[コラム]ものづくりの視点

vol.30ビジネスで儲けることとその社会還元について
信州大学工学部教授、信州大学地域共同研究(CRC)センター長(工学博士)
三浦 義正

生きた資産の使い方とは・・・

 最近、免税店DFS(デューティ・フィリー・ショップ)の創業者である チャック・フィーニーの伝記(無一文の億万長者; コナー・オクレリー 著、ダイヤモンド社刊)を読みました。

 チャック・フィーニーは日本での空軍を除隊後、コーネル大学に入学しました。学生時代から商才の片鱗を示すエピソードが多いですが、卒業後は、ヨーロッパに多数駐在していた軍人相手に、免税で酒などを販売するビジネスを始めます。これがDFSを起業する発端となります。目をつけたのは日本人の海外旅行ブームでした。DFSを起業し、ハワイや香港において観光客を相手に酒や化粧品を売り莫大な富を得たわけです。その際、無名だったカミュを有名ブランドに仕立て上げたビジネス手法にも驚かされます。

 彼は30年間の事業で得た40億ドルを超える個人資産の殆どを財団に寄贈し、現在では彼の名前は知られるようになりましたが、匿名で、アメリカ、アイルランド、ベトナム、オーストラリア等世界中の高等研究施設や病院、図書館等に寄付を行い続けています。ネット・スケープやSGIの創業者の名を冠したスタンフォード大学のバイオ医学研究センター「ジェームスHクラーク・センター」の建設資金も、チャックの寄付の方が多額であった事実を紹介しています。

 ビル・ゲイツ夫妻も昨今では莫大な資産を慈善事業につぎ込んで著名ですが、こうしたメリハリの利いた人生には敬意を表せざるを得ません。チャックは今でも15ドルの腕時計をして、世界中を旅行しているらしいですが、いつもエコノミークラスだそうです。

 注意しなければならないことは、チャック・フィーニーは単なる気前の良いおじさんではなく、補助対象の事業戦略や熱意を確認し、社会変革を主導する皮切りとして寄付行為を行っていることで、補助を受ける側のセンスも重要になることは重要です。たとえば、アイルランドの高等教育振興に1.25億ドル相当を寄付する用意があるが、政府も同額を用意してくれるか?等のネゴも忘れていません。生きたお金の使い方を知っている人の行動だと感じました。すでに全米で17億ドル、母校であるコーネル大学には総計6億ドルを寄贈したそうです。

 日本人の浪費行動が、チャック・フィーニーに巨万の富を成させたことは癪にさわりますが、彼が稼いだその富すべてを世界の進歩のために還元していることは注目しなければなりません。日本には膨大な資産があると言われます。我々はもっと賢くなって、これら資産の生きた使い方について工夫することが求められているのではないでしょうか。

 

 

【掲載日:2009年4月24日】

三浦 義正

信州大学工学部教授、信州大学地域共同研究(CRC)センター長(工学博士)