[コラム]ものづくりの視点

vol.63「マイチップの時代」…アンビエント・エレクトロニクス
長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長
若林信一

101025-P23415730.jpg  新蕎麦(そば)の季節になった。近頃、私の職場でも「蕎麦打ち」を楽しむ人が増えてきた。中には自ら栽培し、石臼で挽くという本格的な方もいる。言うまでもないが、「蕎麦」は、大型機械よりも石臼挽きの方が高温にならず香り高い。そして、敏感で壊れやすい生地の機嫌を掌に感じながら作る「手打ち」に勝るものはないだろう。

 蕎麦に限らず、長きにわたって伝承されてきた食や技は、その地の風土や人々のDNAと相性がよい。水質や気候の影響を受けやすい「豆腐」は、豆が育った土地の水で摩砕して搾った豆乳に、「にがり」を加えて手作りしたものは香り深く、実に美味いものができる。また、絹や綿などの自然素材は、やさしく健康にも良いといわれるが、きっと人間の肌を飽きさせないのだろう。しかし残念なことに、繭から糸を紡いで着物を作るまでの「技」は消え失せ、あらかじめ世界的に決められた流行に乗ってやってくる「お仕着せ」のモノとなった。

 実は、半導体技術も大企業によって高度な大量生産のシステムが確立し、独占する海外企業から届くようになってしまった。ナノメータレベルの微細な加工技術と大口径ウエハーの開発によって、高性能チップが大量供給され、多機能で安いパソコンや携帯が送り込まれてくる。そして科学技術の進歩は、「いつでも、どこでも、何でも、誰でも」という「ユビキタス社会」へと誘い、生活様式まで同化させていくように思われる。

 しかし、不思議なことに、人間のための科学技術なのだから画一化せず、もっと個人のために役立てたいという動きも出てくるものだ。

 いま、人が情報にアクセスしていくというこれまでのベクトルとは逆に、生活環境の中に置かれたコンピュータの方から、そのひと個人にアクセスを試み、必要な情報を提供したり、病気や危険を回避するよう導くようなシステムの研究が始まっている。技術的にはこれを「アンビエント(Ambient)・エレクトロニクス」と呼ぶそうだが、近未来の情報機器や家電はもとより、流通や医療等の産業にも大きく寄与することが期待されている。

 極言すれば一人ひとりの「マイチップ」が登場するのだ。そして、現在の半導体ビジネスとは正反対の「多品種少量生産」のビジネスモデルへと転換する可能性をも秘めている。

 かつて80年代後半、イタリア北部の小さな町で始まった「スローフード(Slow Food)」運動は、バブル後の日本にも波及し、「スローライフ(Slow Life)」や「ロハス(LOHAS)」という動きへと進展してきた。

 それは、高度成長がもたらした画一化した「大量生産・大量消費」の気ぜわしい都市型生活から、地域と伝統に根ざした豊かで個性的なライフスタイルを取り戻そうという価値観の転換でもあったと思う。

 今だから、此処だから、貴方だから...、「マイチップ」がもたらす未来が、地域や人にやさしい人間重視の社会であってほしい。  ちなみに、私の好きな蕎麦は、「信州飯綱産」の二八、水は湧き水、もちろん「手打ち」だ。

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※アンビエント・エレクトロニクス=「生活空間のあらゆる場所に電子機器が存在し、必用なときに電子機器が使えるようになる環境」と定義されている。


【掲載日:2010年10月25日】

若林信一

長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長
1949年長野県生れ 新光電気工業㈱にて取締役開発統括部長、韓国新光マイクロエレクトロニクス社長などを歴任。2009年5月から現職。
http://www.tech.or.jp/

vol.62「蜘蛛の絲と幸運の神様」 (素材の話)
長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長
若林信一

 蜘蛛の糸を束ねたバイオリンの弦を、奈良県立医大の大崎茂芳教授(生体高分子学)が作り話題となった。2年かけて集めた1万本の蜘蛛の糸をより合わせたという弦は、音色は柔らかく、高音の伸び良いのが特徴、強度も十分だという。今、「蜘蛛の糸」をはじめとする「バイオファイバー」の研究は、信州大学(繊)をはじめ多くの機関で行われている。

 さて、モノづくりには必ず素材が必要となる。木や石、動物の角や革など、人類は身の回りにあるものを使って様々なモノを造りだしてきた。伝統工芸などを手にした時など、素材の特性を生かした絶妙な使い方に驚くこともある。絹糸はナイロンでは再現できない光沢を放ちつづけ、三味線の音色の決め手となる撥(ばち)は象牙に勝るものはないという。女神像も量感と質感を兼ね備えたマーブル(大理石)以外は想像しにくい。

 また、「素材」にまつわる逸話は興味深いものが多い。そこには、偶然を幸運に変える才能「セレンディピティー」や、サクセスストーリーに至るまでのエピソードに事欠かないからだ。

