[サイプラススペシャル]67 日本一のそば粉メーカー 「多品種少量生産」と「技術開発」でつかんだトップシェア

長野県長野市

日穀製粉

そば屋からカップ麺まで「日本の食文化」を支える
強さの秘密は「そば茶」にあった!?

 「そば」といえば信州、信州といえば「そば」。
長野県の特産品・そば粉において日本一の生産量を誇るのが、日穀製粉だ。家庭用に販売されるそば粉ミックスのほか、街のおそば屋さんから、コンビニのお弁当、インスタントカップそばまで、日穀製粉がつくったそば粉は、日本の食文化を支えている。
 昭和44年からそば粉の生産をはじめた日穀製粉は、業界では「後発メーカー」だ。
なぜ、後発メーカーが日本一となり得たのか?日本一の原動力のヒントは、「そば茶」にあった。「そば茶」に象徴される日穀製粉の“ものづくり”の核心に迫る。

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創業65年 信州特産「そば粉」製造

ものづくりの想いが込められた「そば茶」

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 青い空に白煙をたなびかせる浅間山。御代田町にある日穀製粉軽井沢工場は、2年前に新設された「そば茶」専用の工場だ。
 そば粉だけでなく「そば茶」製造でも国内シェアトップの日穀製粉は、自社製品のほか、飲料メーカーにも原料としてそば茶を提供しており、健康志向の高まりを背景に生産量をのばしている。

 とはいえ、年約100億円の売り上げのうち「そば茶」は1割程度。そば製粉と小麦製粉を主力とする日穀製粉において、「そば茶」はひとつの商品に過ぎない。しかし、「そば茶」には'ものづくり企業'としての想いが込められていた。


後発メーカーにも関わらず日本一

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 「他社と同じものをつくっても、しょうがない。同じもので競争しても、仕方がない。」
 香ばしい香りが立ち込める軽井沢工場で、工場長の小山美津雄取締役は語りはじめた。「『そば茶』のシェアは、95%。ほぼ独占企業です。」

 「そば茶」を語る前に、そば製粉メーカーとしての日穀製粉の歴史を振り返ろう。
 昭和20年小麦製粉業として創業した日穀製粉は、昭和40年代、小麦粉の自由販売による競争激化を避け、新規分野に参入した。新商品が「そば」だったのは「長野だから」。業界では後発メーカーだったにも関わらず、約20年後には日本一にまで成長した。


「そば茶」に隠された独自の商品開発とは?

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 「他がやっていないことをやる」
なぜ日本一に?という問いに、小山工場長は即答した。「そばに対する研究はどこにも負けません。その中で、独自のものを作るのが競争力の原点です。」
 小山工場長のいう「競争力の原点」日穀製粉の「独自の商品開発」とは何だろうか?その答えのヒントが「そば茶」に隠されていた。


 他を圧倒する強さは2つ。顧客ニーズに対応する「多品種少量生産」と、時代をとらえる「技術開発」だ。


日本一を可能にした「多品種少量生産」

経済学の教科書に反した挑戦

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 そば粉だけで1日約100トンもの生産量を誇る日穀製粉。
 事業規模を拡大することでコスト減をはかり、利益率を向上させる「規模の経済」という経済学の教科書通り、軽井沢のほか、長野・松本の大規模工場内では、業務用そば粉・小麦の製粉のほか、乾麺やてんぷら粉などの一般向け商品も生産している。

 特筆すべきは、その種類の多さだ。
 そば粉関連の商品だけでも約50種類。さらに、顧客である製麺業者や、食品メーカーのニーズに合わせ、それぞれの粉を納品しているという。


各地名物そばの裏に「多品種少量生産」

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 「同じそばでも、更科そば、出石そば、信州そば、それぞれ色が違い、味が違い、食感が違います」と小山工場長。色や味の違いは、原料のそばの実の使われる部分が違うという。真ん中の胚芽に近い部分は白く、外側は黒い。製粉するときの配合割合などによって、「各地名物」のそば粉が出来上がる。

