[サイプラススペシャル]37 プラスチックメッキのパイオニアは、環境対策のパイオニア 5年先、10年先の常識をつくる

長野県駒ヶ根市

塚田理研工業

プラスチックめっきのパイオニアは、
公害対策のパイオニア

駒ヶ根市の塚田理研工業は、昭和21年に、塚田理化学研究所としてスタート、その後、試験管の中で可能であったプラスチックめっきの量産化を目指し、昭和38年にプラスチックめっき専門工場を設立した。塚田理研工業株式会社の誕生である。しかし、量産化に成功するまでには更に3年、昭和41年、最初のプラスチックめっきの量産化による製品は婦人服のボタンであった。

Get the Flash Player to see this player.

「非常識」への挑戦

tukada-riken03.jpg 初代の社長は、旧陸軍の疎開工場の技術者であった塚田藤一氏、塚田氏の技術に出資したのは当地で材木業を営んでいた下島伝一氏、現社長の下島康保氏の父である。3代目とはいうものの下島康保社長は、塚田理研工業の創業時のメンバーでもある。資本金3,750万円、社員数140名の会社に育てあげた今もその思いが、熱くほとばしる。
「私は、社員ができないといってくると、なぜ出来ないのか考えてみろ。本当にできる方法がないのか、考えたのかというんですよ。最低でも5つは手を打てと。」

tukada-riken04.jpg

 塚田理研工業は、プラスチックメッキのパイオニアである。「プラスチックにメッキはできない」という当時の常識に「メッキが付かないものはない」という非常識で挑戦、今日の基礎を作った。一見「非常識」に見えることでもできることはないのかというアンテナが、高くはりめぐらされ、プラスチックメッキ量産化の技術を生み出した。
 高いアンテナから、自動車部品や家電部品、プリント基板のメッキの他にも、釣具のリール、携帯電話やデジカメ、さらに水洗トイレのレバーなど、これもメッキなのかと驚くほどの広い分野の数多い製品を作り出している。玄関ホールの製品紹介のケースには、東京のカリスマ美容師からのオーダーで作ったという櫛が並んでいた。銀色に輝く軽い、静電気が発生しないプロも納得の製品である。
 社長曰く、「田舎のメッキ屋」だから「何でもできる、即できる。」

塚田のサンプル帳

tukada-riken05.jpg

 「ボタン屋さんのまねなんですよ。」そういいながら、下島社長が出してくれたものは、プラスチックメッキのサンプル帳。様々な色調にメッキされた長方形の小さいタイル状のサンプルが、A4のボール紙に、7列×12行、96個も並んでいる。色ばかりではなく、表面が梨地に加工されているものもある。金属と見違えるほど、光沢も微妙なバリエーションに輝く。美しい。手にとってみると、当たり前だが、プラスチックの軽さに驚く。軽量化によるコストダウンを目指している業界にとって、まさに垂涎の技術だ。このサンプル帳がほしいという声があるのも納得できる。メッキのサンプル帳は塚田理研独自のものだが、業界内では、塚田のサンプル帳のこの色でと商談が進むことがあるという。

 「デザイナーをせめるんです。」とは社長の言葉だが、塚田理研には技術者だけではなく、デザイン担当者も訪れるという。デザイナーが自分のイメージに合う素材や色と出会うために、自分のデザインを実現するパートナーを求めてやってくるのだろう。

tukada-riken07.jpg

弱みは強み、地球に優しく

tukada-riken06.jpg

 塚田理研工業が、メッキ技術とともに、今、注目を集めているのは、環境対策の分野であろう。「メッキという仕事は水に始まり、水に終わる」といわれる。メッキした製品の洗浄には大量の水を使う。当然排水には、金属が含まれている。
 「公害」へ社会の関心が高まっていった高度成長期を、「メッキは公害の花形産業でした」と下島社長は振り返る。

 しかし、この弱みを「公害を制したときの圧倒的な強み」に変えた。「非常識」への挑戦だ。
 塚田理研工業の環境への取り組みは、昭和46年、水質汚濁防止法が施工されたその年に「イオン交換式総合排水処理装置」を設置し、大きな一歩を踏み出した。イオン交換樹脂による排水のリサイクルという発想は、当時としては余りにも画期的で、当初公害装置としての認定が受けられずに困ったというエピソードもあるとか。
 この装置は、洗浄に使った水を、金属イオンを吸着するイオン交換樹脂を通して、その水を再利用する。設備投資は約3000万円。現在は1時間あたり40トンの排水を浄化し、そのうち半分を再利用しているという。将来は、工場からの排水はすべて再利用したいと取り組みを重ねている。まさに無排水工場である。