 例えば1935年、ハーバード大学講師であったカロザース(Wallace Hume Carothers, 1896.4.27 - 1937.4.29)は、民間会社から請われて、蚕がつくるタンパク質の構造を参考に高分子化合物の合成に至る。そこには、戦争相手国(日本)の主要輸出品の「絹」に対抗できる繊維の開発という時代的背景があったものの、彼の死後、「ナイロン」と名付け商品化に成功(1938年)したデュポン社は、「蜘蛛の糸よりも細くて鋼より強い繊維」と大きく宣伝し巨万の富を築くこととなる。

 中国が輸出禁止をチラつかせていることで金属素材レアアース(希少金属の一種)の重要性が浮き彫りになったが、強固で錆を知らぬ「カーボンナノチューブ」や新しいナノカーボン複合体は、レアアースに匹敵する素材として大きな期待が寄せられている。信州大学遠藤守信教授の著書「野原の奥、科学の先。」によれば、「カーボンナノチューブ」は、炉にいれる基板をサンドペーパーで磨いていた時に付着した微細な鉄球が、発見の糸口だったそうである。

 「Chance favors the prepared mind」(幸運の神様は、常に用意された人にのみ訪れる)とルイ・パスツール(Louis Pasteur)が語ったように、「幸運」は、それをつかむ心構えと努力を惜しまぬ人に、そして、思いがけぬ身近なところにも訪れるような気がする。

 かつて私の現場でも、半年にも及ぶ悪戦苦闘の末に、鉄系の材料を使ってガラスと金属を高気密で溶着することができるコバール(Ni-Co-Fe合金)並みの材料技術を産み出すなど、エキサイティングな場面に遭遇することもあった。モノづくりの現場には、こうしたスモールサクセスストーリーがいくつも転がっているだろうし、新たな発見に出会えるのが職人(技術者)の醍醐味でもあるのだ。

  今、3万6000メートルの「カーボンナノチューブ」を使って宇宙へとつながるエレベータを造ろうという夢のようなチャレンジが始まっている。2050年の実現を目指して、昨年からスタートした「JSETEC 宇宙エレベーター技術競技会」(宇宙エレベーター協会http://jsea.jp/)の取り組みがそれだ。まだまだ先は長いが、天上へ導くハイテク「蜘蛛の絲」に幸運の神様が訪れるのを楽しみにしている。

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【掲載日:2010年10月18日】

若林信一

長野県テクノ財団ナノテク・材料活用支援センター長

1949年長野県生れ 新光電気工業㈱にて取締役開発統括部長、韓国新光マイクロエレクトロニクス社長などを歴任。2009年5月から現職。
http://www.tech.or.jp/

vol.61NAGANOテクノの25年、そして未来へ
長野県テクノ財団 専務理事
小泉博司

 長野県テクノ財団の専務理事、小泉博司です。商工労働行政一筋37年の県職員生活を終えて本年4月にテクノ財団にまいりました。
激化する国際競争、急激な円高に伴う産業と雇用の空洞化懸念、少子高齢化に伴う将来不安の広がりなど、日本のモノづくりはいま、多くの課題に直面しています。足もとの経済対策はもちろんですが、こういう時だからこそ人びとの英知を結集し技術革新と人材の育成に力を注がなければならないと考えております。
 あらめて申し上げるまでもなく、テクノ財団の最大の使命は、技術革新による地域産業の高度化と地域経済の活性化にあります。その際に最も重要となるのは、グローバル化時代にふさわしい牽引エンジンの創出です。マラソン競技に例えれば、力強い先頭集団によるパワーの波及効果ともいえましょう。
 活力溢れる企業群のイノベーションが、県内産業全体へ広く波及することで、競争に打ち勝つ数多(あまた)のスグレモノが生み出されていく、そんな流れを創り出せればと思っております。

 さて、(財)長野県テクノハイランド開発機構(S61.10設立)と(財)浅間テクノポリス開発機構(S60.10設立)を母体に設立した当財団も10年目、前身の両開発機構設立からは25年の節目を迎えました。近年は、「知的クラスター創成事業」や国際展開支援などの大型プロジェクトにより、事業費は設立時の約5倍、職員体制は地域センターを含め60名を超える規模となっています。さらに昨年12月には、「次世代産業の核となるスーパーモジュール供給拠点」を目標に掲げ、財団内に「コーディネートオフィス」を設置、産学官連携協議会の運営や各種先端分野の研究会を企画、実施しております。
 現在、平成24年4月を目途に「公益財団法人」へと移行するよう準備を進めておりますが、県内産業の活性化と自立化を図るという財団の責務を真摯に受け止め、覚悟を新たに職務に臨む所存でございます。今後ともご支援、ご協力をお願い申し上げます。

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【掲載日:2010年10月12日】

小泉博司

長野県テクノ財団 専務理事
1949年長野県生まれ。東京理科大(工)卒、長野県香港駐在員、県テクノハイランド開発機構事務局次長、商工労働部雇用・人材育成課長、参事兼ものづくり振興課長などを経て2010年4月より現職
http://www.tech.or.jp/