリーワン企業へ

最新の計測技術が生まれる「緑の丘」

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 信州・塩田平の田園地帯には、まだ頭を垂れる前の稲穂が初秋の風に揺れていた。上田市街地から国道143号線を、青木峠に向かって車を走らせること10分。進行方向右手、鮮やかな緑の田圃の向こうに、小高い丘が見える。その頂には、木々の深い緑と夏空に良く映える7階建ての白い建物。HIOKIの本社工場だ。
 HIOKIフォレストヒルズと名付けられた緑豊かな約3万坪の工場公園。最新の計測器は、この地で開発され、1つ1つ組み立てられ、世界の現場へと発信されている。

 坂城町からこの地に移ったのが1990年。翌年には株式店頭公開、2001年東証2部、2003年には東証1部に上場し、日置電機からHIOKIへ、信州を代表するものづくり企業へと成長した。

「信州上田発」測定器

 現在のHIOKIの商品は200アイテム以上。メモハイなどが掲載された「電気計測器総合カタログ」は100ページを超えるボリュームだ。

 全国に配布されるHIOKIカタログの1ページに、目が留まった。そこには大きな文字で、こう記されている。「信州上田発 測定器」。
 さらに以下のように続く。「HIOKI本社工場は【開発】【生産】【販売・サービス】の全部門が集まり、お客様からの要望や問題解決に、素早くお応えしています。信州上田にこだわり、自社開発・国内自社生産を続けます。」(HIOKIカタログより)

HIOKIを支える「4本柱」

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 現在、HIOKIを支えるのは「4本柱」だ。
クランプメーターに代表される「現場測定器」、主に製造ラインなどに組み込まれ設備の電力監視や電子部品の検査などを行う「電子測定器」、前述のメモハイなど測定結果を解析し異常監視を行う「記録装置」、さらに電子回路やICなど基板の検査を行う「自動試験装置」だ。

 一見、用途も機能も異なる分野に見えなくもないが、「多くは『こういうものは出来ないか?』というお客さんからのニーズがあったからこそ作られた商品ですし、社内にあったシーズ(技術の種)を組み合わせて作られたもの」と、吉池社長は言う。

 「電気が使われないところはない」と吉池社長が笑顔をみせるように、どんな産業でも電気が使われ、同時に「計測」が必要となる。HIOKIは細分化された小さな市場でも、新たな商品で参入し、オンリーワンの地位を獲得してきた。200を超える商品数は、その結果だ。

環境は「大きな追い風」

 研究開発で拓く明るい兆し。HIOKIの「4本柱」に、新たな柱が加わろうとしている。それが、「環境」だ。
 「大きな追い風」と、吉池社長。「これからの世の中、省エネは義務となるでしょう。全産業で使われる電気。省エネに消費電力の計測は不可欠です。」環境関連事業の2012年の売上目標は、08年実績の1.5倍の34億円を計画。2010年以降、毎年10%以上の成長が期待される新たな柱だ。

 太陽光発電の需要増加などから「電子測定器」を中心に市場の深耕を計る環境・新エネルギー分野に加え、「ガソリンから、ハイブリッドや燃料電池にシフトする自動車」では、「自動試験装置」「記録装置」を中心に対応製品開発を進める。

 「HIOKIは地味な会社。しかし、お客様にとってのオンリーワンであるために、独創的な技術を発信し続ける」。元・開発担当エンジニアにして現・経営トップは「やらないと、ついていかれません。でも、ピンチはチャンス」と笑った。

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【取材日:2009年8月18日】

企業データ

日置電機株式会社
長野県上田市小泉81 TEL:0268-28-0555
http://www.hioki.co.jp/