[サイプラススペシャル]83 各種機能めっき承ります 必要なところに必要な皮膜を

長野県長野市

信光工業

木造住宅や個人商店が立ち並ぶ長野市緑町の一角にめっき工場がある。90年の歴史を持つ信光工業である。現在は、長野市東部工業団地内の工場でも、各種機能めっきや部分めっきを手がける。「他社にない皮膜を作りたい」3代目の荒井亮治社長は思いを込めて語る。

始まりは「鍍金工場」

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 めっきには「塗金」という文字が当てられた時期もあったようだが、信光工業の歴史は、1918年の「荒井鍍金工場」から始まる。ニッケル・クロムめっきから、各種合金や難素材へのめっきまで、信光工業の製品の変遷は、長野県のめっきの歴史に重なる。
 特に、ここ10年は、「部品メーカーからのニーズである機能めっきにいち早く取り組んできました。」と荒井社長。機能めっきとは、鉄や銅といった素材となる金属などの表面に、耐久性を強くする・電気を通し易くするなどといった目的で、別の機能を持つ金属の皮膜をつけることだ。つまり、皮膜によって製品にしたときに元の素材とは別の特殊な機能を発揮する新しい素材が生まれる。「本来素材から作ればいいのですが、熱伝導がいいからと銀のムクで作れば、めっき処理をした製品はとんでもない値段になってしまいます。」めっきという表面処理技術が製品のコスト削減に果たす役割は大きい。

「機能めっき」は、製品に隠された技術、"見えない"

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 信光工業が扱う素材は、アルミ・銅・鉄の合金や、タングステン・チタンなどの特殊合金、更にセラミックや合成樹脂の中でも注目されているエンプラまで、幅広い。そして、その形状は、例えば全長わずか1ミリメートルのピン。このピンの素材は、直径0.05ミリメートルのニッケル、そこに金の皮膜が施されたのがガラスの小瓶の中のピンなのだ。もう一つの瓶には銀の粒、これも、直径0.05ミリメートルの銅素材に銀めっきしたもので、半導体の接点に使用される「部品」である。ミクロン単位の薄い皮膜が、この一粒一粒に半導体を支える「機能」を与える。しかし、隠れた部品だ。

更に省資源を、「部分めっき」

 信光工業が今力を入れている技術は、これだけではない。もう1種類、大きさは直径0.2ミリ全長はわずか3ミリのピンがある。両端は金色、中央の部分だけ色が違う。全体の長さを3等分して、両端のみに金めっきを施してある。「部分めっき」である。
 「必要なところにだけ付けるめっき方法は、こちらから、提案したものです。高価なレアメタルも使うので、たとえ数ミリとは言え、全体に使ったら大変な値段になります。製品の中で、必要な"部分"はどんどん小さく狭く、場合によってはナノレベルにもなっていきます。」荒井社長の穏やかな口調は変わらない。
 同じ1ミリの部分めっきでも、必要なところに付けるのか、必要なところを残すのか、"部分"の形状と、扱う金属の種類によって、最適なめっきの方法がある。それを提案していくのが、信光工業の技術である。

ストップウォッチ片手に

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 「持ち込まれた製品を見ると、設計段階で、めっきの特性を知っていてもらえればと感じることもありますよ。」石油危機、バブル崩壊、そして今回の世界金融危機と、いくつもの時代を乗り越えてきた社長の言葉は重い。
 天井が高く、開放的な3階建ての工場内を歩きながらも、話は続く。「大量生産は、機械と設備があれば外国でも出来ます。装置があれば出来るめっきは、いくら受注が増えてもオペレータしか育ちません。製品と対話しながらやるのが信光工業の仕事です。」

 このフロアに自動化ラインはない。必需品はストップウォッチだ。
 例えば、センサー向けのリードフレームのめっき作業、厚さわずか0.3ミリ、フープ状の部品だが、フープでの取扱は、曲がったり、伸びたりしてしまうので、4個がつながった短冊状で、めっきを施す。めっきが不要の部分に特殊なテープが貼られて冶具にセット。これを片手に、幾つもの溶液が入った槽の間を歩く。歩くルートが工程だ。一方、半導体製造装置の放熱板、やはり1枚1枚を、槽の中に浸けることで無電解ニッケルめっきによる黒色化処理を施す。

 20~30に及ぶ工程内のめっきの溶液は、季節はもちろん、1日のうちでも午前と午後は微妙に変化し、まるで生き物のようだという。メーカーから持ち込まれた複雑な形状の部品に、均質な皮膜を作るためには、刻々の溶液の微妙な変化を察知して、浸け方や引き上げのタイミングを図る。決め手は、首から下げたストップウォッチ。1分間で皮膜の厚さの変化は0.2ミクロン、その違いを冶具を持つ手が調整する。

 固定化した生産ラインの仕事ではなく、ストップウォッチ片手に製品と対話しながら、工程を創り出していく作業だ。後工程では、「X線膜厚測定器」を使って検査をしているが、荒井社長曰く、「まずは現場での不良品の現行犯逮捕」が大事、問題の解決には、経験を重ねた一人一人の感性が大きく役に立つという。ハイテク製品の部品作りに積み重ねた経験がいきる。

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「チャレンジさせてください」

 フラスコやビーカー、試験管が並ぶ信光工業の研究室。大きな水槽も設置されており、中学校や高校の理科の実験研究室のようだ。半導体製造装置に使われるめっき部品のマーケットは日本やアメリカ。信光工業が取り組むのは、大量生産や自動化ラインでは生産出来ない高機能めっきだ。

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 めっきの仕事は、部品メーカーからの要求・要望にこたえる受注産業。だから、自社の技術をどのように発信していくかが、生き残っていけるかどうかの分かれ目だ。
「話がきた時は、『出来ません』とはいいません。すべて『チャレンジさせてください』『提案させてください』です。」静かな闘志が伝わってくる。エンプラ・セラミックなど素材についての問い合わせも多いが、連携できる技術的なネットワークや協力する社外の仲間もいる。その連携の力は、めっきの概念を変えるほどのものだという。求める形は、下請けではなく、試作・提案型の新しいめっき処理だ。「大きなものを扱いたくないという気持ちもあります。テーブルの上に、デスクトップ型の実験装置を置いてできるめっきもあると思っています。」試作品開発で、何千万の設備投資が無駄になることがあっても、失敗した数だけ引き出しは増える。失敗したその引き出しが次の受注につながる。

めっきはなくならない

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「めっきは人間の化粧と同じです。素材を脱脂して、金属のきれいな表面をだして電気めっきがスタートします。酸化処理であったり、アルカリ処理であったり、めっき液はいろいろありますが、さらに総合的な技術が必要となっていくと思います。」この「総合的な技術」の一つに、リサイクル技術がある。めっき工場の排水には、金とかパラジウムが含まれている。これがきちんと回収でき、再利用までもっていくことができれば、めっきコストを更に安価にできる。ロスの少ないめっき技術と表裏一体の排水管理技術だ。信光工業では、国の助成金を得てこの技術を研究開発、自社工場の排水処理施設への投資と合わせて、商品化が進む。

 「ものづくりをきちんとやってきました。」という90年の歴史に、時代のニーズに応える新しいページが増えていく。

【取材日:2010年7月5日】

企業データ

信光工業株式会社
長野県長野市風間2034 TEL:026-221-1280
http://www.n-sinko.co.jp/