長野県佐久市
樫山工業
現在の私たちの生活は、携帯電話、液晶テレビ、パソコン等の身近な家電から始まり、今注目の太陽光電池まで、半導体を使用している工業製品に囲まれており、半導体がなければ、生活が成り立たないともいえる。しかし、その製造工程に、「真空状態」が必要であることは意外に知られていない。半導体の製造工程の半分は真空という環境で行われているのだ。
この真空状態を作り出すドライ真空ポンプのメーカーが佐久市根々井にある樫山工業である。私たちが、産業機械であるドライ真空ポンプの恩恵を、日々の生活の中で、直接感じることはない。しかし、日本、韓国、台湾、中国のドライ真空ポンプ市場でトップ、さらに世界市場でもトップシェアの座を狙うメーカーが長野県にあると聞けば、足を向けずにはいられない。
樫山工業といえばスノーマシンを思い浮かべる人も多いだろう。1978年、国産初のスノーマシン(人工降雪機)を開発し、80~90年代は、日本各地のスキー場に導入された。「スノーマシンのカシヤマ」というキャッチコピーとともに、その技術力が全国に浸透した。しかし、スキー産業の衰退とともに出荷台数は激減、スキービジネス事業が、いまでもカシヤマブランドの柱であることは変わらないものの、時代とともに樫山工業のもう一つのコアビジネス、真空機器事業が国内のシェア6割を占めるまでに拡大、さらに「世界の半導体業界を支える」までの成長を遂げている。
樫山宏社長(65歳)に話を聞く。
樫山工業は、太平洋戦争中の工場疎開が縁で、1946年佐久市で樫山商店としてスタート、1951年に樫山工業株式会社となり、今日に至っている。扱う製品も、当初は自動車部品の製造・販売、その後、銅合金、鋳物、機械加工品へと拡大、建設用機器も製造した。しかし、1960年代に入ると、ベトナム戦争の影響で、銅の値段が高騰、値動きが激しいため、材料として扱うのが、難しくなった。それまで培った銅合金の技術を何とか生かしたいと始めたのが、漁業用の小型ポンプだった。海水を使う漁船のエンジン冷却用小型ポンプに、錆びない銅合金を初めて使用、これがポンプメーカーとしての第一歩、1960年代後半のことである。次に開発したのが、水封式真空ポンプだ。断熱・冷却・乾燥など、幅広く利用できる真空状態を作りだすポンプは、当時から各分野から注目された。「真空ポンプの生産量は多くない、だから大手メーカーの大量生産には向かない製品です。」しかも、真空状態を作り出す方法は産業の用途によって異なる。「ウチのような中小企業だからこそ、様々な用途に応じた真空ポンプの生産ができるのです。」
さらに、技術開発を進め、草創期であった半導体を製造する装置として「油回転式真空ポンプ」を商品化した。半導体業界への参入は、「中小企業が生き残るための選択だった」と1980年代の前半を樫山社長はふりかえる。
半導体業界参入後も、生き残るための挑戦は続く。様々な工業製品が「軽・小・薄・短」に向かっている中、当然半導体も、より小さく、より薄い製品が求められてくる。しかし、油回転式真空ポンプでは、排気の時に発生する油の蒸気が原因で、微細な製品製造に必要なクリーンな真空状態を作りだすことができない。半導体業界の成長の鍵を握った真空ポンプ。そこで真空ポンプメーカー各社が、開発にしのぎを削ったのが、排気系に油や液体を使用しないドライ真空ポンプだ。樫山工業は、1986年、ドライ真空ポンプの開発に成功、時代の最先端技術を支えるこの技術は、国内外で高く評価され、海外進出にも大きな役割を果たした。2008年には、その後の研究開発も含め、「半導体製造に大きな革命をもたらした」と経産省の「元気なモノ作り中小企業三百社」に選出された。
しかし、世界の舞台では、技術力だけでは頂点には立てない。大切なのは「コスト」である。樫山社長は、製品の単価を下げることだけでは、生き残れないという。製品の価格に直接関係するのは、素材や大きさ、性能などだが、消費電力量や定期点検の回数や費用などのランニングコスト、設置する場所や周囲に与える影響など、ポンプを使用している期間の運用経費のすべてをコストと考えなければならないのだ。さらに、「ドライ真空ポンプ」はあくまでも設備である。お客様であるメーカーがKASHIYAMAブランドの「ドライ真空ポンプ」を使っていかに利益を生むか。利益を生むためのきめ細かなサービス体制を、どのような形で提供するか。そのためには信頼関係を築き、技術面での確固とした提携関係を作り上げていくことが大切なのだという。それこそが樫山社長の考える「トータル・コスト・オブ・オーナーシップ」である。
半導体メーカーの製品製造には、クリーンな環境が必要である。そこで使われるドライ真空ポンプも、同様のクリーン環境で製造されている。「クリーン」を実感できたのは、樫山工業の本社と製造部門を担当している樫山インスツルメンツの工場見学をしたときだ。時間は午後3時を過ぎていたにもかかわらず、塵一つなく、清掃直後のようなきれいな床が続いている。整理整頓された用具、製品の置き場など隅々にまで「クリーン」という意識が行き渡っている。
広い芝生や木々の植え込みに囲まれた工場の立地条件や、工場内の壁面いっぱいの緑あふれる森の写真のせいばかりではない。クリーンな環境を維持し続けることが習い性となっている樫山工業の社風である。工場内の雰囲気全体が「清浄」なのだ。
真空ポンプの組み立ては、一人一人が最初から最後まで責任を持って行うセル生産方式がとられている。製品の大きさによっては、二人で組み立てることもあるという。フロアに印されたまっすぐな線に沿って、組み立て途中のポンプが並んでいる。入口に掲げられた「工場は製品のショールーム」という標語通り、製品だけではなく、仕事そのものもショールームの1要素、心地よい緊張感が伝わってくる現場だ。
KASHIYAMAのポンプの心臓部は、竪型スクリューローターである。ブランクと呼ばれる金属の素材に、空気を排出するための溝を螺旋状に削り出す。この溝の大きさや深さや角度が樫山工業の技術力である。棚には様々な大きさの竪型スクリューローターが並んでいて、組み立てを待っている。
設計部門は樫山工業の心臓部ともいえる部署だ。ドライ真空ポンプに付加価値を付け、新たな需要を掘り起こす。グループ企業を含めて460名の従業員の内、100名近くが設計開発の部署に所属している。地元出身者が多く、女性の採用にも積極的だ。このセクションのエンジニアも、直接メーカーと打ち合わせをしたり、海外の現場にいくことが多いそうだ。半導体製造という最先端技術に係わる装置製造の担当者として現地にいく。若いうちから会社を背負う仕事をして、一人前になっていくという。
樫山社長は、会社が今日あるのは「社員の熱意とねちっこさ」と話す。半導体業界から、出される要求の一つ一つをねばり強く解決する社員が、ここまで会社を育ててくれたという。「太陽電池パネルなど真空を使う分野が増えてきているが、どこのメーカーが生き残るか、見極めなければならない。我が社のような企業は、1度選択を間違えると命取りになる。自転車操業というより、我が社は常にこいでいないと倒れてしまう一輪車操業です。」変化の激しい業界で気を緩めることなく突き進む、樫山社長の厳しい表情の中に、世界のトップシェアを狙う意気込みを感じた。
樫山工業株式会社
長野県佐久市根々井15-10 TEL:0267-67-3311
http://www.kashiyama.com/