 再利用は、水ばかりではない。工場からの排水の中には、ニッケルや銅、金などのレアメタルが含まれている。塚田理研では、ニッケル水洗水や無電解ニッケル老廃液からニッケルを回収する装置を開発、それまで、産業廃棄物としてお金を出して引き取ってもらっていた廃液を、利益を生み出す「宝の山」に変えた。削減コストは年間2000万円にものぼる。回収されたニッケルのスラッジは、鮮やかなグリーン、これも、資源のリサイクルである。

 このほかにも、1億7千万円をかけて、ボイラー燃料をCO2排出量の少ない「液化天然ガス」に切り替える事や、「排水リサイクルセンター」の能力アップを図るなど、企業の社会的責任が問われる今日、環境への積極的な取り組みと投資を続ける塚田理研工業の存在は非常に大きい。

人にも優しい

tukada-riken08.jpg

 「メッキ屋といえば、水びたしの工場で長靴にエプロン、まさに3K職場の典型でした。それを何とかしたかったのです。」という社長の言葉を、工場で実感した。工場入り口の下駄箱には、見学用のサンダルが整然と並んでいる。数の多さにも目がいくが、「工場内はどこでもサンダルで歩けます」という社長の思いが、アピールされている。「製品を作っている工場を見ていただくことは製品への信頼につながります。昔は、工場を案内することは余りなかったと思いますが、今はメーカーの方を積極的にご案内しています。」下島工場長の丁寧な説明があった。昭和48年に1億円を投入し、全自動メッキ装置を導入したことで、3K職場は一変したのだという。
 工場内には、鼻を突く臭いは全くなく、床には板が張られている部署もある。木の床を採用したのは、腰に負担がかかる立ち仕事が多い職場、身体への負担軽減のためと、木が持つやわらかさ。人にも優しい社風がみえる。

自動化が進む工場内、「生きている」メッキ液

 下島工場長と、大型自動化メッキ槽の並ぶ工場にはいる。メッキの一貫生産システムは、120メートルにも及ぶライン。技術的には難しいといわれる環境に配慮した3価クロムが使われている。すべて、コンピューターによる自動制御システムで、治具(じぐ)とよばれる枠に何十何百の製品が固定され、(固定には、技術が必要で、ただ、留めればいいというものではないのだそうだ)メッキ液や水が入った槽が並ぶラインの上を、治具が上下しながら、進んでいくさまは圧巻である。
 手前には、畳半分ほどの大きさの治具が並んでいる。形や大きさが異なる部品が取り付けられ、ラインに組み込まれるのを待っている。部品の一部にはテープをつけたものもある。一つ一つの治具ごとにはバーコードが付いており、このデータを読み込ませて、自動化ラインへ組み込まれる。「投入」から「洗浄」「乾燥」まで、正確な作業と、スピードが確保され、質の高い処理が制御されている。

 自動化ラインの間に、トラバーサーと呼ばれる搬送ロボットがリズミカルに動いている工場内では、てきぱきと働いている社員の方々が、挨拶をしてくる。「こんなに自動化したラインでも、大勢の方が働いているのですね?」と聞いてみると、「いやー、自動化といっても、メッキ液は生き物なんです。きちんと面倒を見ないと働いてくれないんです。」メッキ液の中には酵素や微生物が含まれており、その状態は気温などで毎日変化する。メッキ液を最適な環境で維持管理するメンテナンスには、やはり人の「技」が必要なのだ。何だか、ほっとした。

tukada-riken09.jpg

技術を貯金、5年先10年先の常識を創る

tukada-riken10.jpg

 企業は厳しさと思いやり、71歳の下島社長の話は、さらに広がる。「若いころは、人のやらないものをやりたいという思いだけでしたね。そして、現場に出ましたよ。現場ではお客様は、独り言を言うんですね。ぽつりといいことを言う。それを聞いてあぁそうかと次に向かう、だから、技術は貯金しておけ。今はお金にならないが、その時期がくるまで貯金して置けっていっているんですよ。」
 そのお客様は、現在約300社にもなる。おのずといろいろなケースが持ち込まれ、貯金した技術が生きる場が生まれる。新たな貯金も増えているのであろう。

 塚田理研では、課長以上社長まで管理職が、欠員となった時は、社員の投票で決めるという。下島社長も投票の結果である。「もちろん社員教育は普段からしっかりやっていますよ、いい課長は要らない。すごい課長になって欲しい、とか。」「厳しさと思いやり、「気づき」が大事。高感度人間になれってね。」「管理職は社員に評価されないとだめ。従業員が一番みていますよ。」
 プラスチックメッキ46年の経験が、未来の常識を創造していく。

【取材日:2009年6月23日】

企業データ

塚田理研工業株式会社 長野県駒ヶ根市赤穂16397-5 TEL:0265-82-3256
http://www.tukada-riken.co.jp/