[サイプラススペシャル]60 時代にマッチした「つえ」づくり 死んだつもりになれば、何でもできる

長野県佐久市

シナノ

スキーストックから登山用・歩行補助用ステッキ
そして新開発“ポール・ウォーキング”へ

 もしあなたの会社が、毎年、しかも数年間にわたり2~3割ずつ売上を減少させていたら、どうするか?
 そんな苦境を乗り越え、新たな分野を開発せんとしている企業が、今回の主役・シナノだ。  全盛期には年間100万組を生産していたというスキーストックは、現在わずか十数万組に激減した。
 市場が縮小する中、企業存続のためシナノがとった戦略は、発想の転換。ストックをスキー用品と捉えるのでなく、「ストック=つえの一種」という発想から、ダイナミックな業態変化を図る。

スキー人口減少。その時、どうする?

売上激減「直滑降で滑り降りるがごとく」

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 「ダメなものは、いくらやってもダメ。」柳沢光臣(65)社長は、苦境を振りかえりながらも笑った。
 スキーポール(ストック)の分野においてシナノは、昔も今もトップメーカーだ。スキーブーム全盛期の1990年代前半には年間約100万組もの生産量を誇り、国内シェアも約3割。現在も国内シェア約40%を占める。
 シェアこそ上がっているが、スキー関連の市場は「直滑降で滑り降りるがごとく」縮小している。「数年続けて、2割ダウン、3割ダウンしていきました」と、柳沢社長。現在の生産量は13~14万組程度で、ピーク時の5分の1以下に落ち込んだ。

「見切り」をつけて新市場へ

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 「ダメなものをいかに見切るか、が大事。」赤やピンク、ブルー、黄色など色鮮やかなポールが並ぶ一室で、柳沢社長は続けた。「死んだつもりになれば何でもできる。」

 「企業は、死ぬにも銭がいる。元気なうちに何とかしなければ」との想いからシナノがとった戦略は、新分野・新商品への展開だった。スキーポール製造の経験を活かし、トレッキング用や、高齢者向けの歩行補助用へと事業を拡大させた。

新商品開発のカギは「つえ」

 「時代と自社の技術を考えた結果が"つえ"だった。」
 スキーポールを、スキー用品・スポーツ用品としてのみでなく、「つえ」という機能面での切り口で捉える事ができたらからこそ、シナノは生き残ることができたと言える。

 スキーから登山、歩行補助への展開を「雪山から、山へ、そして里に下りてきた」と、柳沢社長は嬉しそうに説明する。社長の後ろには、トレッキング用や歩行補助用、ウォーキング用と多様な「つえ」が並ぶ。
 「人間が握る、大地を突く。基本は同じです。」

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「生き残り」をかけて市場創造

少しでもプラスになるなら、やってみる

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 高く響く金属バットの音と、野球部員の掛け声。
 野球や駅伝で有名な佐久長聖高校のすぐとなりに、シナノは本社工場を構える。1946年、信濃産業として設立し、スキーポールや木工製品の製造を開始。1968年に現在の社名に改め、SINANOはスキーヤーなら誰もが知るブランドとなった。
 1990年を境に減少を続ける主力商品。1998年、上越市の有沢製作所との合弁会社となったシナノは、1999年に歩行補助用のステッキ製造をはじめる。

 「合弁は、立ち行かなくなったから。歩行用ステッキも、少しでもプラスになるならやってみる、の発想。」と、柳沢社長。「意図した展開ではない」と言いながらも、トレッキング用ストックでは、国内市場の約2割を占めるまでになった。

矢継ぎ早に新商品を開発する「ローテク」企業

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 「私たちの技術は、ローテク。10年間、設備には金をかけていない。」
 案内された生産工場では、昔ながらの方法で、原料となる金属の棒からストックやステッキを作り上げていた。生産設備は、ハイテク産業に対し「ローテク」かも知れない。しかし、シナノの開発ポリシーは「いかに楽しく、安全に使ってもらうか」。最先端企業にも引けをとらない新商品の開発を続ける。

 「手が痛い」というユーザーの声から、握り部分にやわらかい素材を使ったステッキを発売。さらに、手のひらへの負担を軽減させるため、腕をささえる部品を取り付けられるような新製品も開発した。
 チェックやペイズリー、水玉。色鮮やかなステッキも「外に出かける、旅に出る、持つ喜びが提供できれば」と商品化した。安全や使いやすさに加え、おしゃれな外観も追求している。
 「高齢者だから地味、というのは古い。結婚式用、お花見用、使うシーンに併せ喜んでもらいたい。」

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高付加価値戦略に活路

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 「つえ先のゴムひとつも、ユーザーの声から進化している」と、柳沢社長。
 「病院内でコツコツという音がうるさい」という声から音が出ない製品を開発したり、「突いたときに滑ると怖い」と聞いて設置面を大きく滑らないゴム先をつくったりと、付加価値の高い商品を提供する。

 歩行補助用のつえは、販路でも苦労したという。「どこで売ってもらえるか分からないから、手探りで販路を開拓した。新商品をもっていったら『高いと売れないから』困ると言われ、在庫をかかえた」など、異分野での新商品は試行錯誤の連続だったと言う。

まったく新しい「ポール・ウォーキング」

 シナノの「生き残るため」の挑戦は、登山トレッキング用、歩行補助用など既存市場への参入にとどまらない。2007年、本格的に商品化に乗り出したのが、ウォーキング用ストックだ。

 「ストックを持ちながら歩くと、背筋が伸び歩幅が大きくなる。カロリー消費も20~30%増えるのでメタボ対策としても効果が期待できる。」街中を歩くウォーキング用に発案した商品は「ポール・ウォーキング」と名付け、普及拡大を狙う。
 ポール・ウォーキングは、普及促進団体と協力し、地元でイベントを開催するなど、まったく新しい市場を創ろうとしている。

「出会い」から生まれる新しい道

 「前向きにがんばっていれば、必ず出会いがある。」柳沢社長は、ことさら「出会い」を大事にする。
 国内で高付加価値商品の開発に注力できる背景にあるのも、出会いだ。「スキーポールの7割と、廉価な杖の製産を中国・台湾に移行したことでコストダウンが可能になった。」信頼できる海外のパートナーと巡りあえたことから、生産基盤を安定させることができたという。

 「生き残るには、コラボレーションが大事。産学官や異業種とも連携を深め、知恵を借りることが不可欠だ。巡りあわせ、とりあわせがあって、成長できる。」
 「出会いのチャンスは誰にもやってくる。それをつかめる準備があるかどうかが大事。死んだつもりになれば、何でもできます。」斜陽産業から脱却し、これまでの経験を生かして新しい市場を創造する'信州企業・シナノ'の「生き残るため」の挑戦は続く。

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【取材日:2009年12月8日】

企業データ

株式会社シナノ
長野県佐久市岩村田1104-1 TEL:0267-67-3321
http://www.sinano.co.jp/