長野県長野市
長野テクトロン
知らずのうちに押している「あの」ボタン!
もともとは「あの技術」を応用?
カラオケボックスのリモコンに使われる、薄いシート状のボタン。ここに長野県のものづくりのワザが生きている。
長野テクトロンが作るのは、薄型スイッチや特殊キーボードだ。カラオケリモコンの他にも、郵便局や銀行の端末、コインパーキングの料金機などに採用されている。私たちは、知らず知らずのうちに長野県で作られたボタンを押しているのだ。
長野テクトロンの薄型スイッチ、実は全く別分野からの参入だった。一体どんな技術を転換したのだろうか?
机の上に並べられた、色とりどりのキーボード。とりわけ目を引くのは、薄いシート状のボタンだ。ビニールのラベルに印字された数字の部分だけが膨らんでいて、この膨らみを押せば、スイッチとして機能する仕掛けだという。
トイレの温水洗浄便座のボタンや、クーラーのリモコンなどもあり「あぁコレ押したことある!」というモノが多い。
「超薄型ですから、自由な設計が可能になるんです。」
柳沢由英取締役は、いくつもの自社製品をひとつひとつ手に取り、説明を続けた。「顧客のニーズに合わせて、カスタマイズできるのが自慢のひとつです。」
「薄さ」の秘密は、作り方にある。
プリントされた回路や接点となるスイッチ部分に、5~6層のシートを重ね合わせて作られる薄型のスイッチ。長野テクトロンは、ここに「塗装技術」のワザを生かしているのだ。
「もともと、印刷の会社だったんです。」柳沢取締役の父親である、現在の社長が創業したのは1984年。当時は、板金塗装や板金印刷、表面パネルシートの多色印刷などをおこなう「印刷」の会社だった。
転機となったのは、1989年。フィルムに銀やカーボンなどを印刷することで、簡単な電子回路を作る技術が広がり、長野テクトロンも印刷技術をフィルムの電子回路へと転換させた。
「塗料の調合や量など、熟練の技術が必要です。」揮発性塗料の匂いがする製造現場。年配の男性職人が、ペンキのような塗料を型に塗り、1枚1枚シート状にプリントを施していく。
「気温や湿度によって、変るんですよ。」まさに、職人の世界。デジタル機器の入力部分に、昔ながらの印刷技術、アナログのワザが活かされている。
JR稲荷山駅近く、田んぼとリンゴ畑に囲まれた3階建ての白い建物が長野テクトロンの本社工場。中では、特殊キーボードや、薄型スイッチなどが作られている。驚くのは、その種類の多さだ。
「250社以上のメーカーから依頼を受けて、3000種類以上の商品ラインアップがあります」と、柳沢取締役。工場内に量産用の製造ラインはなく、スタッフたちは、ひとつひとつ手作業に近い工程で、製品を作り上げていく。
長野テクトロンのすごさは、「大手にはできない」ものづくりにある。 たとえば、工作マシンに組み込まれる油に強いキーボードや、医療用に開発された光るキーボード、そしてコインパーキング用の防塵スイッチなど、現在、長野テクトロンが手掛けるのは「多品種・小ロット」。種類は多いが、月に数百くらいしか出荷されないものづくりを得意とする。
「キーボードの企画・設計から製造まで、一貫して受注できます」と、柳沢取締役。多品種小ロット生産により、大手との競合を回避し、正当な利益を確保できるというのだ。
印刷からスタートした会社が、なぜキーボードを一貫して作ることのできる技術力を構築することができたのだろうか。
「大きな2つの転機を経験しているんです。」柳沢取締役は語る。印刷から電子回路・キーボードへ転換が1つ目の転機とするなら、2つ目は「大量生産からの脱却」だ。
薄型スイッチの製造にシフトしてから2年後、世界最大のコンピューターメーカーから、パソコン用キーボードの発注を受ける。「キーボードの中にも、うちが得意とする薄型フィルム回路が入っています。それを使用して、キーボード全体を作る分野に参入しました。」
一時期は、従業員数も現在の2倍以上の約200人を抱え、何万台ものキーボードを作っていた。
「パソコン用キーボードの大量生産は順調だったが、全部中国に行っちゃって、仕事がゼロになった時代があり、方向を変えたんです。」
1990年代中ごろから、長野テクトロンは大量生産から決別、現在の方式に大きくシフトした。量産はやめたが「社内にはキーボード全体を作るノウハウが残った」と柳沢取締役。薄型スイッチと特殊キーボードの一貫生産という現在のスタイルが確立した。
印刷から電子回路へ、さらに大量生産を経て一貫した製品作りが可能となった長野テクトロン。次の一手は、意外にも「広告業」だ。
「自社のキーボードを活用して、ホテル向けの情報サービスを展開しています。」パソコンのような難しい操作は不要。ボタンをひとつ押せば、周辺のおススメ情報が画面上に表示されるシステムで、開発・販売を担当しているのが柳沢取締役だ。
ビジネスモデルは「広告」。ホテルのロビーなどに専用機器を設置、情報を掲載する飲食店などのお店から掲載料金を集める。現在180箇所のホテルに設置しており「日本語のほか、英語・中国語・韓国語に対応していて、大変好評をいただいております」と、柳沢取締役も手ごたえを感じている。
長野テクトロンは、印刷業から脱却し、大量生産から脱却することで生き残ってきた。そして、今まさに、新しい「脱却」を模索している。
「(ソウル五輪背泳ぎ金メダリスト・順天堂大学准教授)鈴木大地先生もご愛用いただいております」と、営業スマイルを見せた柳沢取締役が手にしたのは、水泳用トレーニングタイマー。他にも、心肺蘇生に使うタイマーや、寝ながら使えるキーボードなど開発力を生かした自社ブランド品を発売する。
「開発要員とアレンジ力が必要になってきて、それらを使いながら新しい漠然とした要望にもキチッとした応えられる態勢を確立してきました。」
新しいビジネスについては「もちろん情熱を持って取り組んでいますが、うまくいくかどうかは冷静な視点で先を見なくちゃ...」と、柳沢取締役。未来の経営者は、長野発ものづくりの新しい挑戦を続ける。
長野テクトロン株式会社
長野市篠ノ井塩崎2304-1 TEL:026-292-7220
http://www.nagateku.co.jp/