 そもそも「規模の経済」を最大限に生かすためには、単一商品を大量に生産することが手っとり早い手法だ。しかし、日穀製粉がこだわるのは「多品種・少量生産」。顧客ニーズに合わせ、違う粉を作るための独自の生産方式を確立した。
 「そばは各地で違う。だからこそ名物のそばというものがある。当社は早くからその点に目をつけ、各地に合った色目、食感のものを作ることができた。」


「そば茶」にも応用される多品種生産

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 顧客ニーズにこたえ、きめ細やかな対応が可能な「少量多品種」生産。日穀製粉のそば粉づくりのポリシーは、「そば茶」の軽井沢工場でも生かされていた。
 「そばの焙煎や保管を『マトコン』と呼ばれる独自の容器で管理することで、ライン生産にも関わらず少量生産が可能です。」種類や産地の異なるそば茶が混入しないよう、ライン上に製品が残留しないシステムも、日穀製粉の日本一の原動力となっている。


あたらしいものを作り続ける開発力

市場が全くない状態からの出発

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 「そばに対する研究はどこにも負けない」と、小山工場長。他社を圧倒するもうひとつの強さは「技術開発」だ。昭和53年に発売した「そば茶」は、これまでのそばの概念を覆す商品開発だった。

 「そば茶」は、そば粉とは全く別の製法で作られる。まず、そばの実を粉にせず、米飯と同じように蒸して「そば米」という状態にする。さらにそば米を焙煎したのが「そば茶」だ。そば米も「そば茶」も、日穀製粉が製法特許を持つ。

 「市場がまったくない状態からの出発でした。はじめはおそば屋さんを一軒一軒まわって、販促用にポットと『そば茶』を置いてもらうなど、地道な苦労もありました。」現在、県内のそば屋やお土産としてのみでなく、大手飲料メーカーで商品化されるなど、全国的な知名度と販売網を確立した「そば茶」は、日穀製粉躍進の象徴だ。


「菌を減らし」新たな市場を創出

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 技術開発は「そば茶」だけでない。平成2年に開発した「クリーン減菌そば粉」の製法は、業界ではセンセーショナルだった。

 「そばの実は、特殊なんです。」そばを知り尽くした小山工場長は続ける。「実の中心にある胚芽には、いわゆる雑菌が多く、どうしても商品劣化が早くなってしまう。『より菌が少ないものを』という製麺業者からのニーズに応える製法が必要だった。」
 中心部分の胚芽のみを取り除くのは、技術的に難しい。熱処理すれば菌は減るが、そば独自の風味が失われる。いくつもの課題を克服し、減菌を可能にした製法は、「お客様の要望にこたえたい」「他者がやっていないものに挑戦する」という日穀製粉の'ものづくり'に対する情熱によるところが大きい。

 減菌によって、生めんや茹めんの市場が広がった。今では当たり前の、コンビニ弁当の一つのジャンルとして確立した「そば」の背景には、'信州企業'の新製法があった。


「そば茶」の秘める新たな可能性

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 「そば茶」に代表される「多品種少量生産」「技術開発」へのこだわりが、日穀製粉の強さの源泉であることはご理解いただけただろうか?

 さらに「そば茶」は、新しい可能性を秘めている。
 「地域ブランドの確立や、町おこし村おこしとしても『そば茶』を活用した事例が増えています。そばの生産は、農家の高齢化や田畑の荒廃にも対応しています」と、小山工場長は嬉しそうに続けた。
 地域に根差した新しいそば茶を開発したり、地域からの少ロットの生産にも対応できる日穀製粉。食や健康というジャンルから「農業」や「地方振興」という新たな分野でも存在感を増そうとしている。


【取材日:2010年3月12日】

企業データ

日穀製粉株式会社
長野県長野市南千歳1-16-2 TEL:026-228-4158
http://www.nikkoku.co.jp/